第54話.作戦会議

 ――その夜。


 今作戦の、エイザーグ側の総大将であるアルディア―ドによって、リガルと今作戦に参加する将軍や隊長たちは、エイザーグ城の会議室に集められた。


 どうやら、アルディアードの父であるエルディアードから、「今回の総大将は、お前なのだから、お前が将軍たちを集めて作戦会議を開くんだぞ」と言われたらしい。


 その呼びかけによって、夕食後にはリガルを含む全員が無事集合した。


 それを確認したところで、アルディアードは立ち上がり……。


「よ、よし。全員集合したな? そ、それでは、えーっと何だっけ……。あ、アルザート侵略の作戦会議を始める!」


 初めての経験で、緊張しているのか、普段のアルディアードらしからぬ、たどたどしい言葉で宣言する。


 その姿が面白すぎて、リガルはこのような緊張感のある場だというのに、笑い出してしまいそうになった。


 アルディアードも、リガルの様子を理解したのか、それを横目で睨みつける。


 とはいえ、それ以上のことは出来ない。


 話を進めていく。


「実は、すでに今回のロドグリス側の総大将であるリガルとは、すでにある程度話し合って決めてあるので、まずはそれについて説明する」


 そう言って、アルディアードは、夕食前のリガルとの話を簡単に説明していく。


 ――今回の侵略での目標は、近くに銀山がある都市、ライトゥーム及びその周辺都市を奪い取ること。


 ――そして、エイザーグとロドグリスは、ライトゥームの周辺都市を先に別々に侵略すること。


 そして、最後にライトゥームにて、合流すること。


 それ以降のことは、ライトゥームを侵略し終えた後に決めること。


 などなど。


 ライトゥームを侵略するのは、エイザーグ王が決めた条件であるため、今の話を聞く将軍や隊長に、否定する権限はない。

 


 周辺都市を、別々に攻めるというのも、おかしなことではないので、否定しない。


 アルディアードの話を聞く将軍や隊長は、ただ静かに頷く。


 ここまでは、確認のようなものだ。


 では、ここでは何を決めるか。


「と、以上のことは異論がないようなので、話を進めさせてもらう。今回、諸君らを集めたのは、進軍ルートについて議論するためである。進軍ルートに関しては、俺もリガルも、知識不足なところがある。そこで、経験豊富な諸君らに意見を聞こうと思ったわけだ」


 アルディアードも、先ほどまでは緊張していてガチガチだったが、少し話すにつれて、緊張がほぐれたのか、今は堂に入った王族らしい振る舞いをしている。


 先ほどまでは、頑張っている子供を見るような目をしていた将軍や隊長たちも、今はアルディアードが一国の王であると思っているかのように、真剣にリガルの話に耳を傾けていた。


 そして話が終わると、頭を悩ませて、隣の席に座る隊長たちと議論をぶつけ合い始めた。


 その間に、アルディアードは地図を広げる。


 その後も、熱い論争は続き、非常に騒がしくなってきたところで……。


「アルディアード殿下! 一つよろしいでしょうか!」


 だいぶ熱気を帯び始めた議論の中で、大きく声を上げたのは、ロドグリス王国の将軍、ハイネス・ルイン。


 5年前のアルザートとの戦争にも参加していた将軍である。


 これにより、場が静寂に包まれた。


 それを確認すると、ハイネスは話し始めた。


「まず、この王都からリュウェールに向かうことまでは、誰もが同意するところだと思います。しっかりと街道が敷かれていて、魔物に襲われる可能性も低く、移動も早い」


 これには、皆頷く。


 ここまでは、リガルとアルディアードも考えていたことだ。


「しかし、問題はアルザート王国の領土に足を踏み入れてから。ここからは、魔獣のことだけでなく、敵のことも考えなくてはならない」


 そう、自国やその同盟国では、速さと魔獣のことさえ考えていれば、それでいい。


 しかし、ここからは人間も脅威となってくる。


 敵も、国境にまで兵を動かしたら、流石に侵略しようとしていることに気が付き、対応しようとするだろう。


 いくら内乱をしているからといって、こちらに全く対応してこないということはあり得ない。


 まぁ、それでも平時よりは、敵の対応も鈍く、大したことはないだろうが。


 とまぁ、この点が少し難しいからこそ、リガル達は経験のある将軍たちに意見を仰いだのだ。


「では、リュウェールについてから、どこを通るか。ライトゥーム、リュウェールから半日ほど南東に進んだところにあります。しかし、この短い距離の間には魔獣が多く生息する、エベーネの森がある。この人数ならば、問題なく進めるでしょうが、いくらか被害は出るはずです」


