第78話.留学
――それから、約1か月後。
リガルはアドレイアに呼び出され、朝食後、お馴染みとなった執務室にやってきた。
しかし、今日に限ってはいつもと違うことがあった。
それは……。
「グレン!?」
「兄上!?」
そう、リガルが室内に足を踏み入れると、そこには既にグレンがいたのだ。
もちろん、事前にそんなことは聞いていなかったため、リガルは酷く驚いたような様子を見せる。
また、グレンもそれは同様だった。
「よし、2人とも揃ったところで、呼び出した理由を話すとしよう」
「は、はい」
リガルは困惑した表情ながらも、とりあえずグレンの隣に座り込む。
グレンもアドレイアの言葉に、いつになく真剣な表情をして頷いた。
いくらグレンと言えど、流石にアドレイアの前では緊張感を持つようだ。
「単刀直入に言う。我々ロドグリス王国と、その同盟国であるエイザーグ王国。そして、新たにアルザート王国を加えた3国で同盟を結ぶことになった」
「な……!」
リガルとしても、呼び出された時にアルザート関連の話であることは、何となく予想が付いていた。
最も、グレンがいたため、その予想は外れているのではないかと疑ったりもしたが。
しかし、まさかいきなり同盟を組むことになるとは、まったく想像していなかった。
とりあえずは、貿易協定なんかを結び、少しづつ関係を改善していくのだろうと、勝手に思っていたリガルだったが……。
「それは、随分と性急な話ですね……」
「まぁ、アルザート王国の状況的にも、あまり時間を掛けたくないのだろう」
「それはそうですが……」
確かに、王位を継承したばかりでは、余計なことに時間を割いている場合ではない。
それはリガルも分かるが、それにしても驚きだ。
「だが、向こうとしても、これだけ争い合った後に、すぐに信頼し合うのは難しいということ。そこで、一つ条件を出してきた」
「条件……?」
(なるほど。流石はエレイアだ。こちらがヘルトと事を構えたいことを的確に見抜き、足元を見てきやがった。一体どんな条件を出してくる……?)
アルザート侵略の一件で、エレイアを高く評価しているリガルは、息を呑みアドレイアの次の言葉を待つ。
ちなみに、少し隣に目を転じてみると、グレンが「ふむふむなるほど」などと呟きながら、リガルとアドレイアのやり取りを見ているが、実際は全く理解できていない。
それどころか、完全に蚊帳の外となっているため、早くこの場から逃げ出したいと思っている。
「グレンだ」
「は?」
「え?」
一見、脈絡のないように聞こえるアドレイアの言葉に、リガルはポカンと口を開けて固まる。
突然、よく分からない流れで自分の名前を呼ばれたグレンも、呆然としている。
お互いにアドレイアの言いたいことを、全く理解していない。
「留学さ。グレンをアルザート王国に今から5年間留学させることになった」
「留学……」
留学と言うと、聞こえが良いかもしれないが、つまるところその役割は人質だ。
留学というのだから、当然留学先の国に住むことになる。
そうなれば、仮に両国の間で戦争が起こっても、アルザートはいつでもグレンの事を殺すことが出来る。
それは少なからずロドグリス王国の軍事行動の抑止力となるはずだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はアルザートだろうがどこだろうが、行けと言われれば行きますが、それって何かおかしくないですか!?」
すると、ここでこれまでまともな発言をしてこなかったグレンが声を上げる。
「ん? 何がだ、グレン」
「いや、何で俺だけが留学することになってるのかと思って……。同盟だったらお互いに送るべきでしょう! こっち側だけ人質送ってるんじゃ、まるで格下みたいじゃないですか!」
いくらあまり頭が良い方では無いグレンと言えど、王族としての教育を受けているだけあって、留学することと人質を送ることが、イコールであると分かっているようだ。
しかし、アドレイアへ向けたグレンの言葉に、リガルが割り込むように口を開く。
