第59話.平穏と不穏

 ――翌日。


 リガルは、久々に穏やかな朝を迎えた。


 というのも、昨日までは戦争中ということで、精神的にも環境的にも落ち着くことが出来なかったからだ。


 特に、初陣ということも相まって、精神的な疲労は予想以上だろう。


 しかし、今日は違う。


 今回の目標である、ライトゥームの制圧に昨日成功したのだ。


 昨日と比べると、随分と気が楽だった。


「いやぁ、これでしばらく休めるなぁ!」


「まぁ、もしかしたらアドレイア陛下やエルディアード陛下に、もう少し侵略してくるように言われるかもしれませんけどね」


 まるで、久々にまともな休みを得た、ブラック企業勤めのサラリーマンのような、晴れ晴れとした表情を浮かべるリガル。


 それに対して、冷静なレオが水を差すような突っ込みを入れる。


「おい、そういうこと言うなよ。せっかく人が久々の休みに喜んでるんだから。それに、もう少し侵略を続けることになったとしても、数日くらいは休めるだろ?」


「まぁ、それはそうですね」


 確かに、これでもうしばらくは休み、というわけには行かないかもしれないが、それでも数日の休みを得ることが出来るのは確実だ。


「ほら、お前もそう堅くなってないで、もう少し気楽にダラダラしようぜ」


 そう言って、リガルは部屋のソファに寝転がる。


 いくら気の許せる家臣の前だからと言って、王族が取るには相応しくないような、だらしのない格好だ。


 それを見て、レオは「相変わらずだなぁ」とばかりに、苦笑いを浮かべるが、自身も少しだけ態勢を楽にする。


 そして、机に置いてある、事前に用意させていた紅茶を手に取って、一口含む。


 世界最古のスナイパーとして、ロドグリス王国の中でもまあまあ高い地位を築いているレオは、身に纏う服も、非常に質が良い。


 そのため、このシーンだけを見ていると、レオが英国貴族であるようにすら思える。


 また、ライトゥームが非常に栄えている都市であるため、部屋から見える景色も壮観だ。


 昨日まで敵国の領土だった場所にいるとは思えないほどに、非常に優雅な一時ひとときである。


 しかし直後。


 束の間の平穏を享受していたリガル達の下に、それをあっさりとぶち壊す悪夢がやってくる。


 扉の方から、バタリという不快な音が、リガル達の耳に届く。


 そして……。


「きゅ、急報です!」


 大きな叫び声を上げながら、臣従礼のような態勢を部屋の入り口で取る魔術師。


 ノックもせず、騒がしく部屋に入ってきたことに、普段から滅多に怒らないリガルも、これには不快感をあらわにする。


「何だよ。ノックもせずに。人がせっかく休日を満喫してたってのに……」


「す、すみません……。しかし、本当に大変なんです! なんと、ヘルト王国軍10000が、我が国の国境を破り、侵入してきたようです!」


「「は……?」」


 魔術師の言葉に、リガルとレオは疑問の言葉を同時に発して固まる。


「い、いやいやいや、あり得ないだろ! ヘルトとは同盟を結んだじゃないか!」


 そう、ロドグリス王国は、アルザートを侵略している途中に、背後から自国を侵されないように、大金を払ってヘルト王国と同盟を結んだ。


 攻めてくるなど、ありえない。


「そ、それは私にも分かりません。しかし、この情報は確かです」


「……っ」


 リガルの中を、焦りの感情が駆け巡る。


(ど、どうする⁉ アルディアードには悪いが、もう本国に帰った方がいいんじゃないか⁉ いや、いっそのことアルディアードにも着いてきてもらうか? ロドグリスとエイザーグは、互いの国が侵略されたときは、助け合う決まりになっているし、おかしなことではないはずだ。まぁ何にせよ、のんびりとはしていられないな……)


