第68話.潜入

「そんな、危険すぎます! リガル殿下を失っては、ロドグリスは終わりです!」


 そう叫び声を上げたのは、ロドグリス王国側の隊長の一人。


 まぁ、当然の反応である。


 リガルがいなくなっても、一応グレンがいるので、王位の継承はできるので、「終わり」というのは流石に誇張に思えるが、第一王子を失うのがあまりに甚大な被害であるというのは間違いない。


 何より、彼はリガルが別動隊の指揮を執ることに、それほど意味があるとは思えないのだろう。


 こればかりは、アドレイアに勝利した模擬戦を実際に見ていないと、確かに信じられないかもしれない。


 アルディア―ドは、アドレイアとの模擬戦は、当然聞いただけだが、他の人間よりはリガルの事をよく知っている。


 アドレイアに勝利したという事実と、それ以外のリガルの凄さを、総合的に加味しての判断だろう。


「えぇ、夜襲作戦自体はともかく、リガル殿下が別動隊を率いるというのは流石に賛成しかねますね……」


 他の隊長の反応も、やはり良くない。


 リガルが率いるというのがやはり一番ネックなのだろう。


 だが、逆に言えば、作戦自体は隊長たちの眼から見ても、「突拍子もない」というほど酷いものでもないようだ。


 ならば、とリガルは喧騒の中で立ち上がると……。


「それはどうだろうか」


 今回の軍議で初めて声を上げる。


 先ほどまでの喧騒が静まり返った。


 一気に話しづらい空気になったが、一度声を上げてしまった以上、もう引き返すことは出来ない。


 若干たじろぎながら、リガルは言葉を紡ぎ始める。


「諸君らが納得いかないのは、私が危険な役割を自ら担うことだろう? しかし、本当に私が奇襲部隊を率いることで、身の安全が脅かされるリスクが高まるのだろうか?」


「はい……?」


「え、そりゃあ……」


 リガルの問題提起に、何を言っているんだとばかりの表情を浮かべる一同。


 少人数で敵の本陣に飛び込むのだから、危険に決まっている。


 リガルの言っていることは、一見意味不明だ。


 だが……。


「冷静に考えてみてほしい。まず、現状、我々は逃げることが出来ない。ここで敵と一戦交えるしか道はない。そうだな?」


 リガルが現状確認のようなことをする。


それに、訝しがりながらも頷く隊長たち。


 リガルはそれを確認し、なおも話を続ける。


「しかし、正面からぶつかっては、到底勝ち目はない。それほどに、現状我々はピンチだ。そんな状況で、もし夜襲に失敗して、精鋭部隊を失ってみろ。俺が夜襲作戦で死なずとも、軍の立て直しは不可能。じきに全滅する。つまり、この夜襲作戦に成功するしか、道はない! その先なんて、俺達には存在しないんだよ」


 強い声でリガルは訴えかける。


 確かに、そういうことならば、この夜襲作戦で出し惜しみなどしている場合ではない。


 持てるすべての力を出し切るべきで、そこに生じるその先のリスクなど顧みることなど、無意味なのである。


 リガルを除く、この場の全員は、切迫している状況だと理解しつつも、やはりどこか認識が甘かったと評さざるを得ないだろう。


「うーむ……」


 渋い表情で、悩みこむ隊長たち。


 すぐさま反論は思い浮かばないようだ。


 これを好機と見たリガルは、畳みかけるように口を開く。


「だが、逆にだ。今は大ピンチだが、もしもこの夜襲作戦に成功すれば、そのピンチが一転。アルザート・メルフェニア連合軍を追い返した上で、今の俺たち同様にピンチに陥っているエイザーグ王国の救援に向かうことが出来る」


