第71話.最終確認

「悪い、遅くなった」


 夜遅く、リガルはようやくレオを除く、作戦に参加している精鋭部隊と合流を果たした。


 時計があるわけではないので、確かなことは言えないが、恐らく現在の時刻は夜21時くらいではないだろうか。


「殿下! こんな夜遅くまで、一体何を……。それに、その服は一体……」


 心配したような声音でリガルを迎え入れる男。


 彼は、ロドグリス王国軍の精鋭部隊を率いる隊長で、名前をエンデという。


「悪い悪い、少し情報収集をしていたら随分と時間が長引いてしまったんだ。この服は、その過程で手に入れたものでね」


「それはまさか……殿下が自ら敵陣に潜入捜査を行ったということですか⁉」


 リガルは、敢えて言葉をぼかして、自分が潜入捜査を行ったことは隠したが、リガルが話した断片的な情報だけでも、推測するのはそう難しいことではなかった。


 リガルの着ている服が、アルザート軍の魔術師のローブであるということは、誰でもわかることだし、情報収集の過程でそれを入手したとなれば、行きつく答えはただ一つだろう。


 そして、エンデはそのリガルの行動に、驚いたような表情を見せる。


 若干怒っているようにも思える。


 こうなることが分かり切っていたので、リガルは隠そうとしたのだが。


「その通りだ。何か問題でも?」


 リガルも予想通りの反応に、軽くうんざりとしながら、悪びれることなく堂々と答える。


「問題でもって……。大問題に決まっているでしょう! 我々ロドグリス王国にとって、殿下がどれほど大切な存在かは、十分理解しているはずです。それなのに、そんな危険な行動を……」


「確かに、危険な行動であったことは認める。しかし、そんなもの今に始まったことではない。アルザート王国の内乱が収束して以降、我々は常にピンチにある。ならば、多少のリスクは背負わないと、その劣勢は覆せない。違うか?」


「それはそうですが、何も殿下がそのような危険な行動をとる必要性はどこにもないでしょう?」


「そうだな。では聞くが、俺とレオのように、敵陣に忍び込んで情報を収集してきたやつはいるか?」


「「「…………」」」


 その言葉に、この場の全員が黙り込む。


 が、遅れてエンデが声を上げる。


「しかし、それならば事前に言っておいてくれれば、我々も――」


「事前に話す時間などあったか?」


 しかし、リガルはエンデの言葉を遮って、さらに問いを投げかける。


「え?」


「だってそうだろ? 情報収集の具体的な方法なんて、この村に侵入してからじゃないと、考えようがない。しかし、村への侵入は、2,3人くらいに分かれて侵入した。合流するのも、夜になってからと決めていた」


「そ、それは確かに……」


 これにはエンデも黙り込む。


「お前がロドグリス王国のことを考えてくれてるのはよく分かる。だが、今はリスクに怯えてばかりでは打開できない危機だ。何より、今は後悔や反省をしている場合ではない! 早く最終的な作戦について話し合おう!」


「「「了解!」」」


 リガルの言葉に、この場の魔術師たちの眼に覚悟が宿る。


 いつの間にか、リガルはこの世界に来てからの7年間で、カリスマ性をも身に着けたようだ。


 全員が一丸となったところで、リガルは再度口を開く。


「とはいっても、そんなに複雑な作戦ではない。やることはシンプルだ。まず、これを見てくれ」


 そう言って、リガルは懐から小さく折りたたんだ紙を広げて、全員に見せる。


「これは?」


 魔術師の1人がリガルに問う。


「これは、俺とレオで調べた、敵陣の図だ。あまり丁寧ではないが、勘弁してくれ」


 確かに、そのクオリティはお世辞にも高いとは言えない。


 陣幕の位置を、〇を使って表現しているだけだ。


 その配置も、多少のズレがあり、完璧とは言えないだろう。


 とはいえ、これだけでも敵陣について、おおよそは分かる。


「で、俺たちは敵将エレイアの居場所も把握している。この陣幕だ」


 リガルはそう言って、図の一部を指で指し示す。


「そ、そんなことまで……!」


「こ、これは素晴らしい。それが分かっていれば、作戦の成功率もぐっと上がる!」


「えぇ、これは希望が見えてきましたな!」


 リガルの言葉に、一同が盛り上がりを見せる。


 それほどに、リガル達が手に入れた情報は、一攫千金と言えるものだった。


「つまり、俺たちが行う作戦はシンプルだ! まず初めに、アルディアード率いる本隊に、敵の気を引いてもらう。そして、敵の意識が逸れたところで、全力でこの陣幕に突撃する。以上だ!」


 リガルの力強い言葉に、一同が笑みを浮かべながら頷く。


 最初は誰もが無謀だと思っていたこの作戦。


 しかしそれが、今では全員、「意外といけるんじゃないか」という考えになっていた。


 それに対して、リガルも満足したように……。


「よし、それじゃあ結構は今から大体30分後。誰か、本体を率いているアルディアードに、そう伝えてきてくれ」


「では、私が行きましょう。その方が、スムーズでしょうから」


 リガルの言葉に、名乗りを上げたのはエンデだった。


 確かに、出来るだけ身分が高い人間の方が、スムーズにアルディアードに会うことが出来る。


 この中で、リガルの次に身分が高いであろうエンデは、適任だろう。


「では、頼む」


「はっ」


「では、最後に、3人組の編成を決める。だがその前に、レオとスナイパー部隊の2人は、別の役割を与える。それは、遠距離からの援護だ」


 この作戦、恐らくは乱戦になると予想される。


 そのため、そんな中でスナイパーが活躍できるかというと、甚だ疑問だ。


 そもそも、スナイパーはプロでも動いている的は狙わない。


 撃つのは、止まっていて間違いなく仕留められると判断した的のみだ。


 だから、今回は遠距離から戦場を俯瞰して、敵将を打ち取るというよりは、一般の魔術師を処理することに徹して貰おうと、リガルは考えた。


「で、今はいないが、エンデには俺の護衛を。残りの27人で、3人組を組んでもらう。連携とかの相性もあるだろうし、自由に組んでくれ」


 日本にいたころは、非常に嫌だったこの、「〇人組を自由に組め」というのを、リガルは命令する。


 まぁ学校と違い、ぴったり3人組×9だから、そこまで残酷ではないだろう。


 実際、リガルが日本時代に経験したような悪夢が起こることはなく、スムーズにチーム分けは終わった。


「よし、それじゃあエンデは、アルディア―ドへの伝令を。終わったらすぐにこの地点まで来てくれ」


 そう言いながら、リガルはレオに来て欲しいという地点を地図を指で指すことで示す。


「分かりました」


「よし。後、残りの全員は、俺について来い! さぁ、俺たちでこの苦しい戦局をひっくり返そう!」


 そして、リガルの言葉に、全員が力強く頷き、行動を開始した。

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