第70話.偵察
――3時間後。
「ふぅ、ようやく2着目を手に入れることが出来たか」
「ですね。1人目を殺すチャンスが割と早く来たせいで、2人目を殺すチャンスが来るまでが余計に長く感じたよ」
2人の眼下には、首と胴が分かれた、アルザート軍の魔術師の姿があった。
1人目の魔術師を始末したリガルとレオは、あれからさらにもう1人を殺すべく、
しかし、案外あっさりと始末することが出来た1人目と異なり、2人目は条件が整っている状況になるまで時間がかかった。
始めたのは日が暮れる前だというのに、今は完全に日が落ちて、辺りが真っ暗だ。
恐らく20時は回っているのではないだろうか。
食事もとっていないので、2人とも空腹状態だ。
また、辺りが暗いので、ローブを剝ぎ取る作業をするのも一苦労だ。
普段よりも時間がかかりながらも、何とかその作業を済ませる。
「さて、それじゃあ死体をそこの川に捨てて、飯を食ったら、早速偵察に向かうとするか」
「ですね」
そう言葉を交わして、リガルは魔術師だった男の死体を担ぐと、村のすぐ傍を流れている川の方へ歩き出す。
レオもそれに続いた。
川に死体を投げ捨てるなんてしたら、浮かんできてすぐ見つかりそうだが、あと数時間ほどで夜襲は決行するので、浮かんでくる頃にはもうケリはついているはずなので、問題ないだろう。
そもそも、死体が水に浮く原因は、肉体が腐敗することにより、内臓にガスが溜まるからだ。
肉体が腐敗し始めるには、夏場でも1日くらいはかかる。
少なくとも、リガルたちが夜襲作戦を決行する前に浮かんでくることはありえない。
だから、特に問題は無いのだ。
少し歩いたところで、すぐに川までたどり着く。
すると、リガルは背負っていた死体を躊躇なく投げ捨てた。
バシャリ、と大きな水しぶきが上がり、死体が水底へと沈んでいく。
「さて、さっさと飯を食いましょう」
「だな。ちょっと食欲は湧かないが……」
リガルも、人を動じることなく殺せる程度には、この世界に順応してきたわけだが、それでも人を殺した後に気分よく食事が出来るほどではないようだ。
とはいえ、流石に昼から何も栄養を摂っていないのでは、エネルギーも湧いてこない。
背負っている荷物の中からレーションを取り出す。
ちなみに、味がしない上に硬いケーキみたいな食べ物なので、非常にマズイ。
特に普段から美味しい食事ばかり口にしているリガルからすると、とても食えたものじゃない。
水で流し込むようにして、顔をしかめながら食べていく。
10分ほどで食い終えた。
「さて、そろそろ偵察に向かおう。もう夜も遅くなってきた。やることはまだまだ沢山あるからな」
「ですね」
レオと頷き合って、リガルはアルザート軍の陣幕が張られている方まで歩き出した。
ここから陣幕までは少し距離があるが、際立って明るいのですぐに分かる。
数分歩いて、2人は陣幕のすぐ近くまでやってきたのだが……。
「流石に緊張するな……。バレたらアウトだし、命も危ない」
「まぁ、そうですね。けど、ビビッてても状況は好転しません。行きましょう」
「おい、誰がビビってるだ。失礼だろ。つーか、お前は勇ましくなったな本当に。初めて会った時は自信が欠片も無かったってのに……」
呆れたような表情で、リガルは呟く。
確かに、初めてリガルとレオが出会った時と比較すると、見違えるようではある。
「そうですかね? まぁ、7年もあれば人間変わるもんですよ」
「そんなもんかね?」
「えぇ」
そう言って、リガルよりも先に陣幕の方と近づいていくレオ。
「あ、ちょ」
リガルも慌ててそれを追う。
「おい、そんな人の目が多いところを堂々と歩いていて大丈夫かよ?」
囁くように、レオの耳元で尋ねるリガル。
「逆ですよ。人の目が少ないところでこそこそしてたら、それこそ怪しまれます。大丈夫、俺たちの変装は完璧です。よっぽどリスクのある行動をしない限り、バレるわけがありません」」
