第60話.もう一つの戦い
――リガル達の元に、凶報が届いた日の前日。
所変わって、アルザート王国の中心部では、大規模な戦闘が起きようとしていた。
王都に立て籠もる、アルザートの第二王子、シルバに対して、アルザートの第三王子、エレイアが、攻撃を仕掛けようとしているのである。
とは言っても、シルバはそれに気が付いていない。
何故なら、シルバたちはとある問題のせいで、手一杯だからである。
その問題というのが、リガルとアルディア―ドが率いる、ロドグリス・エイザーグ連合軍による、ライトゥーム侵略である。
シルバ軍は、ロドグリス・エイザーグ連合軍に対抗するために、どうしようかと困り果てている真っ最中だった。
そして、実はそれは、エレイアの罠であった。
この内乱は、今日に至るまで、睨み合いのような展開が続いている。
しかし、一度だけ、交戦したことがある。
それが、アルザートの西部での戦いだ。
と言っても、これは小競り合い程度の規模であったが。
その小競り合いは、まずエレイア派の貴族である、フェイル辺境伯によって仕掛けられた。
彼は、周辺の地を治めるシルバ派貴族の領地を、500ほどの軍勢を率いて侵略しようとする。
しかし、なんとあっさり返り討ちに遭ってしまったのだ。
そのまま、勢いづいたシルバ派の貴族に、逆侵攻され、フェイル辺境伯は、所領であるライトゥームとその周辺都市を奪われた。
そう、サラッと流したが、実はライトゥームという都市は、元々エレイア派の貴族の持つ領地だったのである。
だが、ここでの大敗こそが、エレイアの仕組んだ罠そのもの。
エレイアは、この内乱が始まる前――前アルザート王が死んだときに、すでに現在のような未来が、おおよそ見えていた。
アルザートの周辺各国が、内乱で荒れているアルザートを侵略し、領土を得ようとすることを。
だからこそ、エレイアはそれを未然に防ごうとする手立てを考え、講じた。
帝国とは同盟を結び、それをちらつかせることで、
エイザーグとロドグリスには、帝国に攻め込んでもらう、といった具合だ。
しかし、エレイアが考えていたのは、他国への対策だけではなかった。
まともに戦っては、数で勝るシルバ派に勝利することは出来ない。
そのため、エレイアは考えた。
そして、思いついた。
その策とは、自国に攻め込んでこようとする、エイザーグ・ロドグリス連合軍を利用して、シルバ派の兵力を削ることだった。
タイミングを見計らって、西部――つまり、ライトゥームの地を、敢えて大敗することで、シルバ派に明け渡す。
敵が、間抜けにも喜んでいるところに、エイザーグ・ロドグリス連合軍の襲来、というわけだ。
そして、この作戦は大成功に終わった。
見事、エレイアの目論見通り、エイザーグ・ロドグリス連合軍は、シルバ派と戦って勝利してくれた。
さらに、これは嬉しい誤算なのだが、シルバ派はライトゥームをエイザーグ・ロドグリス連合軍から守るために、かなりの数の軍勢をライトゥームに送ってくれた。
これで、兵力差は一気に逆転。
エレイア派3000、シルバ派2500となった。
魔術戦闘の技術では、若干シルバの方が勝るが、指揮を執るとなれば、優れた頭脳を持つエレイアの方が上。
この時点ですでに、エレイアの必勝形となってしまっていたのだ。
だが、この時点でエレイアはライトゥームでの勝敗を知らない。
シルバ派が、魔術師をライトゥームの方に大量に送ったとはいえ、これでシルバ派の軍勢が勝利するようなことになれば、数は元に戻ってしまう。
そうなる前に、エレイアはこのタイミングで一気に仕掛けようとしたのだ。
「よし、ルーカス。我が軍は予定通りここに集結してきているか?」
現在、アルザートの王都から数㎞の地点にある森にて、エレイアは自軍の集結を待っていた。
その隣には、エレイア派の筆頭貴族である、スクワージュ侯爵家現当主、ルーカスの姿もある。
「はい、各小隊の先遣隊による報告では、非常に順調にここまで進軍してきているようです。何か問題のあった分隊は、無いと思われます」
「そうか。我々の動きは、兄上たち補足されてないだろうな?」
「はい。絶対とは言えませんが、おそらく大丈夫かと」
