第69話.下準備の下準備
やることはシンプルだ。
人気のない場所で一人歩いているアルザート軍の魔術師を見つけ、処理する。
アルザート軍の魔術師に変装することが目的なので、リガルとレオの2人分、これを繰り返す。
だが、それはシンプルではあるが、単純ではない。
そもそも、その条件を満たすことが難しいからだ。
大抵は、数人で固まっていたり、人の往来がある程度はあるところを歩いていたりする。
とはいえ、その状況にさえ遭遇することが出来れば、殺すのはそんなに難しいことではないだろう。
こればかりは粘り強く、歩き続けるしかない。
とは言っても、考え無しに歩き続けるだけというのもどうか。
「どこら辺を歩くのが良いかね。村人は少なくて、アルザート軍の魔術師は多く歩いてそうなところ……」
「そんな都合のいい場所ありますかね? アルザート軍の魔術師だって、普通は人通りの多いところに集まるでしょうに」
「それはそうなんだけどさ、脳死で歩いているだけというのもどうなんだろうと思って、少し考えていたわけよ」
リガルは少しでも効率よく探し回ることが出来ないかと、レオに話しかける。
「まぁ効率を求めるのは分かりますが……。普通に
リガルを
まぁ、人が多いところで、アルザート軍の魔術師1人になるのを探すよりも、人がいないところに一人のアルザート軍の魔術師が来るのを待つ方が、合理的だろう。
リガルもそれは重々承知であろうが、どうにも納得がいかないようだ。
「うーん、それはそうなんだが……。うーん……」
難しい顔をしながら唸っているリガル。
しばらく悩みながら歩いていると……。
「あ、殿下。頭を悩ませている場合じゃないですよ」
「え?」
レオの言葉に、俯いて考え事をしていたリガルが、顔を上げる。
「ほら、あそこを見てください」
レオが正面を指して言う。
「おぉ、早速!」
小さな声で喜びの声を上げるリガル。
レオが指さした方向には、アルザート軍の魔術師と思われる人物が歩いていた。
リガルはすぐに周囲を見渡して人がいないことを確認する。
が……。
「そうなんですよ」
がっくりと肩を落としたリガルに、レオが言う。
そう、後方に一人村人がいるのだ。
これではアルザート軍の魔術師を
他には人がいなくて、リガル達が今標的としている魔術師も孤立している。
絶好の好機ではあるが、1人でもリガル達を見ている人間がいる以上、実行に移すことは出来ないだろう。
「チッ、後ろの村人も始末しちゃおうか」
舌打ちをしながら、小声で物騒なことを呟くリガル。
早速の好機に、かなり気が
「流石にそれは……。もしも声帯を完全につぶし損ねて、僅かでも声を上げられたらアウトですよ?」
「多少のリスクは仕方ないだろ」
「いやぁ、流石にまだリスクを負って動く時じゃないのでは? とりあえず普通に尾行して、後ろの村人がいなくなるのを待ちましょうよ」
「まぁ、それは確かに」
レオに言われ、渋々リガルも諦める。
まぁ、リガルとしては、この夜襲作戦を失敗すれば終わりだ。
焦ってしまうのも当然だろう。
逆に、冷静すぎるレオがおかしい。
しかし、しばらくすると村人ではなく、アルザート軍の魔術師の方が道中にある店の中に入ってしまった。
村人の方が建物の中に入ってくれれば、アルザート軍の魔術師が孤立して、殺人を実行に移せたのだが。
「マジかよ。どうしよう」
「別にそんなに慌てることも無いでしょう。我々も店の中に入りましょう」
「危険じゃないか? 尾行もこっそりやっているわけではなく、堂々と後を追っている。流石に店の中にまで入っては怪しまれそうだが……」
「考えすぎですよ。店の中に入るのなんて普通のことです。さぁ、行きましょう」
「お、おう」
レオが物怖じせずに進んでいく。
何故か主であるはずのリガルが、それに従うようにレオについていく。
レオは堂々と。