「いや、そんな恐ろしいこと誰がするかよ」
「そうですか? 殿下ならやりかねないと思ったのですが」
確かに、レオの言う事も分からなくはない。
リガルは結構無茶なことをこれまでもやってきているし、こういうことに臆するタイプではない。
が、目的のためなら多少のリスクなど顧みることなく突き進むリガルでも、命を掛けるとなれば、流石に話は別だ。
「今は、敵の大将――エレイアがどこにいるかを探れれば十分だ。時間も無いしな」
「それは確かに」
リガルは緊張した面持ちながらも、出来るだけ堂々とした様子に見えるように歩いていく。
もちろん、ただ歩いているだけでは何の意味もないので、横目で軽くエレイアのいそうな場所を探していく。
魔術師の階級は、纏っている衣服で大体予想が出来る。
質の良さそうな衣服を纏っている魔術師が固まっている場所が、怪しいという訳だ。
しかし、中々そんな場所は見当たらない。
そりゃそうだ。
今はもう夜。
外をうろついている可能性は低いだろう。
が、その代わりに……。
「なぁ、あの陣幕怪しくないか?」
「あれは……。確かに、無駄に見張りが多いですね」
リガルが目を付けたのは、見張りの人数が、他のと比べて多い陣幕だ。
兵士の数がそれなりにいるので、陣幕の数も10や20では済まない。
数えきれないくらいにある。
しかし、これまでリガルたちが見たそのどれもが、見張りの人数は基本的に2人。
しかし、リガルの視線の先にある陣幕だけは、10人ほどの魔術師が見張っていた。
アホでも、重要人物が中にいると推測できる。
「ただ、流石に中を確認することは出来ないからな。入り口が少し開くのを待つか」
「いえ、ここは少し近づいてみませんか? どうせ止められるでしょうが、何か情報を引き出せるかもしれません」
「おい! それはリスクがありすぎだろ。恐れ知らずとかいう次元を通り越してるぞ。豪胆と無鉄砲は違う」
「そうですか? 私はそんなにリスクがあるとは思えませんが。近づいた程度では、流石に殺されたり、怪しまれたりはしないでしょう。無理矢理侵入したりでもしない限りは」
しかし、それでもレオは淡々と伝える。
こうも落ち着いて説かれると、納得しそうになってしまうリガル。
「うーん……」
だが、それでも逡巡し、唸っているリガルに……。
「そんなに心配しなくても、俺一人で行きます。殿下まで巻き込むつもりはありませんよ」
「いや、お前を捨て駒にするつもりはない」
「分かっています。しかし、2人で行く必要性もない。だったら、俺が行くのが合理的という物でしょう」
「まぁ、確かに」
その言葉には、リガルも納得した表情で頷く。
その後、真剣な表情になって……。
「じゃあ行ってこい。情報の深追いは絶対にするなよ?」
「分かってますよ」
レオは、リガルの言葉にそう軽く返すと、普段と変わりのない様子で見張りが多くいる陣幕に向かって歩いている。
10mほど近くまでやってきたところで……。
「おい! 貴様何をしている。ここはエレイア
見張りの内の1人に大声で怒鳴らる。
「え!? あ、す、すみません。実は上官に用があった来たのですが……。軍議はいつ頃終わるのでしょうか?」
軍議、という言葉を聞いたレオは、早速それを利用して言い訳を作る。
さらに、軍議が終わる時間まで聞き出そうとする。
リガルからは、情報の深追いはするなと言われているが、それでも搾り取れそうなものは取るつもりのようだ。
が、それを見守るリガルとしては、ハラハラものである。
「は? そんなの俺たちが知っている訳が無いだろ。ただ、まぁ少なくとも1時間以上は掛かると思うぞ」
「あー、やっぱりそうですよねー。では、出直してきます」
「あぁ」
しかし、そんなリガルの内心とは裏腹に、何事もなくレオは帰ってくるのだった。
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