第63話.勝者と敗者

 勝つ者が存在するのなら、負ける者も必ず存在する。


 エレイアは、他国と良好な関係を結んだことで、内乱を終わらせることに成功した。


 つまり、勝者。


 その一方で、関係を結ぶことに失敗して、周囲が敵だらけになったエイザーグ、ロドグリスの両国。


 つまり敗者。


 アスティリア帝国、ヘルト王国、アルザート王国という、3つの国から攻められているという凶報を聞いたリガルは、1時間ほど呆然として、無駄な時間を過ごした。


 それにより、僅かながら冷静さを取り戻し、急いでこの情報をアルディアードの元に伝えに向かった。


 が、そのころにはアルディアードにも情報が届いていたらしく、顔を真っ青にして固まっていた。


(ま、そうなるよな……。無理もない。初陣の俺たちに、いきなりこれは、あまりに荷が重い状況だ)


 そんなアルディアードの様子に共感するリガル。


 何が良くなかったのか。


 リガルは後悔の念と共に、反省という名の現実逃避をしようとしたが……。


「い、いや、いけない! おいアルディアード、しっかりしろ! 今は絶望してる場合じゃない!」


 生気が抜けたような表情をしているアルディアードの肩を乱雑に揺らし、声を掛けるリガル。


 絶望の沼に、身を預けようとしたリガルだったが、間一髪のところで踏みとどまる。


 確かに、現状はリガルが生まれてきてから、一番と言ってもいいほどの、大ピンチだ。


 いや、一番と言っていいどころか、間違いなく一番だろう。


 とはいえ、完全に終わったわけではない。


 諦めなければ何とかなる、というほど、カッコいいセリフを言うつもりは、毛頭ないリガルであったが、負ければ「死」なのだ。


 三国が共闘している以上、圧倒的な力で踏みつぶされる。


 大損害、では済まされない。


 間違いなく、滅ぼされるだろう。


 だったら、諦めなければ何とかなると信じて、やれることをやるしかない。


 選択肢は、僅かな生きる可能性に掛けて足掻くか、諦めて死ぬか。


 この2つ。


 つまり、実質選択肢はないのだ。


 必死になって、アルディアードを勝機に引き戻そうとする。


「ど、どうするんだよ……こんなの……。背後からはヘルト王国。横からは帝国。そして、現在矛を交えているアルザートも、内乱を収束させて、俺たちに牙を剥こうとしてる。終わりだ……」


 どうにか反応はしてくれたが、普段のアルディアードを見ていると信じられないと思うほどに弱気な言葉だ。


 とはいえ、状況を理解できていないよりはマシかもしれない。


 能天気なことを考えていたら、あっさりと死ねる。


 まぁ、アルディアードの気持ちを、一瞬で立て直すことは不可能だ。


 もうこの際、ネガティブなアルディアードは無視して、リガルは勝手に自分の見解を述べていく。


「いいか、まず現状を整理するぞ。ヘルトの軍勢が一万、帝国の軍勢が一万。そして、アルザートが全力で攻めてくると仮定して、5000くらい。計23000だ」


「いや、アルザートが全力で攻めてくるのか? 内乱が収束したと言っても、あの国は間違いなく大損害を受けている。俺たちに倒された魔術師や、エレイア派の連中が殺した魔術師を考えるとな。そしたら、一刻も早く自国の体制を整えたいはずだろ?」


 リガルが勝手に話していると、意外にもアルディアードが口を挟んでくる。


 声音の弱々しさは変わらないが、頭は働いているようだ。


 そのことに、少しだけ喜ぶリガル。


「いや、逆だよ。大損害を受けたからこそ、攻めてくる。失った魔術師を捕まえて、奪いたいからな」


「なるほど。けど、納得できないことはまだある」


「納得できないこと?」


「あぁ、アルザートの兵力のことさ。アルザートの兵力は、おおよそ把握している。動かせる全兵力は、大体8000ほど。その中で、俺たちが2500の兵を倒した。全部を殺したわけはないし、逃げられた魔術師もいただろうが、それでも行方不明で、探すのにはだいぶ時間がかかるだろう」


