第61話.エレイアの切り札

 エレイア軍が、アルザートの王都の近くにある森から出陣する。


 その数はおよそ3000。


 目標であるシルバがいる王都までの距離は数㎞。


 ここからは、流石のエレイアも兵を分けたりはしないようだ。


 これほどの距離になれば、いくら兵の数を少なくして行軍しても、敵に見つかってしまう。


 何より、そもそも今更見つかっても関係がない。


 あと1時間ほどの距離にまで敵が迫ってきているというのに、そこから対応など出来るわけもない。


 おそらく、シルバ派は混乱の最中さなかに、数で勝るエレイア派と戦わなくてはならなくなるだろう。


 数でも有利、状況でも有利。


 エレイアが勝利を確信するのも頷ける話だ。


 死亡フラグなど、粉微塵に粉砕できるほどの、圧倒的な優位である。


 そのまま進軍して、ついに王都が肉眼で視認できる所までやってきた。


 敵が気が付いているかどうかは、定かではないが、ここまで近づけば、流石に気付いているだろう。


 とはいえ、気が付いていても、対応が出来なければ何の意味もない。


「一気に行くぞ! 突撃!」


 軍の先頭で指示を出すエレイア。


 その言葉に、他の魔術師が一斉に駆け出す。


 ここからは危険があるため、エレイアは後方に下がる。


 生憎と、エレイアは武闘派ではないのだ。


 竜王などと呼ばれている、某国王とは違うので、最前線で戦っては命がもたない。


 何より、合理的な考え方をするエレイアは、仮に自身が世界最強クラスの魔術戦闘技術を持っていたとしても、前線には出ないだろう。


 すでに、何もしなくても勝利する可能性は非常に高いのだ。


 ここからの負け筋と言ったら、それこそエレイア本人が討ち取られることくらいだろう。


 そんな細い負け筋を、通される可能性が高くなる行為を、エレイアほどの人間がするわけが無かった。


 それから、王都の城壁の下まで来たエレイア軍。


 隊長たちの掛け声により、王都の城門に一斉攻撃を開始する。


 だが、シルバ勢も、城壁の上から姿を現し、アースウォールで城門を防御。


 さらには、攻めようとするエレイア軍の魔術師に、攻撃魔術を放ち、迎撃していく。


 何人かのエレイア軍の魔術師が倒れ、先ほどまでの勢いがなくなっていく。


 エレイア軍は兵数で勝るとはいえ、500だ。


 少ないとは言えないが、まともに抵抗できずにやられるほどの大差でもない。


 その上、エレイア軍も士気は高いが、シルバ軍も同様に士気は高い。


 王都を包囲され、もう勝つ以外に道が閉ざされている。


 背水の陣というやつだ。


 背水の陣の語源となった戦いと違い、今回の場合は強制的にそうなったという感じだが。


 まぁ、とにかくそんなわけで、戦いは想像と異なり、拮抗したものとなった。


「あ、あれ……これは……。大丈夫でしょうか……」


 不安そうにオロオロとした態度を見せるルーカス。


 それに対して、無表情でその隣にたたずむエレイアは……。


「何を動揺しているんだお前は。負けている訳ではなく、戦況は互角なのだぞ? だったら、じきに兵数で勝るこちらが勝利するに決まってるだろうが」


「し、しかし……」


 それでも小心者のルーカスは、中々落ち着かない。


 それを見て、いつものように呆れた仕草を見せるエレイアだが……。


「まぁ、確かに俺の予定よりは抵抗が激しいのも事実。ここから勝てると断言するほど、形勢はこちらに傾いてはいないか……」


 エレイアとしても、予想外の事態であったことも事実。


 少しだけいつもの無表情よりも険し気な顔つきをすると……。


「仕方ない。少し早いが、切り札を投入するか。こい、ヴァザ、フレイム」


「「はっ」」


 鋭い返事と共に、エレイアの元にやってきたのは、少し小柄な2人の少年。


 目立ちすぎるほどに輝く黄金の髪をした彼らだが、2人はそれ以上に特筆すべき部分があった。


 それが、外見があまりに似ていることである。


