第62話.躍進の一歩目

 ヴァザとフレイムの2人が前線に辿り着く。


 2人はまず、門への攻撃を防いでいる、アースウォールを適当に攻撃する。


 しかし、彼らは魔術師として優れていると言っても、魔術の威力自体は、他の魔術師たちと大して変わらない。


 彼らの真骨頂は、魔術自体ではなく、抜群の運動神経と、謎の鋭い勘を利用した動きなのだから。


 そのため、アースウォールは2人が加わって攻撃したところで、突破できない。


 しもの2人と言えど、城壁の上から防御を張られ続けるのでは、対応のしようがない。


 攻城戦では、あまり活躍できないか……。


 そう思われたが、次の瞬間、2人は信じられない行動を取る。


 なんと、城壁にくっついている塔の壁と、城壁自体の2つの壁を利用して、城壁を上り始めたのだ。


 それは、さながらパルクールのプロがやるような、壁ジャンプみたいだ。


 いや、速度はそれよりも早いかもしれない。


 どういう身体のつくりをしていれば、あんな芸当が出来るのかというほどに、2人の動きは人間離れしていた。


 通常の物よりも高い、10mほどもある城壁をすいすいと登っていく姿は、圧巻としか言いようがない。


 これには、エレイア軍の魔術師も、シルバ軍の魔術師も、口をポカンと開けて驚きを隠せない。


 しかし、そんな他人の事は気にせず、2人の動きは止まらない。


 あっという間に城壁を上り切り、城壁の上にいる敵魔術師の前に躍り出る。


 シルバ軍の魔術師は、そのあり得ない事態に、ひどく動揺した様子を見せる。


 だが、それでも流石はプロの魔術師と言うべきか、慌てて2人を攻撃しようとする。


 動揺していても、何千回、何万回と練習してきた動き。


 10m前後の距離なら、外さない。


 数人の魔術師の放ったファイヤーボールが、2人に襲い掛かる。


 しかし、それを2人は横に跳ぶことで、アクロバティックに回避を決める。


 と同時に、腰から杖を引き抜き、魔力を込める。


 さらに足では、近くにいた魔術師の一人を、防御魔術の隙間から蹴りつけた。


 顔面にクリーンヒットだ。


 呻き声を上げて後方に倒れこむ。


 さらに、魔力を込めたことで、杖から炎が噴き出る。


 近距離攻撃魔術の、ファイヤーストームだ。


 遠い距離を攻撃できない代わりに、攻撃範囲が広く、攻撃力が高いのが特徴の魔術だ。


 灼熱の炎が、敵魔術師の身体に絡みつく。


 城壁の上は、あっという間に阿鼻叫喚の嵐となった。


 とはいえ、所詮は2人。


 さきほどは、奇襲という形になったから、上手くハマったが、人数差は顕著。


 すぐにシルバ軍の魔術師は息を吹き返す。


 冷静になってしまえば、いくら化け物じみた強さを持つ2人でも、数の力で対処は可能だ。


 それを悟った2人は、逃げ出そうとするが、それと同時に……。


 バキッ。


 城壁の下の方から、何かが粉砕する音が聞こえてくる。


 音の発生源に目を転じてみると、そこにはバラバラになった城門の無残な姿があった。


 そう、エレイア軍側から見て、城門の左側にいる敵魔術師を、2人が相手をしていたことで、一時的に城門の防御に隙が出来たのだ。


 その隙を、エレイア軍の魔術師たちは逃さずに、より一層苛烈な攻撃を仕掛け、城門を突破したという訳だ。


「な……!」


 結局、エレイアの予言したとおりに、たった2人で戦況を変えることに成功した。


 それを見ていたルーカスは、あまりの驚きに、目を見開いて硬直する。


 だがそれは、予言して2人を送り出したエレイアとて同じだった。


 たった2人で戦況をひっくり返すことが出来ると言えど、それはエレイアが誇張気味に言ったことであった。


 しかし、2人はそれを実現して見せた。


 エレイアとしても、嬉しい誤算だった。


 しかし、ルーカスとエレイアが驚いている中でも、戦闘は進んでいる。


 ちょうど、エレイア軍の魔術師が、王都に侵入している最中であった。


 ヴァザとフレイムの2人も、それに同行し、都市の中へ入っていく。


 ……と思いきや、ヴァザはエレイアの元に戻ってきた。


「ん? どうした?」


 何故他の魔術師と共に、都市の内部へ侵入しないのかと、エレイアは疑問に思い、帰ってきたヴァザに尋ねる。


