第6章.アルザート同盟編
第76話.帰還早々
「まずは、初陣ご苦労だった」
「ありがとうございます。父上」
――ロドグリス城、執務室。
予定とはだいぶ異なる展開となった、ライトゥーム侵略から帰還したリガルは、帰還早々に父であるアドレイアに呼び出された。
本題に入る前に、アドレイアもまずは労いの言葉を掛ける。
内心、作戦を失敗してしまったので、何を言われるかと戦々恐々としているリガルだが、それを外面には出さずに自然と言葉を返した。
「では、本題に入ろう。そして、初めに言っておくと、お前を罰するつもりは全くない。そもそも今回はあまりにイレギュラーな事態だったし、アルザートの外交上での動きに気が付けなかった私のミスだ」
「そ、それは……。ご寛大な処置、痛み入ります」
アドレイアの言葉に、リガルはほっと胸を撫でおろしながら頭を下げる。
正直なところ、「これで罰でも与えられたら、あまりに理不尽すぎる」などと考えていたリガルだが、実際にアドレイアが罰を下さず、一安心といったところだ。
「むしろ、お前は魔術師の被害を最低限に抑えつつ、圧倒的な戦力差があるアルザート王国を跳ね除け、戦争を終結させた。その功績を私は称えたい」
「いえ、そんなことは」
内心では、「ほんとそれな」などとふてぶてしいことを思っているリガルだが、アドレイアに対してはもちろんそんなことは言わず、謙遜する。
今回の自らの働きが素晴らしいものだったことは、実際に体験したリガルが一番よく分かっている。
「で、今日お前を呼び出したのは、今回の戦いの事ではない。今後のことで2つほど話があってな」
「今後の事……ですか……」
てっきり今日はアルザート侵略のことについて、色々聞かれると思っていたため、リガルは少し面食らったような様子を見せる。
それに、今後の事と言うのも気になる。
「あぁ、一つはグレンの事だ。今後あいつをどんな地位につければいいのかと思ってな。私もだいぶ考えてみたのだが、あまりいい考えが思い浮かばなかったため、少しお前の話も聞いてみようと思ったのだ」
「グレンの事ですか……。しかし、あいつはまだ13歳。そんな焦って決めることも無いのでは?」
「まだ、と言うことは無いだろう。18歳くらいにはもうあいつはそれなりの地位に着かせておかないと、王家としての面子が潰れてしまう」
「確かに……」
リガルはこの世界にほとんど適応してきているが、今回ばかりは地球の基準で物を考えてしまったようだ。
日本では、働き始めるのはほとんど大学や専門学校を卒業してからだろう。
高卒で働き始める人間も、もちろんいるが、その数は2割にも満たない。
だから、リガルの中では働き始めるのは大体20歳を超えてから、というイメージがあったのだ。
しかし、この世界は違う。
普通の平民は15歳から、魔術師などの特別な職業でも18歳にはもう働き始める。
18歳で国の要職に着かなければならないとなれば、そりゃあ13歳から進路を考えなければならないというのも納得だ。
「うーん、けどグレンには戦闘関連のことをやらせるしか道が無いと思いますが。あいつに文官は不可能でしょう」
「それは私も分かっている。しかし、将軍の座はもう空いていないぞ。それ以下の地位には付けられん」
流石にアドレイアとて、リガルが今考えた程度の事はすでに考えていたらしい。
「では、新たな要職を作ってしまえばいいのでは?」
「作るだと……? お前、そんなことそう簡単に出来るものでは……」
「いえ、実は前からこの国のシステムに納得がいかない点が一つあったのですよ」
「ほう……。それは一体なんだ?」
普通なら、14歳の子供が言い出した国のシステムの問題点など、何バカなと一蹴するのがオチだが、アドレイアはグレンの将来着ける職業を相談するほどに、リガルの事を高く評価している。
故に、今回のリガルの話も、興味深そうに聞く。
リガルもアドレイアに促され、口を開く。
「その納得いかない点と言うのは、都市の警備システムです」
「都市の警備システムだと? 別に現状表立った問題は上がっていないし、そもそもそんな問題になるほど難しいことでもないだろう」
「確かに問題はありませんが、効率が悪いんですよ」
「警備に効率なんてあるのか……?」
リガルの言葉に、ますます困惑していくアドレイア。
相変わらず前置きが長いリガルの話であった。
「警備自体のことではありませんよ。まず、そもそも警備と言っても、犯罪者――人間の取り締まりと、都市の近隣に巣食う魔物の討伐と、2種類ありますよね?」
「まぁ、そうだな」
「しかし、現在では魔物と人間で担当を分けていない。人間と魔物では戦い方がまるで異なると言うのにです。ですから、対魔物専門の魔術師部隊を結成しては