 慌てて、これからのことを考えるリガル。


 最早、先ほどまでの穏やかな空気など微塵もない。


 しかし、いつの間にか冷静さを取り戻したレオが……。


「いや、そんなに慌てることも無いんじゃないですかね?」


 あまり緊張感のない声で、リガルに言う。


「は? 本国の危機だってのに、何言ってんだよ?」


「いえ、考えてもみてください。敵の兵数は10000ですよ。大軍ではありますが、それくらいなら我が国でも、頑張れば集めることが出来ます」


 あまりに呑気なレオに、少し語気を強めて返答するリガル。


 しかし、それでもレオは動じることなく、冷静に事実を述べる。


「それは……確かに……」


 これには、リガルも納得の声を上げる。


 ロドグリスは、周辺国と比較すると、あまり強い国とは言えない。


 しかし、それでも全国に散らばる魔術師たちを集めれば、10000くらいには届くはずである。


 防衛に兵力を割きつつ、侵略して来ているヘルト王国。


 しかも、ヘルトの敵は多く、かつ強大だ。


 だがそれに対して、ロドグリスはどうか。


 確かに、ヘルト同様に、侵略はしているが、そこに割いた兵力は1500。


 残りの全軍を対ヘルトの防衛に使うことが出来る。


 国力に差はあれど、この防衛戦は、互角なはずだ。


 言われてみると、そこまで騒ぐ必要は無かったかもしれない。


 内容のインパクトが大きすぎて、必要以上に過敏な反応を見せてしまった。


 リガルは、徐々に胸の動悸が収まっていくのを感じる。


「それに、殿下の新戦術もあります。同盟を破って我が国に侵略してきた猿共など、アドレイア陛下が華麗に倒してくれますよ!」


 さらに、レオが言う。


 これも最もな話だ。


 リガルの新戦術が強力であることは、もう完全に証明されたと言って良いだろう。


 兵力が同数ならば、間違いなく勝利できるはずだ。


 それにしても、ヘルト王国の事を、「猿共」呼ばわりは中々に酷い。


 もしかしたらレオも、冷静に見えて、同盟を破ったことに憤っているのかもしれない。


「だな! とりあえず、慌てずに行くか。普通に父上に指示だけ仰いで、後は予定通り少し休むとしよう」


「ですね。我が軍の魔術師たちも、だいぶ疲労が溜まっているようですし」


「あぁ」


 そして、リガルは連絡してくれた魔術師を、とりあえず部屋から帰す。


 室内に再び静寂が訪れ、再びだらしなく寝転がろうとするリガル。


 だが、その時だった。


 ――バタン!


 再び扉が乱雑に開け放たれ、人影が室内に侵入してくる。


 どうやら、またロドグリス王国の魔術師の様だ。


「おい! 今度は何だよ! まさか、またどっかの国が攻めてきたとかじゃないだろうな!?」


 本日2度目のこの光景に、再び苛立ちながら、入ってきた魔術師に怒鳴りつける。


「え……!? あ、その……まぁ、はい……。じ、実はアスティリア帝国軍10000が国境を破り、エイザーグに侵攻しているとの報告が……」


「はぁ!?」


 リガルのヒステリックな反応に、何といえばいいのかと困った様子の魔術師は、段々と言葉が尻すぼみになりながら、急報を告げる。


 リガルとしては、冗談で「どっかの国が攻めてきたとかじゃないだろうな!?」などと言ったので、まさかそれが当たるとは思わなかった。


 そして、当たらないで欲しかった。


 さらにリガルの苛立ちは加速する。


 しかし、すぐに思い直したのか、少し冷静になり……。


「いや、落ち着け。こっちも10000ってことは、エイザーグ軍だけで十分対応できるじゃないか。10000くらいの魔術師なら、エイザーグもギリギリ集められる」


 新戦術が無い分、互角の兵力で戦ったら、勝敗にだいぶ不安が残るとはいえ。


 だが、例え負けたとしても、大敗でもない限り、ロドグリスがヘルトを倒した後に、救援に向かえる。


 ロドグリス、エイザーグの両国ともに、大した被害は受けないはずだ。


「と、とはいえ流石に不安になりますね……」


「あぁ。流石に本国に帰還するか……? 俺たちは大丈夫でも、アルディア―ドたちは、少しでも兵力が多い方が良いだろう」


「えぇ、そこら辺は、一度アルディア―ド殿下とも話し合うべきでしょうが」


「いや、流石にそれくらい分かってるわ。共同作戦なのに、俺の独断で決めたりしねぇよ」


 思わぬ事態になってしまったが、リガルの頭の中では、それほど大変な状況にはならないという読みが、結論付けられたので、2人ともだいぶ冷静になった。


 とはいえ、こうなったらもう、ダラダラと休息を満喫することなどは出来なさそうだ。


 早速、自分のやるべきことを頭の中で決めて、動き出そうとするリガル。


 しかし、悪夢は終わらなかった。


 廊下の方から、ドタドタと騒がしい音が聞こえてきて……。


「きゅ、急報です! エイザーグにて、謎の内乱が発生! さらに、アルザートの内乱にて、エレイア・アルザート第三王子が、シルバ・アルザート第二王子に大勝利を収めました! そしてそのまま、ここライトゥームに、軍を進めてきています!」


「はぁぁぁぁぁ!?」


 これにはリガルも発狂して、脳の活動が停止した。

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