第55話.予想外

 ――それから3日後。


 作戦会議を行った翌日の朝、俺たちエイザーグ・ロドグリス連合軍は、王都を無事に出立しゅったつした。


 そして現在、リュウェールを経由して、リガルたちはエイザーグ軍と別れてエベーネの森を左から迂回している。


 エイザーグの将軍の読みでは、こちらが敵がいるであろう、危険なルートらしい。


 それを、リガルは自ら買って出た。


 本来なら、出来る限り危険な事はせずに、楽な方を選択しようとするリガルだが、今回に限っては特別。


 試したいことがあるのだ。


 それが、リガルの考えた3人組スリーマンセルを用いた新戦術だ。


 この新戦術は、すでにアドレイアが何度も訓練において、試しているが、実戦で使用したことは無い。


 いや、正確には小競り合い程度の、小さな戦闘でしか使用したことがない。


 そのため、リガルはちょうどいい規模の、この戦闘で試してみたいと思ったのだ。


(昨日の作戦会議では、ここでの戦闘の目的は、あくまで足止めってことだったが……。ふふ……別に倒してしまっても構わないのだろう?)


 この新戦術は、プロの魔術師相手に、魔術学園の初等部学生軍団で、勝利したという実績もあるので、非常に自信がある。


 こんな死亡フラグを、心の中でふざけて呟く程度には、余裕だ。


 さらに、今日のリガルは、いつになく好戦的だ。


 アルディア―ドの戦闘狂がうつったのかもしれない。


「なぁ、レオ。敵が陣を張っていると予測される丘までは、あとどれくらいかかる?」


 少し気が逸ってしまったのか、若干ソワソワした様子で、隣にいるレオに問う。


 もちろん、今回の戦争でも、リガルの直属の部下であるレオは一緒だ。


 ちなみに、レオは現在スナイパー部隊の隊長も務めている。


 スナイパー部隊とは、5年前の模擬戦の後に、アドレイアが新設することを決定した、部隊である。


 その隊長に、この世界において、最古にして最強のスナイパーであるレオが指名されるのは、至極当然だろう。


 さらに、このスナイパー部隊は、リガルが発案したという事で、その処遇はリガルに一任されている。


 長い間、リガルが直々に育て上げてきたため、中々ハイレベルになったと、リガルは自負している。


 実戦でも、間違いなく全員が役に立ってくれるだろう。


「えー、うーん、もうそろそろじゃないですか? ほんとにあと数時間って感じだと思いますよ。……多分」


 リガルの問いに対して、「そろそろ接敵する」などということを、緊張感のない声音で答える。


 数の上では、互角か若干厳しいくらいになるはず。


 だというのに、これほど余裕なのは、リガルの新戦術の威力をよく知っているからだ。


 驕りではなく、単なる事実。


 ――負けるわけがない。


 リガルとレオは、今回の戦いを、そう認識していた。


「お前、新戦術を初めて実戦で使うってのに、やる気ねぇなぁ……。確かに、お前にとってはどうでもいいかもしれないけど、主人の伝説の幕開けみたいな戦いに、なるかもしれないんだぞ? ちょっとは楽しみにしろよ……」


 せっかく、リガルはワクワクしていたというのに、レオの薄い反応に、軽く興がを削がれる。


「いや……別にやる気ないわけじゃないですよ。けど、今回の相手の指揮官は、恐らく大したことなさそうだし……。スナイパーの活躍の場が、あんまりないじゃないですか」


 確かに、今回の内乱のせいで、貴族たちは全員、自らの派閥の王子の下に参じてしまっている。


 となると、身分の高い人間を倒すという、スナイパーにとっての一番の戦功を、上げることが出来ない。


「あー、それは確かに。けど、普通の魔術師を倒すことも、大事な役目だぞ? 2000人もいないんだ。お前たちスナイパー部隊が50人くらい倒してくれるだけでも、随分助かる」


「まぁ、それはそうなんですけどね……」


 やる気が出ないレオを宥めるも、反応はあまり芳しくなかった。


(やれやれ……。ま、こいつはいざとなったらスイッチが入るし、放っておいても大丈夫か)


 結局、レオのやる気を高めることは出来ず、リガルは諦めるのだった。






 ーーーーーーーーーー






「あ、あれ……敵軍は?」


 ――しかし、数時間後。


 レオの言葉通り、あれから間もなく敵軍が待つであろうと予測される丘に、やって来たのだが……。


「敵など、見る影もありませんね……。これは予想外だ……」


 そこに敵軍が待っていることは無かった。


 やる気満々でやってきたリガルとしては、少々肩透かしである。


「となると、敵軍は都市に籠城するってことか?」


「まぁ、そうでしょうね。けど、油断させておいて実はここら辺に兵を隠している可能性もありますよ」


「あぁー、なるほど。ま、油断だけはしないでおくか」


 レオの言葉に、再びリガルは気を引き締める。


 奇襲などしてこないとは思うが、万が一という事はある。


 油断は良くない。


 かくして、進軍は再開される。


 しかし結局、その心配は杞憂に終わった。


 行軍中に接敵することは無く、この日の夕方ごろ、リガルたちは目的の都市である、ライトゥームの周辺にある都市の1つに辿り着いた。


 だがそこには……。


「え……? なんでいるの?」


 魔術師の軍勢を率いて、都市の1つを攻めようとするエイザーグ軍――そしてアルディア―ドの姿が。


 どうやら、リガル達よりも少し早くここに辿り着いたようだ。


「いや、それはだなぁ……」


 リガルが困りながら、敵がいなかったことを伝えようとすると……。


「ま、まさかお前! こんな短時間で敵を倒したのか!?」


 人の言葉を遮り、勝手に変な推測をするアルディア―ド。


「んな訳ないだろ。とりあえず落ち着け」


 そう言って、アルディア―ドに敵がいなかった旨をリガルは伝えた。


「それはつまり、敵がよっぽどのバカか、兵を集めるのに手間取ったかってことか?」


「まぁ、そうなんじゃね? てかそんなことよりもさ、当初の作戦は変更せざるを得ないけど、どうする?」


 今は終わったことよりも、次の事である。


 そう思ったリガルは、アルディア―ドに今後の作戦について問う。


「うーん、まぁ普通にまた二手ふたてに分かれてライトゥームの周辺都市を一つ一つ制圧してけばいいだろ。で、終わったらライトゥームにて集合。両軍揃ったところで攻撃開始」


「だな。じゃあ、俺たちロドグリス軍はまた左ルートで行こう」


「じゃ、俺は右ルートで。あ、ここの都市はお前たちが落としてくれていいよ」


「了解」


 こうして、多少のイレギュラーはあったものの、特に動揺することも無く作戦を決定し、エイザーグ軍はこの場を去った。


 残されたリガル達ロドグリス軍は……。


「んじゃあ、ということなので、サクッとこの都市を制圧して、久々の都市内でゆっくりと休息を取るとしようか!」


「「「応ッ!!!」」」


 ロドグリス軍の士気は十分。


 リガルの言葉の力強く呼応する。


 かくして、今回のアルザート侵略作戦の、最初の戦闘である、攻城戦が始まった。

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