「それはそうだな」


 アルディアードの言葉に、同意するリガル。


「で、次にシルバ派対エレイア派の直接対決で失った兵力だ。エレイア派が確か3000ほど。これが損害なしだとしても、シルバ派の兵力が2500。こっちがまさか2000丸々残っているなんて、アホなことはないだろ?」


「ま、そうだな」


 これも、間違っていないので、リガルは素直に頷く。


「おい。じゃあ、5000もいないじゃないか」


 おちょくってんのか、とばかりに怒気を孕んだ声音で、リガルに言うアルディアード。


 さっきまでは、完全に落ち込んでいたのに、その様子もほとんど見られなくなった。


 真剣に、これからのことについて、議論をしている。


 だが、リガルとて、こんな大事な時に、人をおちょくるような真似をするはずがない。


「いや、敵は5000はいるはずだ。むしろ、それよりも多いかもな」


「はぁ? どういうことだよ」


 意味が分からない、とアルディアードはリガルに尋ねる。


 が、リガルはそれに対して、今までよりも一層真剣な顔をして……。


「敵は、ヘルト、帝国、アルザート。この三国だけだと、本当に思うか?」


 リガルは逆に、質問で返す。


「え、三国だけだと思うかって……。そりゃそうだろ……。他に国境を接してる国もないし……」


「確かに、国境を接してる国はないな。けど、国境を接している敵国の、同盟国で、攻めてきそうな国に心当たりはないか?」


「えぇ……?」


 そこまでヒントを出されて、考え込む。


 が、数秒で答えが出たようで……。


「あ……! も、もしかして、メルフェニア共和国」


「そう、正解。あの国は、5年前も、アルザートに協力して、エイザーグに攻め込んでるだろ? だったら、今回の絶好のチャンスを逃すはずがないと思わないか?」


「そ、それは確かに……」


 議論をする前以上に、顔を青くするアルディアード。


 自分が思っていた以上に、事態が深刻であることに、気が付いたのだ。


「まぁ、確定ではないがな。それでも、可能性はかなり高いし、メルフェニアも参戦してくる前提で考えておいた方が良いだろう」


 そう、常に最悪の想定をしておかなければ、実際に最悪の状況が起こってしまったときに、それでもう詰んでしまう。


 甘えた想定は出来ない。


「さて、以上を踏まえた上で、これからの俺たちはどう動くか。考えようか」


 再び絶望のどん底に落ちたアルディアードに対して、湧き上がってくる絶望を必死に表に出さないようにして、リガルは言った。


「…………まず、ヘルト王国の対応は、ロドグリスだけで、やるしかない。謎の反乱は、当然うちの国が抑える。帝国は……残ったエイザーグ軍で時間を稼ぐ。それで、援軍を待つ。これが最善じゃないか?」


 浮かない表情を浮かべながら、しばらく考えた末、アルディアードは語る。


「俺たちはどうする?」


「決まってるだろ。アルザードとメルフェニアの連合軍を止める」


「3000対5000以上の可能性が高いんだぞ?」


「けど、他に道はない。ただでさえ帝国やヘルト王国といった、大国に侵略されているんだ。アルザートまで国に入れたら、収拾がつかなくなる」


 アルディア―ドの声のトーンは、いつになく低い。


 戦闘を行っている時の、自信満々な雰囲気でも無ければ、普段のようなふざけた雰囲気でもない。


 稀に見せる、真面目な雰囲気でもない。


 ただ、覚悟を決めた――腹をくくったような雰囲気だ。


 さっきまで青い顔で絶望していた奴とは思えない。


 が、もうこれ以降は動じることはなさそうだ。


「だよな。俺もそう思う。これから俺たちがやるべきことは、ただ一つ。今いる3000の兵で、2倍近い数を持つ、アルザート軍を倒す!」


 やることは決まった。

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