第45話.新戦術

 ごちゃごちゃと入り乱れる両軍。


 こうなると、陣形もクソも無い。


 個々が好き勝手に暴れるだけだ。


 遠くの方で、アドレイアも自ら戦っている。


 その活躍は、周りの魔術師と比較すると段違いで、まさに、獅子奮迅という言葉がぴったりだ。


 だが、それを眺めるリガルの表情は、相変わらず浮かないものだった。


「なんだろう……。俺が想像していた魔術戦争と違う……」


 遠方にて繰り広げられる、激しい戦闘を目で捉えながら、呆然と呟くリガル。


 確かに、戦争というには、あまり無秩序すぎるかもしれない。


 乱闘と言った方が、相応しく思えるくらいだ。


 しかも、魔術師の死因のおおよそが、変なところから飛んでくる流れ弾である。


 魔術師というのは、国の平和を守るために、戦争に参加したり、治安維持のパトロールをすることが仕事だ。


 しかし、パトロールなど、1週間に1,2回。


 戦争に至っては、1年に1,2回程度だ。


 では、それ以外の日は何をするのか。


 答えは、訓練である。


 訓練をしている時間の方が、働いている時間よりも圧倒的に長い。


 そんな、「1に訓練! 2に訓練!! 3に訓練!!!」な連中が、普通の戦闘で、そうそう敵の攻撃など食らう訳が無い。


 そうなると、危険というのは、必然的に意識外から攻撃――すなわち流れ弾となってしまうのだ。


 結果、魔術が飛び交う、派手な激しい戦闘も、どこか下らなく見えてしまうのだ。


「そうは言ってもな……。これだけの人数が揃うと、どうしたってそうなるだろ」


 ぼやくリガルを、アルディア―ドは宥める。


 だが、期待していただけに、その落胆ぶりは大きく……。


「けど、こんなん工夫もクソもないじゃねぇか……」


 どうしても納得できないようだ。


 不機嫌そうにしながらも、何かいい方法はないのか、と頭を悩ませる。


 その間にも、戦闘はどんどん進む。


 工夫が微塵も無い乱戦になっているが、徐々に連合軍側が優勢になっていく。


 その理由は、シンプルに兵数の差である。


 お互いに工夫が無い乱戦になっているからこそ、兵士の消耗具合は等しく、数の差が顕著に出る。


(それを考えると、こういう消耗戦というのは、案外数の有利を生かした理にかなった戦法と言えるのか?)


 自軍が有利である戦況を見て、一瞬納得しそうになるが……。


(いやいやいや、無い無い無い! やっぱりこんなのスマートじゃない。しかも魔術師は貴重だ。消耗品扱いして良い訳が無い)


 当然の話だが、この世界における兵士――つまり魔術師は、地球における兵士とは、価値が全く異なる。


 地球の兵士というのは、若い男性なら、それ以外に特に条件は無い。


 だから、言い方は非常に悪いが、いくらでも替えは利くのだ。


 最も、それが何万、何十万という単位になれば話は別だが。


 少なくとも、数百、数千程度ならば、大した痛手にはならない。


 だが、それに対して、この世界の魔術師はどうだろうか。


 まず、魔術の才能という、一握りしか持たない才能を持っていなければならない。


 これは、血筋に左右される(確率が低いというだけで、平民からも魔術師が生まれることはある)。


 さらにその上で、何年もの訓練を積んで、ようやく戦場に立つことになるのだ。


 1人を育成するのに、どれだけの時間と金が掛かるか。


 とても替えが利く代物ではない。


 こんな戦い方をずっと続けていれば、優秀な人材が育ちにくいし、そもそも魔術師自体が増えて行かない。


 だが、大人数で戦いながらも、乱戦にならず安定的な戦い方ができる――。


(そんな都合のいい戦術は……)