「なるほど。つまり無駄な被害を避けるため、エベーネの森は迂回すべきということか」


 リガルがハイネスの言葉を聞いて呟く。


「はい。幸いエベーネの森は、面積が広いわけではありません。迂回しても、せいぜい3、4時間程度伸びるだけでしょう」


 リガルは、アルザートの地理には詳しくない。


 もちろん、アルディアードも。


 そのため、このアドバイスは助かった。


 しかし……。


「迂回する、という案は賛成だ。だが、具体的にどういうルートを通るんだ?」


 求めているのは、具体的なルート。


 大体こんな感じ……では困るのだ。


 もう、出陣は明日の朝なのだから。


 だが、そう言ったリガルに対して……。


「いや、別にそこまでは考えなくてもいいのではないですか?」


 口を出したのは、エイザーグの将軍だった。


「……どういうことだ?」


「はい。まず、エベーネの森の周辺には、街道がありません。ですから、そもそも具体的に道を決めるということができません」


「いや……それはそうだが……。とは言っても、ここら辺は通らない方がいい、くらいはあるだろう」


「いえ、それも必要ありません。そもそも、アルザート軍が、こちらの動きに全力で対応してきているわけではありませんからね。向こうも、どこを通るか分からないこちらの軍を、必死に妨害してこようとはしないでしょう」


「じゃあ、今まで通り、普通に魔獣の警戒や、行軍の速さだけを考えればいいということか?」


 リガルの行軍ルートに関する心配が、杞憂に終わったことにより、少し納得いかないような声音で、エイザーグの将軍に尋ねる。


「まぁ、そういうことですね。確かに、打って出てくる可能性はあるでしょうが、奇襲のような奇策は使ってこないでしょうね。奇襲ってのは、確かにハマると強いですが、優秀な指揮官相手には中々通用しません」


「へぇ。そんなもんなのか」


 冷静に考えるとあり得ない事なのだが、リガルの頭の中では、何となく奇襲というのは使うだけで強力なイメージがあった。


 しかし、実際はそんな都合のいい戦術ではないようなものだ。


 どちらかというと、ギャンブル性が高いようである。


 だが……。


「打って出てくるってのは、どういうことだよ。こっちの兵力は3000。特別多いって訳ではないが、そこそこの大軍だ。内乱中にアルザートに対応できる兵力じゃない。だったら、普通は籠城するんじゃないのか?」


 リガルにはまだ腑に落ちない点がある。


 しかし、エイザーグの将軍は、それをあっさり首を振って否定した。


「それは恐らく、相手がよっぽどのバカじゃないとしてきませんね。もしくは、都市同士の連携がガバガバすぎるか」


「……何故だ? 相手は寡兵。ならば、援軍を待って、守りに徹するべきだろ」


 少し、苛立ちを孕みながら、リガルは反論する。


 それもそのはず。


 このエイザーグの将軍は、リガルの言葉を、「相手がよっぽどのバカじゃないとしない」と否定したのだ。


 それは間接的に、リガルの事を言っているようにも取れる。


 本人にリガルの事をバカにする意図は無いのだろうが、少し言葉を発する時に、考えが足りていないようだ。


 まぁ、幸いリガルもアルディア―ドも、滅多なことでは怒らないからいいが。


「都市に籠ったって、大した守りにはなりませんよ。城壁が壊されていないうちは、城壁の上から中距離魔術を撃つことで、圧倒的な有利を保つことが出来るでしょうが、そんなのは一瞬です。結局数が多い方が勝ちます」


「……まぁ、それもそうか」


 そういえば、この世界の攻城戦は、攻め側が圧倒的に不利ということは無いんだったな……と、今更ながら常識を思い出す。


 そういうことならば確かに、打って出て、少しでも有利なポジションを取った方が良いだろう。


「そして、恐らく相手が陣を構える場所は、この丘。ここら辺は、山がありませんからね。有利な位置と言ったら、ここくらいしか考えられないでしょう」


 エイザーグの将軍が、テーブルに広げられている地図を指さしながら言う。


 どうやらその認識は、将軍や隊長の間では共通認識の様で、全員がうんうんと頷いている。


 しかし、ここでアルディア―ドが声を上げる。


「ん? ちょっと待て。敵が都市から出てくるというのなら、やはり進軍ルートはもう少し工夫するべきなのではないか? 敵が有利な位置に陣取っていると分かって、突っ込むのはおかしいだろう」


「いえ、問題ありませんよ。兵を2つに分けるという、アルディア―ド殿下とリガル殿下の考え。これを、リュウェールの時点で使うのです。一方の軍はエベーネの森を左から迂回して。もう一方の軍は、エベーネの森を右から迂回して……といった具合にね」


「いやいや、それは流石にないだろ! それじゃあ、兵をわざわざ半分に減らして、敵軍と戦闘を行うことになるじゃないか」


 そう、兵を分けるのは、基本的に愚策。


 それを、敵と交戦すると分かっている時にやろうとしているのだから、さらに意味不明だ。


 だが……。


「いえ、敵とまともに戦闘をするつもりはありませんよ。敵と交戦した方の軍は、生き残ることだけを意識して、時間稼ぎをします。そして、残ったもう片方の軍が、手薄になった都市を全て落とすのです、こうすることによって、最早敵と戦うことなく、目的を達成できます」


「……な、なるほど」


 今回の目的は、敵を倒すことではなく、あくまでライトゥームという都市を奪い取ること。


 そこを履き違えてはいけない。


「戦わずして、勝つという事か……」


「はい」


 納得したリガルとアルディア―ドの様子を見て、エイザーグの将軍はニヤリと笑いながら答える。


 その仕草も、少し腹立たしいが……。


「よし、その作戦を採用しようじゃないか」


 かくして、作戦会議は無事終了した。


 後は、作戦通りに行くことを祈るのみである。

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