「……なるほど。確かに、これまで考えたことが無かったが、その方がいいか。お前が効率が悪い、と言った意味が理解できた。そして、その部隊の頭にグレンを据えると」
「はい。隊長と言う職が面子的に問題なら、〇〇騎士団などと名付けてみては如何でしょう?」
「……悪くないな。本格的に検討してみよう」
「さようでございますか」
リガルの話を聞き、それについて考えるような素振りを見せるアドレイア。
だが、リガルとしてはあまり興味が内容で、その反応も淡泊だ。
「では、二つ目の話だ。こちらの方が、メインとなる。その内容とは、今後の我が国の外交方針だ」
「外交方針ですか……」
アドレイアの言葉に、何故そんなことを俺に聞くんだ、とばかりの反応をするリガル。
いくらリガルが王子としてそれなりに優秀でも、そこまでの重要な選択を委ねるのは流石におかしい。
戦闘関連の事ならまだ分からなくも無いが。
「おっと、勘違いするな。話にはまだ先がある」
リガルの反応を見て、アドレイアも訂正する。
どうやら、外交方針についてリガルの意見を聞こうとしていたわけではないようだ。
流石にアドレイアもそこまで
「現在、我が国の貴族の内で、今回ヘルト王国がやった行動――同盟の破棄について不満の声が多数上がっている」
「まぁ、流石にそうでしょうね」
リガルも当然だろう、と頷く。
今回、ヘルト王国がロドグリスに侵略してきたことは、アルザートにいる時すでにリガルは知っていた。
それに、ヘルト王国が侵略してきた屁理屈みたいな理由も、ロドグリス王国に帰還してから聞いた。
無事に少ない被害で撃退できたとはいえ、納得いかないという気持ちはリガルもよく分かる。
「しかし、現在我が国は、これ以上ヘルト王国との関係を悪化させるわけには行かない」
そう、納得いかないからと言って、だったら復讐しよう、というほど簡単な話ではない。
「そうなんですよね。エイザーグは帝国やアルザートにより、大きな被害を受けていますから、ロドグリスとしても敵対しやすい。そうなると、ヘルト王国と険悪な関係になっている場合ではない、……ですよね?」
「あぁ。その通り。だから……」
「なるほど、国内の貴族をどうにか宥める方法を、俺に考えるようにということですか?」
「いや、全然違う」
「あれ」
アドレイアの言葉を遮って、リガルが言わんとすることを当てようとするも、普通に間違っていたようで、その言葉を否定される。
「お前は戦術などの方面に関しては、私よりも優れた発想を持っているかもしれないが、それ以外の重要な問題でお前に手伝ってもらうことなどしない。それに、すでに対処法は一つ考えてある」
「え、もう考えてあるんですか?」
「あぁ。貴族の求心力は落としたくない。かと言ってアルザート、アスティリア、ヘルトの3か国と敵対する訳にはいかない。この2つを同時に満たすことが出来る案。それは――」
アドレイアの言葉に、そんな都合のいい案があるのかと、疑問に思うリガル。
だが……。
「だったら、ヘルトとの関係を修復するのではなく、アルザートとの関係を修復すればいい。これが成功すれば、ヘルト王国と険悪な関係になっても問題なくなる」
ついでに、アルザートと仲良くなれば、ドミノ倒し的にアルザートと仲が良い帝国とも関係を修復することが出来る。
一見すると、一石二鳥の最強の案だ。
「し、しかし、そんなことが本当に可能でしょうか? アルザートとは最近だけでも2度矛を交えています。うちの国はともかく、エイザーグとアルザートの関係は最悪です。そんな中、アルザートと仲良くしようものなら、エイザーグを刺激することになりかねませんよ?」
リガルの懸念はもっともだ。
現在関係が良好とは言えない3か国のどこかと、関係を修復しようとして、元々仲が良かったエイザーグとの関係を悪化させたら、本末転倒だ。
アホすぎるなんてレベルじゃない。
「それはそうだろう。しかし、エイザーグの顔色を伺ってばかりもいられない。我々の関係は、あくまで対等。それに、別にエイザーグが悪いわけではないが、今回我が国がこんな目に遭ったのは、エイザーグがアルザートを侵略しようとしたことが発端だ。向こうも多少は譲歩せざるを得ないだろう」
「確かに……」
「まぁ、何にせよ今は思い付きに毛が生えたような段階に過ぎない。一応こんなことを画策しているというだけで、話半分程度に聞いてくれ」
リガルが納得したところで、アドレイアがそう締め、話は終わった。
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