リガルは少しおどおどしながら、アルザート軍の魔術師が入っていった店に入っていく。
入った店は、アクセサリーなどの小物を売っている店だった。
と言っても、所詮は村の店なので、どれも安っぽい感じが否めない。
その商品をリガルとレオは眺めるふりをしつつ、横目でちらちらとアルザート軍の魔術師の姿を伺う。
「なぁ、今更だけどさ、これ中に入る必要なかったんじゃね? 入り口見張っていれば、いつかは出てくるだろ?」
リガルがレオに小声で言う。
実際、その通りだ。
店の中に入っても店員がいるので、殺すことは出来ない。
だから、結局外に出るのを待つことになる。
それならば、わざわざ店内に足を踏み入れる必要性はない。
「いえ、中でやりませんか?」
「は? お前さっき2人同時にやるのはリスクが高いって言ったじゃないか」
「いえ、そんなこと言ってませんよ。あの状況で後ろにいた村人と少し離れて前方にいる魔術師をやるのはリスクが高いって言ったんです」
「いや、どう違うんだよ」
「いいですか? まず――」
レオは小さな声で説明を始める。
レオの話は、要約すると、さっきと今の決定的な違いは、ここが店の中であるという事。
この店の中にいるのは、あの魔術師と店主の2人だけ。
ここが店である以上、自由に店内を歩き回ることができるため、怪しまれずに接近できる。
ということだった。
「なるほど。接近さえできれば、こちらも2手に分かれて同時に敵を殺すことが出来るという事か」
「そういうことです。同時に相手を殺すことが出来れば、片方を逃がすことが無い」
「おー、お前天才か。店の中に入ったのにそんな意味があったとは……。早速やろう。俺が店主の方を狙うから、お前が魔術師の方を始末してくれ」
「了解です」
「だが、その前に一つ合図を決めよう」
「合図?」
「あぁ、この作戦。同時に2人の標的を殺す必要性があるだろ? そしたら、合図が必要じゃないか」
「あ、確かに」
「そうだな……。殺しの合図は、俺が『いいですね』って言った時だ。んじゃ、上手くやれよ」
「はい」
そう言葉を交わして、リガルとレオは少し離れる。
レオは、商品を見るそぶりを見せながら、ゆっくりと魔術師の方に近づいていく。
対するリガルは、一直線に店主の元へ向かい……。
「あ、あの、ちょっと話を聞きたいんですが……」
店主に声を掛けるリガル。
「はい?」
下を向いて何やら書いていた店主が、不愛想な声を発しながら顔を上げる。
怒っている訳では、多分ない。
「いや、実は母親にプレゼントを買おうと思うのですが、あまりこういった
どうやらリガルは、店主に相談をすることで接触する作戦に出たようだ。
「なるほど、それならオススメがいくつかありますよ」
そう言って、店主は立ち上がる。
リガルはそれについていった。
「こちらなんかどうです? 希少な金属を使っている訳ではないですが、その分値段も手ごろで見た目も銀と遜色がない」
店主が店の中のアクセサリーの一つを取り、リガルに見せる。
それを聞いたリガルは、軽く深呼吸をして……。
「おお、これは
声を発すると同時に、見られないように背中に隠していた杖を取り出す。
そのまま流れるような動作で、魔力を杖に流しながら店長の喉元に杖を突き付けた。
と、同時に
そして、それはレオの方でも同じだった。
レオも、リガルと事前に打ち合わせておいた合図と同時に動き出していて、リガルとシンクロしたような動作を見せる。
その動きの早さは、目にも留まらぬほどで、標的は何が起こったのか分からないといった様子だった。
声を上げることも無く、2人の標的はバタリと地面に倒れこんだ。
「成功したか……?」
「そのようですねぇ」
そして、たった今人を殺したとは思えない様子で、2人は冷静な声を上げたのだった。
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