第20話.エイザーグ王国からの来訪者

 ――それから、1週間が経過した。


 この日、ロドグリス城は朝から騒然としていた。


 その理由はただ一つ。


 エイザーグ王国の、我が国への訪問である。


 城内で働く使用人や文官なんかはもちろんのこと。


 何か特別影響があるわけでもない、ただ王都に住んでいるだけの国民までもが、この4年に一度の一大イベントに熱狂している。


 いや、正確には、互いの国に交互に訪問するため、この国にエイザーグ王国の王族がやってくるのは8年に一度。


 8年に一度のビッグイベントだ。


 さらに、この時期というのは、魔術学園の学園祭とも被る。


 学園祭単体でも、王都はお祭り騒ぎになるのだが、そこに、エイザーグ王族の訪問が重なったことで、さらに一層の盛り上がりを見せるのだ。


 まぁ、この盛り上がりも結局、有力商人とそれに便乗する商人たちによって、作為的に作り上げられたものである、というのが夢が無いところだが。


 日本における、バレンタインデーにチョコを送る文化のようなもの、と言えば分かりやすいだろうか。


 あれも、製菓業界が、利益を上げるためにバレンタインデーにかこつけて、定着させた習慣である。


 そして、リガルもまた、朝から忙しかった。


 着替えである。


 この訪問の目的は、互いの国の友好関係を、より強固なものにすることだ。


 そのため、堅苦しい雰囲気はむしろ無い方が望ましい。


 とはいえ、限度はある。


 普段、リガルはラフな服を着て過ごしているのだが、そのような格好は流石に許されない。


 正装で望む必要がある。


 そのため、身なりをレイに手伝ってもらい整えていたのだが……。


(なんだこの服、めちゃくちゃ動きにくい……)


「あぁっ! ちょっと動かないでください」


「あ、あぁ、悪い」


 リガルが、座りにくそうに体をよじると、レイから注意が飛ぶ。


 まだ一日は始まったばかりだというのに、すでにリガルはぐったりとしていた。


 だが、だからと言って「もうやめる」なんて訳には行かないので、じっと動かないように耐える。


 そして……。


「はい、できましたよ」


「お、おぉ!」


 待っていましたと言わんばかりに、嬉しそうな声を上げながら、勢いよく立ち上がるリガル。


「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに服はこれで大丈夫ですが、まだ髪の毛を整えないと……!」


「まだあるのか……」


 レイの言葉に、リガルはもう勘弁してくれという心の声を何とか抑えて、がっくりと椅子に再び座るのだった。




 ----------




 ――午前9時。


 ロドグリス王家の正装に身を包んだリガルに、アドレイア、グレン、イリア。


 そして、アドレイアの正妃にして、リガルの母親であるマリア。


 ロドグリス王家の王族が、城門の近くに居並ぶ。


 ちなみに、当然王族は彼ら以外にもいる。


 アドレイアの兄弟、そしてアドレイアの側室との間に生まれた子供。


 挙げればキリがない。


 だが、そこまで含めると、あまりに多すぎる。


 そのため、国王と正妻。


 そして、その間に設けた子供だけが、参加することになっている。


「そろそろ到着するとのことだ」


 アドレイアが、近くの執事に何かを囁かれた後、リガルたち4人に伝える。


 それを受けて、リガルも緊張感が増してくる。


 今までと違い、これから会う人間は、リガルと身分がほぼ同等、もしくはそれ以上の人間だ。


 一応リガルも、自分より身分が高い相手として、アドレイアと話したことは幾度もあるが、それでも身内と他人とでは、失礼を働いてはいけないというプレッシャーが段違いだ。


 しかし、そんなリガルの様子に対して、グレンは随分と呑気だった。


「兄上の結婚することになるっていう、エイザーグの姫様って可愛いのかね? 俺も可愛い子と結婚してぇなぁ。イリアみたいな生意気なガキは、仮に容姿が優れていても、絶対に嫌だけどな!」