 そう、アルザートに勝利するのは厳しいが、もしもその苦境を乗り越えることが出来れば、ロドグリス王国とエイザーグ王国は、帝国やヘルト王国に対して優勢になる。


「今こそ大きくBETする時だ! ハイリスクハイリターンの選択をして、その賭けに見事勝利しようじゃないか!」


 最後はあまり論理的な話ではないが、その代わりにこの場の全員の士気を大きく高めた。


 不安に思っていた彼らの心境を、「やってやろう!」という前向きな気持ちに変えたのだ。


 気持ちというのは、意外とパフォーマンスに大きな影響を与えるものである。


「分かりました! アルザ―トの新王エレイアを倒し、必ずやこの戦いに勝利しましょう!」


「えぇ、必ずや我が国に勝利を!」


「エイザーグとロドグリスに栄光あれ!」


 リガルの言葉に焚きつけられ、隊長たちが力強く声を上げる。


 随分と単純な気もするが、実際にリガルの考えは間違っていないので、こんなんでも問題ないだろう。


 隊長や将軍を説得し、なおかつ士気も上がった。


 一石二鳥だ。


「では行こう! 決戦の地、キュリオ村へ!」


 最後はアルディアードがそう締めて、軍議は終わった。


 かくしてこの1時間後。


 エイザーグ・ロドグリス連合軍は、ここライトゥームを発ち、キュリオ村へと軍を進め始めたのである。






 ――――――――――






 ――その日の夕方。


 精鋭部隊を率いて、キュリオ村に忍び込む役割を担うリガルは、村への潜入を開始した。


 とは言っても、潜入自体はそれほど大変ではない。


 都市と違い、城壁があるわけでもないので、見張りなどもいない。


 村の全方位を見張ることなど、到底出来ないからだ。


 そのため、それとなく村人らしい格好をしてさえいれば、自然と近づくこともできる。


 かなり大きな村で、外を歩いている村人も何人かいるため、怪しまれることも無いだろう。


 とは言え、大人数で近づいては流石に怪しい。


 そのため、全員が一斉に村に近づくのではなく、時間をおいてバラバラの場所から潜入させた。


 それでも、一気に村の外を歩く人間が何百人も増えては、流石に怪しまれる可能性が高いだろう。


 よって、連れてきているのは精鋭部隊の中でも、優秀な人間。


 精鋭中の精鋭だ。


 200人ほどいる精鋭部隊の中から、リガルは28人をピックアップした。


 それプラス、リガル自身とレオ率いるスナイパー部隊3人で、計32人である。


 スナイパー部隊も、精鋭部隊同様に、優秀な人間だけをピックアップした。


 本来は、10人以上いる。


 ちなみに、アルディアードは囮役である、本隊を率いている。


 本人はこちらに参戦したがっていたし、こちらで戦えるだけの魔術戦闘技術もあるが、エイザーグ側の隊長たちに止められていた。


 まぁ、指揮を執るリガルと違い、アルディアードはただの戦闘員。


 ならば代わりは効くし、アルディアードが奇襲部隊に加わる意味は薄いだろう。


 魔術戦闘の実力も、精鋭部隊の優秀な魔術師と比べて突出して優れているというわけではなく、大差ない。


 とにかくそんな訳で、潜入自体はあっさりと成功した。


 だが、人数が少ない分、作戦自体はかなり難しいものになりそうだ。


 それからリガルは、さらに動き始める。


 潜入に成功したからと言って、それで作戦結構までは何もしなくていいわけではない。


 敵総大将エレイアがどこにいるのか。


 また、他の重要人物の位置なども探っておきたい。


 やることはまだまだ山積みだ。


 とはいえ、村人に扮装しているリガル達が、アルザートやメルフェニアの魔術師たちの周囲をウロウロしていては怪しいことこの上ない。


 あまり沢山の情報を得ることは難しいだろう。


 それでもリガルは、少しでも、どんなに小さなものでも、情報を手に入れておきたいため、現在はレオと共に村を歩き回っていた。


「うーん、魔術師の集まっている場所は簡単に分かったが、やはり特定の誰かの居場所は分からないか」


「ですねぇ……。陣幕がいくつかあるので、多分そのどれかにいるのでしょうが、具体的な場所までは……」


 30分ほど村中むらじゅうを歩き回ってみたが、分かったのは一見しただけで得られるような、大したことのない情報だけ。


 芳しい成果とは、とても言えない。


「もう少し近づくことが出来れば、詳しい情報が分かると思いますが……」


「そうだな……。あ! そういうことなら、アルザート王国の魔術師に扮してみるのはどうだ?」


 レオの言葉に、リガルが何やら思いついた様子だ。


「え、そんなのどうやって……」


「簡単なことだ。アルザートの魔術師を殺して、その衣服をかっぱらう。それを身に着ければ、誰にも疑われないだろう?」


「それは確かに……。魔術師たちは、基本的に陣幕の周囲にずっといますが、時折村を散歩している者もいる。そういう魔術師を、誰もいないところで殺すことは不可能ではなさそうですね。しかし、ばれたら大変ですよ?」


「バレなきゃいい。簡単なことだ」


「簡単に言いますね……」


 自信満々のリガルに、軽く呆れたようにレオは言う。


「実際簡単だろ? この夜襲作戦と比べれば」


「なるほど。それは確かに」


「んじゃ、早速行動開始と行くか!」


「はい」

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