第77話.久々の平穏
「――と、いう訳で、何故かアルザートとメルフェニアは退却したんだよ。そして、俺たちは何とか生きて帰ってこれたわけだ」
「そ、それは……。本当に大変でしたね……」
「全くだ」
――ロドグリス王国に帰還し、アドレイアにリガルが呼び出された日の翌日。
私室にて、久々の穏やかな朝食を取り終えたリガルは、今回のアルザート侵略についての話をレイにしていた。
こうしてゆっくりと話をするのも、随分と久しぶりだな、とリガルは思った。
実際の日数的には、2週間程度しか経過していないのだが、濃い日々を過ごしていたので、日数以上に長く感じられたのだ。
昨日もレイとは会っていたが、早朝に帰ってきては早々にアドレイアに呼びだされ、といった具合に非常に慌ただしかったので、ゆっくりと落ち着いて言葉を交わすような暇はなかった。
久しぶりに気を張ることなく、レイという気心しれた相手と話せて、心なしか普段話している時よりも楽しそうだ。
「しかし、エイザーグや殿下の方ほどではありませんが、こちらも大変でしたよ」
「あぁー、ヘルト王国が国境を破って侵攻してきたからねぇ。予想できなかっただけに余計慌ただしくなっただろうね」
「えぇ、アドレイア陛下が素早く出陣して、敵の動きを抑えてくれたお陰で、国の中心部までは侵攻されることがありませんでしたが……」
同盟を破るという、ロドグリス王国としては予想だにしない事態だっただけに、国内では随分と混乱があったようだ。
それはリガルとしても何となく分かっているが、実際にその渦中にいたわけではない。
レイも別に、戦火の中心にいたというわけではないが、王城に勤めているため、情報は自然と耳に飛び込んでくる。
レイの話を聞いて、自然とリガルの脳内にも、城内が噂話で騒然としている様子が浮かんだ。
城内が慌ただしくしていれば、自然と危険を肌で感じるだろう。
まぁ、レイの言った通り、実際にはアドレイアのお陰で被害は大したことなく済んだわけだが。
せいぜい、国境付近にある村が略奪の被害を受けた程度か。
「ヘルト王国の軍勢が退却してからも、殿下が帰ってくるまでの間に随分と国の重鎮の方々が何人も陛下に謁見を求めて
レイの言う、国の重鎮と言うのは、国内の有力貴族の事だ。
「はは、そりゃあ父上もヘルトと戦う方針に舵を切るわな」
「えっ、そうなのですか?」
「あぁ、昨日呼び出された時に、そう聞いた」
ここでリガルはサラッとアドレイアから聞いた話をレイに漏らしているが、当然
アドレイアに他言厳禁と言われている訳が無いが、暗黙の了解だ。
レイは周囲に言いふらしたりしないと、リガルは信用しているし、事実これまでこういう話をしてきた中で、レイが言いふらしたりしたことは一度たりともないが、そういう問題ではない。
リガルも、話してはいけないと分かってはいるが、このように他の王族と比べて認識が甘いところは若干あったりする。
まぁ、現状結果論的には、リガルの起こした行動から不都合が生じたりはしていないが。
「しかし、現状でヘルト王国と敵対したりして、本当に大丈夫でしょうか? ただでさえ他の国境を接している国と仲が悪いのに……」
「それは俺も思ったよ。けど、そのために父上はアルザートとの関係改善を考えているっぽいよ。もしかしたら同盟を組むなんて事にもなるかもね」
「えぇ!? そんなことが可能なんですか?」
レイが驚くのは最もだろう。
ついこの間まで戦争をしていた相手と、今度は仲良くしようなどと、普通は出来ないだろうと考える。
だが……。
「まぁ、アルザートの現国王のエレイアという男は、合理的な考えを持つ人間だと聞く。感情は抜きにして検討するんじゃないか?」
「そ、そうは言いますが、本当に大丈夫ですかね?」
「どうだろな。けど、アルザート側がうちの国を憎むのは少なくとも無いんじゃないか? そもそも、今回うちの国がライトゥームを侵略する以前――つまり5年前。奴らはうちに攻めてきている。先にやったのは向こうだ」
某ノートに名前を書くと死ぬ漫画の、「一回は一回」というやつだ。
元々、アルザートとロドグリスはそこまで仲が悪いわけではない。
今回と5年前の戦争のことは、水に流せるはずだ。
「何より、うちとの関係を改善できれば、アルザート側としてもメリットがある」
そう、何と言ってアルザート王国は現在新王が即位したばかりなのだ。
アルザート側としては、あと数年の間は軍事行動に出てガンガン領土を拡張していく、というよりは、ひとまず内政に徹して体制を整えたいだろう。
だから、メリットがある。
「まぁ、お互いにとってメリットがありますね」
「あぁ。それに、エレイアは強敵だ。それは今回の短期間だけでも身に染みた。年齢も若いとはいえないが、まだまだ健康体。対して、ヘルト王は優秀だが高齢だ。未だ戦場に出てくるほどに健康とはいえ、いつ亡くなってもおかしくない。となれば、ヘルト相手の方がやりやすい」
「なるほど、そういう考えもありますね。そこまで考えられての案とは、流石アドレイア陛下。素晴らしい思慮深さです」
「まぁ、今の話は父上本人が言っている訳ではなく、俺の推測に過ぎないのだが。しかし、恐らくは父上も分かっていることだろうな」
ついでに言えば、ヘルト王国は王位継承者が決まっていない。
もちろん、優れた王である現ヘルト王――ヴァラス・ヘルトが、高齢になっても王位継承者を決めていないというのには、理由がある。
本来、王位を継ぐべき、彼の嫡男――フレグリア・ヘルトは、生まれつき身体が弱いのだ。
おまけに、ヴァラスが若くして生んだ息子であるため、年齢が42歳と中々おっさんだ。
体が弱い上に歳もそれなりに取っているとなると、いくら正当な後継者とはいえ、国内から不満の声が上がる。
そこで、フレグリアの王位継承に不満を持つ貴族の筆頭が担ぎ上げたのが、彼の嫡男――現王の孫、ランドリア・ヘルトだった。
ランドリアはまだ若く、能力は優秀とは言えないが、無能でもない。
現在ヘルト王国では、この2人のどちらを王位継承者とするかで揉めているのだ。
最終的に、全ての決定権は国王であるヴァラスにあるのだが、これほど意見が割れていては、それを無視して強行することも出来ない。
それが、未だに王位継承者が決まっていない理由である。
最も、フレグリア本人は王位などランドリアが継げばいいと思っているのだが、所詮は
「これは、突拍子もない考えに見えて、意外と理にかなっているんだよな。父上は、まだ思い付きの段階に過ぎないなんて言ってたけど、俺は結構とんとん拍子に計画が進んでいくんじゃないかと思っている」
「確かに、言われてみると、アルザートとの関係を修復しない手は無いと思えるほどに、メリットだらけです」
「あぁ。もしかしたら、近いうちにアルザートに俺が出向くなんてことになるかもな。今度は敵としてじゃなく、味方となるために」
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