 ――無い。


 そう思った時だった。


 リガルの頭に一つの策が思い浮かぶ。


「ん? 待てよ? 『軍』という固定観念に囚われてるからいけないんじゃね?」


 ふと天才的(だと自分では思えるよう)な策を思いつき、リガルは呟く。


「なんだよそれ?」


 また意味不明なことを言いだしたな、と半ば呆れ顔でアルディア―ドは尋ねる。


 完全に立場が入れ替わっている。


 だが、リガルはそんなことは意に介さず……。


「いや、何かさ、軍はまとまって動かないといけない、みたいな常識があるじゃん?」


「あ、あぁ……まぁな。軍ってのは、そういうもんだろ」


「うん。けどさ、その常識ってやつを捨てるんだよ」


 ――リガルが考えた戦術。


 それは、軍だからと言って、固まって行動するのをやめるのだ。


 とはいえ、全く連携しないのは、何かと不便なので、代わりに3人組スリーマンセルを組む。


 突撃するときは、2人組で十分かと考えたリガルだったが、1人が負傷した時に、そのカバーが出来るように、攻撃役と防御役だけでなく、支援役もいた方がいいと思ったのだ。


 この3人組を一つの小隊として、バラバラに戦場に展開する。


 3人組同士で連携を取ったりすることは無い。


 どうせ、現状でも連携など出来ておらず、個人の戦いになっているのだ。


 だったら、最初からバラバラでも問題ない。


 さらに、魔術師をばらけさせることによって、最大の死因となっている「流れ弾」の対策にもなる。


「どう思う?」


 自分の考えを、一通りアルディア―ドに話してみるリガル。


 先ほどまでは、呆れ顔でリガルを見ていたアルディア―ドも、リガルの話を聞いているうちに真剣な表情になり……。


「ふむ……。それは……やはり実際に試してみないと何とも言えないとはいえ、聞いているだけだと、凄く良さそうだな……」


 顎に手を当てながら、リガルの考えを分析する。


 アルディア―ドにも、リガルの戦術は好感触の様だ。


「バラバラに動くなんてのは、今まで考えもしなかったな。軍ってのは、集団で行動するものだ。……先入観を捨てる……。なるほどな。流石俺の親友だ。考えることが違うぜ!」


「だろ?」


 アルディア―ドは、素直にリガルの考えを称賛すると、また肩を組んで馴れ馴れしい態度を取る。


 真面目モードのアルディア―ドから、いつものアルディア―ドに逆戻りだ。


 しかし、そんな態度を取られても、今日のリガルは少し楽しそうだ。


 自分でも納得が出来て、かつアルディア―ドにも絶賛されたため、気分がいいのだろう。


「よし、決めたぞ! 俺は帰ったらスナイパーの強さの証明の件と一緒に、俺の考えた新しい戦術も父上に見てもらおう!」


 リガルは、遠くを見つめるような眼をしながら、意気込みを楽しげに話す。


「スナイパーの強さの証明?」


「あぁ。実はアルザートの別動隊の戦闘の時に、俺は敵の指揮官をスナイパーを使って倒したんだが、それを父上が信じてくれなくてな……」


「え、敵の指揮官を討ち取ったのって、アドレイア陛下なんじゃないのか?」


「え? あ……!」


 そう言われて、リガルは自分がやらかしたことに気が付く。


(やっべ……。俺が指揮官を討ち取ったことは、伏せなきゃいけないのに……)


「ん? どうした?」


「い、いや、その……」


 自分でも完璧だと思える戦術を思いつき、リガルは完全に有頂天になっていたため、ぺらぺらと話してはいけない情報をうっかり話してしまった。


 こういうところは、リガルも随分とアホだ。


 最高の気分から急転直下。


 一気に顔が青ざめ、リガルの視界は眩みだす。


 その反応を見たアルディア―ドは……。


「あれ? もしかして今の機密情報だったりしたか?」


「ま、まぁ……。この事は内緒にしておいてくれないか?」


 ビビりながら、伺いを立てるように頼み込むリガル。


 それに対して……。


「ははっ、安心しろって。親友のミスに漬け込むような、器の小さいこと、俺がするかっての」


「あ、ありがとう……」


 本人の言う通り、器が広いのか、アホなだけか。


 多分どっちもだろう。


 アルディア―ドは、リガルから先程得た情報を口外しないことを約束してくれる。


 しかし……。


(アルディア―ドのことだから、約束してもらっても、不安が拭えないんだよなぁ)


 アルディア―ドの事だから、悪意なく他人に話してしまいそうだ。


 まぁだが、こればかりは信じるしかない。


(しかし、これで合点がいったな)


 リガルの中で、一つ引っかかっていたことが解決した。


 リガルが敵指揮官を討ち取ったことに、箝口令が敷かれているのなら、一体敵の指揮官を討ち取ったという設定になっているのは、誰なのか。


 別に、誰かが討ち取ったことにしなくても、敵の指揮官が死因不明で死亡した、という事にもできる。


 だが、せっかくならば、ロドグリス軍の指揮官であるアドレイアが討ち取ったことにした方が、味方の士気も上がるという物だ。


「おっと、そんなことを話している間に、見てみろよ。敵はもう崩壊寸前だ。やっぱり数が物を言ったな。んじゃ、俺は父上の下に行って、最後に一暴ひとあばれだけさせてもらえるように、頼んでくるかね」


 そう言って、アルディア―ドは、リガルの下を飛び出した。


「やれやれ」


 リガルは、戦闘などしたくはないので、それを追うことはしない。


 ただ、苦笑いをしながらアルディア―ドの背中を目で追った。


 かくして、アルザートとエイザーグの戦争は、エイザーグ王国の勝利で、幕を閉じたのだった。

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