「おい、言葉には気を付けろグレン。人質ではなく、留学だ。それに、仕方ないだろう。アルザートの方は出来る限り周囲と敵対したくないとはいえ、あの帝国と同盟関係にあるんだ。うちと組めなくたってそこまで大きな問題はない。大してこっちはアルザートと同盟を組めなければどうなる?」
「え、えぇっと……それは……」
リガルとしては、至極簡単な問題を出したつもりだったが、グレンは口ごもる。
単純に頭の回転が遅いと言うだけでなく、そもそも現在のロドグリス王国と各国との対立関係を、あまり理解していないので仕方がないとも言える。
アドレイアもリガルも、グレンに政治的な話をしても仕方ないと思っているため、情報がグレンに伝わらないのだ。
それを理解したリガルは、少し申し訳なさげに咳ばらいをすると……。
「こっちはヘルト王国と戦いたいのに、帝国とアルザートも警戒しなくちゃいけないから身動きが取れないだろ。そういう意味で、多少足元を見られるのは仕方ないんだよ」
「あぁ、リガルの言う通りだ。それに、面子を守る方法なら多少は考えがある」
アドレイアがリガルの言葉に頷きながら言う。
そう、アルザートだって別に、自らの国がロドグリスより格上だと知らしめたいという訳ではない。
狙いはシンプルで、こちらの裏切りをケアしているだけなのだ。
だったら、留学の件は内密にするように要求したりすればいい。
やりようはいくらでもある。
それに、ロドグリスとしてはグレンを留学させることなど、大した出費にはならない。
そもそもロドグリスはアルザートとの同盟を途中で破棄したりするつもりは毛頭ないし、留学させるグレンは王位継承者でもなんでもない。
これで相手が頷いてくれると言うなら、大人しく受け入れるべきだろう。
「ま、まぁ父上と兄上がそういうのなら……。して、それはいつからですか?」
グレンとしても、最もなことを言われては黙るしかない。
だが、当人としてはその概要はやはり気になるようで、日時についてアドレイアに質問する。
「あぁ、少し急な話だが、2週間後だ。何しろこっちは内側が
「い、いえ。ロドグリス王家のため、精一杯その
普段のグレンからは想像もつかないような、凛として態度と言葉遣いだが、その声音からは僅かに不安が見て取れる。
まぁ、誰も知り合いがいないような場所で、2週間後から過ごさなければならないのだ。
人質とはいえ、名目上は留学であるのだから、当然悪い扱いはされないだろうが、不安になるのも無理はない。
「それと、リガル」
「は、はい」
気の毒だな、などとリガルが心の中で同情していると、アドレイアから突然声を掛けられる。
「グレンのアルザート留学の時には、お前にも同行してもらう。滞在期間はお前の任意で構わないが、目安としては大体2週間ほど滞在して、関係をより深めてもらう。それと、グレンの面倒も見てやってくれ。あいつ一人では心配だからな。頼むぞ」
「は、はい……」
アドレイアの言葉に、軽く頬を引きつらせるリガル。
優秀な息子と認識されているため、割と重要な事柄を任されることが最近増えてきたリガルだが、コミュニケーションが苦手なのは昔からほとんど変わっていない。
この世界にきて、若干は改善しているが。
頼むと言われても、専門外すぎて、内心では「勘弁してくれ」とうんざりするしかない。
それでも、否とは言えない。
だが……。
「それと、このアルザート王国への訪問はエイザーグ王家とも合同で行われる。具体的には、エイザーグの第一王子、アルディアード・エイザーグもお前たちに同行することになる」
「アルディアードがですか」
「あぁ」
(あいつもいるのか。た、助かった……)
アルディアードの事は、面倒な奴と思っているリガルではあるが、そのコミュニケーション能力の高さは認めるところではある。
アルディアードがいると言われてリガルが喜んだのは、初めてのことかもしれない。
憂鬱が少しだけ和らぎ、リガルはほっと胸を撫でおろす。
「まぁ、そういう訳だから、今の内から準備をしておいてくれ」
「「はい」」
最後にアドレイアがそう締めて、この日の話は終わった。
こうして、リガルはグレンやアルディアードと共に、アルザート王国に訪問することが決定したのである。
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