「いえ、都市の内部へ攻め入り、殿下の身の方が手薄になっているので、本来の役目である、警護の方に戻った方が良いと、勝手に判断しました。申し訳ございません」


 ヴァザは、生真面目に片膝をついて、エレイアに頭を下げながら謝る。


 だが……。


「いや、確かに良い判断だ。城壁さえ突破してしまえば、あとは人数で勝るこちらが圧倒的に有利。兵数の減り方も、敵の方が顕著だしな」


 そう言って、普段は無表情なエレイアも、少し頬を緩ませて、大手柄を挙げたヴァザを褒める。


 だが……。


「なぁ、けどさ、フレイムの方はどうしたんだよ? 何故あいつは一緒じゃないんだ?」


 エレイアは、ヴァザがこちらに戻ってきた時から思っていた疑問を発する。


 それを聞くと、ヴァザはバツが悪そうな表情を浮かべ、頬のあたりを搔きながら……。


「あ、あぁ……じ、実は……」


 そう言って、話し始める。


 一言でまとめると、どうやらフレイムは、戦いたすぎてヴァザのいう事を聞かずに突撃してしまったみたいだ。


 そう言われてエレイアは、仕方なく困ったように1人で帰ってくるヴァザの姿が頭を思い浮かべた。


 そして、思わず苦笑いをこぼす。


「ははっ。なるほどな。確かにあいつならそうなりそうだ。まぁいい。お前が1人いてくれるだけで、随分と安心感があるからな。お前に加えて、フレイムまでというのは、過剰戦力だ」


「ありがとうございます」


 だが、結局敵がエレイアに危険を及ぼすどころか、その気配すら全く無かった。


 どうやら、エレイア軍の猛攻を防ぐことで精一杯の様だ。


 しかし、敵の奮戦も虚しく、徐々にエレイア軍がシルバ軍を押し込めていき……。


「終わったな」


「えぇ……」


「ですね」


 エレイアの言葉に、傍にいたルーカスとヴァザが短く反応する。


 戦いは決着した。


 勝利したのは、エレイア軍。


 エレイア軍側の損害はほとんどなく、敵軍の損害は甚大。


 何より、総大将であるシルバ本人が捕獲されてしまったのだった。






 ーーーーーーーーーー






「久しぶりですね。兄上」


 王城にある自室に、数か月ぶりに帰還したエレイア。


 ソファに座り込みながら、優雅に紅茶を飲んでいる。


 その視線の先には、手足を縛られて、エレイアの前に突き出されている、エレイアの実の兄――シルバの姿があった。


「くっ……。おのれ……!」


 地面に這いつくばりながら、エレイアの事を射殺さんとばかりに睨みつける。


 食いしばった歯からは、僅かに血が滲んでいる。


 それを、無表情で眺めるエレイアだったが……。


「うーん、こうして久々に顔を合わせてみたものの、別段話すことも無いな……」


「何だと!?」


 エレイアの、小馬鹿にしたような言葉に、激昂するシルバ。


 だが、エレイアの言葉は、煽りなど含んでおらず、完全に本心だ。


 シルバに対して、何の感情も浮かんでこない。


 エレイアにとってシルバという存在は、あまり眼中になく、せいぜい小さな障害物程度の認識だったのだ。


「もういい。とりあえず兄上は適当な部屋に監禁しておいてくれ。兄上は俺の即位式に、公開処刑にするつもりだからな。くれぐれも逃がさないように」


「はっ!!」


 エレイアは、シルバを連れてきた魔術師に言う。


 その言葉に、魔術師は恭しく頷いて、シルバを連れて退室しようとした。


 が……。


「ま、待て! い、命だけは!」


 処刑という言葉を聞いた瞬間、シルバは顔を青くして暴れ出す。


 先ほどの怒りの表情は、完全に霧散していた。


 その様子に、魔術師も思わず驚いて後退あとずさる。


 が……。


「連れていけ」


 底冷えするような、短いエレイアの言葉。


 慈悲は無かった。


「は、はい!」


 上ずった声を上げながら、慌ててシルバを引きずるようにして連れて行く。


 そして、部屋を出た。


 残ったのは、エレイア1人。


 誰もいない静寂に満ちた部屋で、エレイアは独りちる。


「さて、これで我々の問題は終わった。後は、サービスタイムだ。待っていろ、エイザーグ王国、そして、ロドグリス王国」


 その声音は、静かながら、怒気を孕んでいた。


 そして、瞳の内は、何処までも昏かった。


 エレイア――いや、アルザート王国の反撃が、始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る