「ならいい」
エレイアは、ルーカスの報告に頷く。
淡々とした声ではあるが、若干頬が緩んでいるようにも見える。
自分の思い通りに事が進んでいることに、かなり満足しているようだ。
「しかし、よくあんな作戦思いつきましたよねぇ……。3000の兵を、100人の小隊に分割して、王都まで進軍するなんて……」
そう、エレイアは、このタイミングを逃してはならじと、全軍を王都に進めた。
しかし、ただ普通に進軍するのではなく、軍を細かく――30分割もしたのだ。
確かに、人数を減らせば減らすほど、敵に見つかりにくくはなるというメリットがある。
だが、見つかりにくくなるといっても、100パーセントでは無い。
悪い方を引いてしまえば、それこそこの戦いの敗北を決定づける事態になりかねない。
兵を分散させるというのは、それほどにリスキーな行為なのだ。
もしも、100の小隊が、1000くらいの敵軍に見つかれば、なす
しかも、100の小隊を倒すのにかかる時間は、限りなく短い。
そのため、他の小隊にまで被害が及び、1000に近づくほどの兵を失う可能性もあった行為なのだ。
しかし……。
「確かに100パーセントは、戦争においてあり得ない。だが、それでも俺は、100パーセントに限りなく近いほど、兵をこれだけ分けても、被害を受けないと考えたんだ。俺は賭けに近いような行動を取ったりはしない」
「いや、エレイア様が愚策を取らないということは分かっているのですが、それでもエレイア様はたまに突飛な策を使うから、どうしても不安になってしまうのですよ」
ルーカスの言葉に、エレイアは呆れたように嘆息すると……。
「やれやれ、お前の心配性はいつまでたっても治らないな……。俺の心配など不要なのだから、お前もちょっとはこの戦いの後のことにでも、思いを馳せてみたらどうだ?」
「いや、まだ勝利してもいないというのに、後のことなど……」
「ほら、我が国の国境の近くにある、宝石で有名なエイザーグの都市があっただろ? あそこで略奪したら楽しいぞ? それに、女も奪えるかもしれない。ほら、エイザーグは父上の置き土産と、帝国からの侵略で、手一杯になるだろ? 市民を避難させる余裕なんてない」
浮かない表情をするルーカスに、楽しそうに下世話なことを吹き込むエレイア。
さらに小声で、「あそこの都市を治める、ヴェルク伯爵。彼の妻は美しいらしい」などと付け加える。
基本的に真面目な性格をしている彼だが、こういうところは少し不真面目なようだ。
「女なんて要りませんよ……。そんなことをすれば妻にどれほど怒られるか……」
暗い表情でルーカスは呟く。
どうやら、この気の弱さのせいで、尻に敷かれてしまっているようだ。
「はははっ。ま、そういうことでも、宝石の方は嬉しいんじゃないか? お前の領地は、財政難ってほどではないが、裕福ってわけでもないだろう」
「それは……確かに……」
略奪で得る金など、領地経営という観点から見ると、大したことはないが、それでも豊かな都市ならば、小遣い稼ぎ程度にはなる。
暗い表情をしていたルーカスも、エレイアの言葉に少しは気持ちが上向いたようだ。
そんな話をして、エレイアたちが暇をつぶすこと1時間。
各小隊が、エレイアの元に集結した。
数が減っている、などということはなく、3000の魔術師すべてが、この地に集まったのである。
それを、満足そうに見回すと……。
「よし、それじゃあ行こうか! 我が国をシルバのような平凡な人間に任せることなど出来ない! アルザートを輝かしい未来に導けるのはこの俺だ! さぁ、この俺に続け!」
そう言って、動き出すエレイア。
「「「応ッ!!!」」」
その言葉に、轟音のような声で、エレイア派の軍勢は答える。
数の上で劣勢だったエレイア派が、エレイアの策によって、一気に優勢へと逆転したことが、この異常なまでの士気になっているのだろう。
かくして、シルバ派の人間が知らぬうちに、エレイア派の凶刃が、すぐそこまで迫るのだった。
決戦の時は、近い。
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