第64話.アドレイアの戦い

 ――その前日。


 つまり、エレイア派がシルバ派に勝利した日。


 ロドグリス王国では、ヘルト王国との戦いが始まろうとしていた。


 率いるのは、もちろんロドグリス王国の国王――アドレイア・ロドグリスである。


 彼の率いる、ロドグリス軍9000は、国境を越えて侵入してきたヘルト王国軍を迎え撃つべく、強行軍でヘルト王国軍の元へ向かっていた。


 全国から魔術師を招集したため、随分と遅れてしまったが、間もなく接敵する予定だ。


「しかし、何故ヘルト王国は同盟を破ってまで攻めてきたのでしょうかね。こんな暴挙を起こせば、他国からの信頼も失墜するでしょうに」


「それは俺にも分からん。だが、俺はあのじじいを絶対に許さない。これまで我が国は、度々ヘルト王国に辛酸をなめさせられてきたからな……。今回は、これまでに受けてきた屈辱を、倍にして返してやる……!」


 馬に乗り、何もない道中をただただ進んでいたところ、アドレイアの隣にいた近衛魔術師が話しかけてくる。


 彼の名は、オルク。


 近衛魔術師の中でも、アドレイアと幼少期からの付き合いで、アドレイアはオルクに全幅の信頼を置いている。


 そんなオルクの言葉に、アドレイアは返答する。


 が、その声音は、普段からは想像もつかないほどに、怒気を孕んでいた。


 その怒りの理由は、もちろん同盟を破って侵略してきたということもあるが、それだけではない。


 ロドグリス王国は、昔からヘルトと仲が悪いのだが、それは最近でも変わらない。


 実は、アドレイアの初陣も、ヘルトとの防衛戦だった。


 最も、アドレイアの場合は、総指揮官としてではなく、別動隊を率いただけに過ぎないが。


 その時、アドレイアはヘルト王国の現国王――ヴァラス・ヘルトにコテンパンにされた。


 アドレイアが負けたのは、たったそれ一度きりである。


 だから、アドレイアはその時に受けた屈辱を晴らす為に、怒りに燃えているのだ。


「それに、今回はリガルが考え出してくれた、新戦術もあるからな。今回は絶対に負けん。さっさと終わらせて、エイザーグの救援に向かうぞ」


 そして、自身もあった。


 数の上では若干劣るが、アドレイアにはリガルが考えた新戦術がある。


 しかも、ヘルト王国は、その新戦術を初見である。


 負けるわけがない。


 アドレイアは、そう強く確信していた。


 むしろ、考えているのは、その先。


 アドレイアも、実はこの時すでに帝国が動き出していることに気が付いている。


 だが、帝国の率いている兵力までは分かっていなかった。


 しかし、この時アドレイアは実際の兵力である10000の1.5倍の、15000の兵力を想定していた。


 その想定に根拠はない。


 ただ、「帝国ならば大体これくらいは動かしてくるだろう」という、経験に基づいた勘に近い考察だった。


 まぁ、結果的に間違っていたわけだが。


 とにかく、そのように考えていた為、一刻も早くエイザーグ王国を救いに行かなくてはならないと思っていたのだ。


「しかし、大丈夫ですかね?」


「ん? 何がだ?」


「リガル殿下のことですよ。エイザーグ王国が大変な状況になっている今、リガル殿下は退路が確保できていません。もしもアルザートの内乱が早急に決着でもしたら、大変なことになるのでは……?」


 ヘルト王国への復讐に燃えているアドレイアとは反対に、オルクは不安げな表情で尋ねる。


 その内容は、アルザートを侵略していたリガルについてだった。


 この時点では予想であったが、オルクの話は、翌日その通りになっている。


 だが……。


「まぁそれはそうだがな……」


「殿下?」


 アドレイアは、オルクの最もな疑念に、難しい表情をする。


「何というか、言葉にするのは難しいんだがな……。あいつは常識が通用しない……いや、見てる世界が違うっていうのかね……。とにかく、贔屓目なしに見ても、天才としか言いようがない奴なんだ。あいつと模擬戦をしたときに、そう思ったよ」


「へぇ……。陛下がそこまで褒めるとは、珍しいですね。私もその模擬戦に参加してみたかった……」


「ははっ。まぁそういうことだから、あいつなら心配ない。それよりも俺たちは目の前の戦いに集中するぞ。勝つ自信はあるが、油断できる相手では、当然ないからな」


「はい」


 アドレイアの真剣な言葉に、オルクもまた、真剣な声音で返す。


 そして、2人は雑談を切り上げて、すぐそこまで迫った強敵との戦いに向け、集中力を上げていくのだった。






 ――――――――――






「クソ……。先取りされたか。あのじじい、本当に忌々しいものよ……」


 アドレイアは、固く握りしめた拳を、自らの脚にたたきつけて呟く。


 現在は、先ほどから45分ほど進んだところ。


 そこで、そろそろ接敵してもおかしくないと判断したアドレイアは、斥候を放った。


 が、その斥候の報告を聞いたところ、ヘルト王国軍は、もうすでにこの先にある丘に陣取っているようだ。


 有利なポジションを先取りされたというわけである。


 ヘルト王国の現国王である、ヴァラス・ヘルトは、アドレイアに『じじい』などと称されているだけあり、かなり高齢だ。


 と言っても、「この世界の基準では」だが。


 ちなみに、ヴァラスの年齢は、御年58歳。


 ちょうど、死んだアルザート国王と同じ年齢である。


 まぁ、年齢はどうでもいいのだが、流石に年を食っているだけあって、戦争の経験も豊富だ。


 ヴァラスは、昔から魔術戦闘の技術は皆無で、昔はそれほど戦術にも長けていなかった。


 戦闘面に関しては、本当に平凡だったと言えるだろう。


 が、年の功というべきか、長年戦場で経験を積んだことにより、今は近隣諸国でも1,2を争うほどの名将へと成長を遂げた。


 最も、当然肉体的には衰えるので、彼が前線に出て、華々しく活躍することは、後にも先にも皆無だろうが。


 とにかく、現在のヴァラスはそれほどの名将だ。


 そんなヴァラスが、戦術的優位に立てるポジションを、逃すわけがない。


 早速、一つポイントを上げられてしまったアドレイアだが、それは時間的に仕方のないこと。


 一つ息を吐いて、気持ちをリセットすると……。


「まぁいい。ひとまずここで陣形を組んでしまうぞ」


「え、まだ結構な距離がありますが……」


 アドレイアの言葉に、驚いたようにオルクは言う。


 が……。


「別に問題ないだろう。リガルが考えた、この新戦術は、3人組を作って、距離をあけるという、非常に簡単な陣形だ。陣形をここで作ったからと言って、行軍しづらくなるなどということはあるまい」


「言われてみると、そうですね」


 アドレイアの言葉に、オルクは納得する。


 それに、ここは平原だ。


 木々が生い茂る山などと違い、街道を通らずとも十分進みやすい。


 何より……。


「それに、ヴァラスは何をしてくるか分からないからな。できる限り、隙は常に排除しておきたい」


「なるほど……」


 普段から、戦いは当然真面目に望んでいるアドレイアだが、今日はいつにも増して、本気なのだ。


 今のアドレイアには、一部の隙も無い。


 僅かなリスクも、完璧にケアしている。


 それから、アドレイアの指示から1,2分ほどが経ち、陣形が整った。


「では、行くか」


 静かな力強い声で、アドレイアは呟くと、再び戦場へと歩を進めだしたのだった。

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