 実は、彼らは双子なのだ。


「よし、さっきの話の通り、我々エレイア軍は若干苦戦している。お前たちの力で、一気に押しつぶしてくるんだ!」


「任せてくださいエレイア様! 俺が敵を蹴散らしてきます!」


 エレイアの力強い指示に、元気な返事をする、双子の弟フレイム。


 それに対して……。


「バカ。エレイア殿下だろ。それよりも殿下。私たちは殿下の側近として同行させていただいています。本当に私たちが行ってよろしいのですか?」


「構わ――」


「おい兄ちゃん! 余計なこと言うなよ! そのせいで戦えなくなったらどうするんだ!」


 ヴァザの言葉に、エレイアが返答しようとしたところで、フレイムがそれを遮って食って掛かる。


 どうやら、兄の方は冷静沈着で非常に礼儀正しいのに対して、弟の方は随分とやんちゃのようだ。


 外見は似ていても、性格に関してはまるで正反対である。


「あほかお前は。何殿下の言葉遮ってんだよ」


「す、すみません……」


 ヴァザの怒気を孕んだ言葉に、流石に反省したように、フレイムは謝る。


「気にするな。お前らの無礼など、慣れたものだ。それとヴァザ。俺が行けと言ったら、いちいち聞き返してくるな。俺の指示にミスなど無い」


 だが、エレイアはそれを涼しい顔で許す。


 その後、ヴァザの問いに答えた。


「も、申し訳ございません。では、必ずやご期待にえるようにして見せましょう」


「よっしゃあ!」


 2人とも、全く違う反応をしてから、城壁の方へ向かっていく。


 そして、ヴァザ、フレイム、そしてエレイアの、3人の会話をオロオロしながら見守っていたルーカスは、2人が去ってから……。


「あ、あの……殿下。彼らは一体?」


 少なくとも、ルーカスには、これまで彼らがエレイアの傍にいた記憶はない。


 そのはずなのに、エレイアと彼らは、まるで旧知の仲の様だった。


 そのため、フレイムが無礼とか、そんなことよりも一番に、彼らが何者なのかが気になった。


「あー、あいつらか。あいつらとは、9年前にアルザートの王都で出会ったんだ。あいつらはスラムに住んでたらしく、そこから逃げ出してきたんだと」


「はい? どうしてそんな子供を……」


「あぁ。普通なら当然助けたりしない。が、あいつらは特別だった。スラムのガキの癖に、魔力があったんだよ。魔術が使えるなら、国の役に立つし、持って帰ろうと思ったんだ。それで――」


 エレイアはその後、王都の魔術師団の元に、彼らを預けた。


 本来なら、これで関係は終わり。


 そのはずだった。


 だが、それから数日後、双子は天才的な魔術の才能を持っているという報告が、エレイアの元に入った。


 それを受けて、少し暇な時間が出来た時に、エレイア派双子の元を訪れた。


 そして、目を疑ったのだ。


 双子の天才的な才能に。


 双子はまず、運動神経が抜群に良かった。


 さらに、目や耳などの感覚器官も他を圧倒するほどに優れている。


 これだけでも、将来とてつもないレベルの魔術師になるのではないかと思わせる、天賦の才能である。


 だが、双子にはまだ、驚くべき力があった。


 それは、「第六感」とでもいうべきものだった。


 何をバカなことを、と思うかもしれない。


 だが、どうしても、第六感という言葉でしか表せないほどの、回避や攻撃を見せるのだ。


 確実に死角からの攻撃であっても、躱す。


 どこに敵がいるのか分からない状況でも、攻撃を当てる。


 それを見た日、エレイアは双子を自分の側近として、普通の魔術師とは違う待遇を与えることにしたのであった。


「そんなことがあったんですか……」


「あぁ、あいつらは強い。あり得ないと思うだろうが、たった2人だけで戦況を変えることが出来るほどにね……」


 ニヤリと笑うエレイアに対して、ルーカスは呆然と、信じられない、といったような表情を浮かべるのだった。

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