第46話.模擬戦
――アルザートとエイザーグの戦争の終結から数日。
リガル達ロドグリス軍は、自国の王都に帰還した。
帰還してからは、わざわざロドグリス王国内で祝勝会もやったりすることもなく、また落ち着いた日常が戻ってきた。
しかし、リガルにはやることがあった。
それは、スナイパーの有用性の証明と、新戦術をアドレイアに提案すること。
そのために、帰還してからすぐに行動を開始した。
ロドグリスの王都に帰還した翌日に、すべての準備を済ませ、さらにその翌日――。
「ついにこの時が来たか……」
「って、言うほど時間は空いてませんがね……」
まるで、1年の時を経ているかのような雰囲気で呟くリガル。
それに対して、リガルの隣にいたレオがジト目で突っ込む。
「良いんだよ。雰囲気を大事にしろ雰囲気を!」
「はぁ……。そうですか……」
ロドグリス王、アドレイアの執務室の扉の前にて、ふざけたやり取りを繰り広げているリガル。
精神年齢的にはほぼ同い年のレオとリガルだが、これだけ見ると、完全に年相応だ。
「てか、こんな話をしている場合じゃないんだ。さっさと入ろう」
「こんな話をしている場合じゃないって……。始めたのは殿下ですよ……?」
「細かいことは気にするな」
そう言いながら、扉をたたく。
「父上、リガルです」
「入れ」
「失礼します」
そう言って、ゆっくりと扉を開いていく。
「どうした?」
今まではリガルがアドレイアの執務室に来るのは、すべてアドレイアに呼び出されたためだった。
しかし、今回は違う。
リガルが、スナイパーの有用性の証明と、新戦術をアドレイアに提案するために、自分から訪ねている。
そのため、アドレイアも若干驚いているようだ。
「はい。本日は、お忙しいところ恐縮なのですが、一つお願を聞いていただきたくて……」
「お願い?」
「はい。アルザートの別動隊との戦闘後に約束した、300mの距離がある敵に魔術を命中させることの出来る魔術師がいることの証明。これを見ていただきたいのです。もちろん今すぐにとは言いませんが……」
さらに、ついでに新戦術も考えたので、それもオマケで……、とリガルは小さな声で付け足した。
それを聞いたアドレイアは……。
「あぁ……そういえばそんな話をした気もするな。え……本当に冗談ではないのか?」
「心外ですね……。あの場で冗談など言いませんよ」
やはり、完全に信用されていなかったようだ。
まぁ、300mの狙撃など、この世界の人間からすれば、あまりに現実的ではないので、ノータイムで疑うのも当然と言えるが……。
「ふむ。まぁ、そこまで言うのならば、見てやろう。たまには息子の望みを聞くのも、父親の務めだ。別にこの仕事も急を要する訳ではない。お前さえ良ければ今から見てやるとも」
しかし、リガルが本気で言っていることが、ほんの少しだけ伝わったのか、アドレイアは今すぐにリガルの望みを聞き入れてくれるようだ。
先ほどまで行っていた書類仕事を放り出して立ち上がる。
「……! ありがとうございます! しかし、1時間以上はお時間を頂くことになると思いますが、本当に大丈夫ですか?」
「そ、そんなにかかるのか!? ……いや、まあいいとも。それくらい問題ない」
口では、300mの狙撃を成功させる魔術師がいることの証明をするだけと言っているので、そんなに時間がかからないように思える。
しかし、実はリガルは全く違うアプローチで、その証明を果たそうとしていた。
アドレイアは、1時間以上かかると言われ、驚くが、それでも時間を取ってくれるようだ。
「では、すぐに準備をしますので、城の入り口で待っていて頂けますでしょうか?」
「あぁ、分かった」
そして、リガルは動き出した。
ーーーーーーーーーー
リガルは準備をすぐに終えて、アドレイアと合流すると、王都から歩いて30分ほどのところにある、ツェーンの森にやってきた。
ここ、ツェーンの森は、比較的弱い魔物しか出ないため、野外とはいえかなり安全である。
そして、この場にはリガル、アドレイア、レオのほかに、19人の人間がいた。
彼らは、王国の魔術師と、テラロッドの魔術学園の同級生である。
彼らを呼ぶことが、昨日と先ほどの時間を使った準備だった。
「こんなところまで来て、一体何をやるというのだ?」
訳も分からないまま森に連れてこられたアドレイアは、困惑したようにリガルに尋ねる。
「はい。一応、今回の目的は、こちらのレオが300m離れた的に当てることが出来ることの証明と言いました。しかし、私個人の目的としては、遠距離からの射撃専門の魔術師――
「
「森に来た理由は、もう一つの、私が考案した新戦術も、父上に見ていただきたかったからですよ。2つの目的を同時にこなしてしまおうと思いまして」
「新戦術? まぁいいだろう。で、具体的にこれから何をするんだ?」
「それはズバリ、模擬戦です!」
――模擬戦。
それは、その名の通り、実際の魔術戦争を模した戦闘訓練である。
大人数同士でやる決闘のようなものだ。
「私は、レオと、テラロッド――友人の同級生である、魔術学園の生徒9人。父上は、王国の魔術師10人を。彼らを率いて、父上には私と模擬戦をして頂きたいのです」
ちなみに、いつの間にテラロッドに友達が出来たんだ? と疑問に思うかもしれない。
だが、どうやら氷の魔道具が普及して、その元となる氷の魔術を開発したのがテラロッドだと知れ渡ったことで、一気に周りの態度が変わったようだ。
今では、楽しく学校生活を送れているようで、何よりと言ったところだろう。
「俺と模擬戦だと?」
「はい。それと、一つだけ追加のルールを。通常の模擬戦では、回復を行うことは出来ませんが、この模擬戦では、回復ありのより実践的なルールで行いたいのです。そして、指揮官である父上は戦闘に参加してはいけません。当然私も」
アドレイアの魔術師としての能力は、反則級だ。
いくらリガルが、レオの実力と自分の考案した新戦術に自信を持っているとはいえ、それだけは見過ごせない。
だが、それを加味しても……。
「ふむ……。しかし、私が戦えないとしても、流石に負ける気がせんぞ? 俺とお前とでは戦場での経験値が違うし、率いる魔術師自体の戦闘力も、王国魔術師の方が当然上だ」
確かに、こんな条件では、誰が見てもアドレイアが圧勝すると思うだろう。
どう考えてもアホだ。
しかし……。
「お気遣いなく。断じて父上を侮っている訳ではありませんが、この条件で私は勝てると確信しています故」
「ほう……。そこまで言うのならば、いいだろう。ただし、俺は何事も、誰に対しても、手を抜くようなことはせんぞ?」
これで問題ない、と言い切るリガルに、僅かに不快感を滲ませながら、アドレイアはそれを認めた。
リガルは、アドレイアを侮っていない、と言うが、それでもこれだけのハンデを10歳にも満たない息子に与えられれば、舐められていると感じてしまうの、当然の事だろう。
「では、今から10分後くらいにスタートしましょう。範囲は特に制限しませんが、あまり遠くまで行くのは無しにしましょう」
「いいだろう。では……」
「えぇ、始めましょうか」
こうして、アドレイア対リガル――前代未聞の親子模擬戦が始まった。
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