「グレンのアホがすぐに露呈して、結婚後は良好な関係を保てないでしょうけどね」


 笑顔を浮かべながら、夢見心地で語るグレンを嘲笑うイリア。


 こんな時でも、この2人は通常運転だ。


 仲がいいのは、とても良いことだが、こんな時までおふざけを続けることは看過できない。


「はいはい、いい加減にしようか。エイザーグの王族の方々がそろそろ到着すると、父上が言っていただろう」


 2人の肩を掴んで、グレンとイリアのいつものやつを止めるリガル。


 リガルも無意識のことだが、その表情はいつもの優し気なものとは異なって、冷たく無表情だった。


 緊張していて余裕がないため、厳しくなってしまったのだろう。


「「……すみません」」


 普段と違うリガルの様子にビビったのか、一度も逆らったりすることなく、黙り込むグレンとイリア問題児たち


 その様子を、遠くからアドレイアが満足そうに見ている。


 これから、リガルには、イリアとグレンの手綱をしっかり握っておいてもらわないとならないから、それが出来ていて、安心しているのだろう。


 そんなことを繰り広げていると、ついにその時はやってきた。


 2匹の馬に引かせた馬車が計3台、横一列に並んで、城門の向こう側からこちらへ向かってくる。


 真ん中の馬車だけ、黄金を基調とした豪華な作りになっているため、王族はあの馬車に乗っているのだろう。


 あとの地味な馬車にいるのは、護衛や執事などだ。


 流石に、王族だけでエイザーグ王国からロドグリス王国に来るのは、無茶が過ぎるだろう。


 馬車はどんどん近づいてきて、城門までやってくると、動きを止めた。


 そして、左右の馬車から、護衛やら執事やらが出てきて、素早く中央の馬車の入り口を開ける。


 その数秒後、ゆっくりと人影が馬車の外に姿を現した。


 一番最初に出てきたのは、長身のイケメン男。


 黄金に輝く短い髪に、澄んだ青い瞳。


 誰もが振り返りそうなほどの、ビジュアルだ。


 見た目からして、彼がエイザーグの若き現国王、エルディアード・エイザーグだろう。


 馬車から降りると、すぐにアドレイアの元に歩み寄り……。


「王家揃っての出迎え、感謝する。ロドグリス王」


「こちらこそ、遠路はるばるお越しいただき、感謝する。エイザーグ王」


 堂に入った態度で、アドレイアと言葉を言葉を交わすと、固く手を握り合う。


 この2人は、幼少期からすでに何度も顔を合わせているため、堅い言葉遣いながら、どこか親しさが感じられる。


「こんなところで自己紹介をするのも大変だ。まずは城内に案内しよう。話はそれからで」


 アドレイアは、そう言って歩き出す。


 どうやら、この場で自己紹介はしないようだ。


 リガルは、アドレイアの後を追う。


 ロドグリス城の、広く美しい庭園を眺めながら、ひたすら歩くリガル。


 しかし、突然誰かに肩を叩かれる。


(グレンか? イリアか? ったく、こんな時に話しかけるなよ)


 心の中でぼやきながら、振り向くと……。


「やぁ。君がリガル王子かな? 初めましてだね。知ってるかもしれないけど、俺はアルディア―ド・エイザーグ。エイザーグの第一王子だ」


 小声で、突然エイザーグの王子に話しかけられる。


 年の頃は、リガルと同じぐらいだろうか。


 父であるエルディアードと同じ、髪と瞳の色。


 顔立ちも父親に似て、非常に整っている、爽やかなイケメンだ。


 身長も、リガルよりも少し大きい。


(……は? えっ? えっ?)


 予想だにしない展開に、戸惑いを隠せないリガル。


 明らかに動揺が顔と挙動に現れてしまっている。


 だが、それも仕方のないことだろう。


 すでに会っているのならばともかく、リガルとエイザーグの王子は、初対面である。


 だというのにに、自己紹介すら済んでいない段階で、相手方の王子が話しかけてきたのだ。


 しかも、王族に対しての言葉とは思えないほどの、口調の軽さ。


 何から突っ込めばいいのか、全く分からない。


 10秒ほど、口をパクパクさせながら、どう対処すればいいのかを頭の中で考える。


 だが……。


(と、とりあえず無言は不味いな……。何か返答しないと……。えーっと……、同じ身分だから、敬語は不要なんだよな)


「えーっと、私はロドグリス王国の第一王子、リガル・ロドグリス。アルディアード王子、我々はまだ自己紹介すらも終えていないのだ。会話は後にするべきではないか?」


 とりあえず、無難に返答をしつつ、会話を終わらせようと試みる。


 小声で会話してる上、護衛や執事を含めると、20人近くの人間がいるため、アドレイアの耳には、リガルとあるディアードの会話は聞こえていないだろう。


 しかし、いつまでも続けていては、いずれ見つかる。


(ったく、なんで俺の周りに現れる人間は、一癖も二癖もある奴ばかりなんだ……。頼むから大人しくしといてくれよ……)


 心の中で、ぼやくリガル。


 しかし、日本にはこんなことわざがあった。


 類は友を呼ぶ、と。


 一度決めたことは、誰に何を言われようとも、どんな障害が立ちふさがろうとも、それが間違っていようとも、絶対に、曲げるということをしないリガルも、十分変わり者だ。


 そんな変わり者の元にやってくる人間が、リガルの願い通り、大人しくしてくれるわけもなく……。


「硬いなぁ。いいじゃないか! 次代の両国を担う第一王子同士、もっと仲良くしようぜ?」


「い、いや、仲良くはしたいと思っているが、まずはしっかりと段取りを踏んでから……」


「あっはは。生真面目だねぇ。ま、そういうのもいいけどさ」


 朗らかに笑いながら、相変わらずの、まるで親友と話しているかのような口調で答えるアルディア―ド。


 どこかバカにされたようで、釈然としないリガルだったが、黙ってくれるなら何でもいいか、と諦める。


 もちろん、アルディア―ドに、悪気は全くない。


 ただ、誰に対しても軽い性格なだけだ。


 しかし、そんな性格の持ち主である、アルディア―ドといえど、相手が嫌がっているのに、話を続けるような人間では……。


「でさ、君の戦闘能力はどんなもんなのよ? 俺も魔術戦闘には結構自信あるんだよな。後で決闘しようよ!」


 ……無く無かった。


 アルディア―ドは、全然黙ってくれない。


(だあぁぁぁぁぁ! なんっなんだよマジで! 王族ならもっと厳格な態度取れよ! エイザーグ王も、もっとちゃんと育てろよ! しかも、なんで決闘するんだよ! レイと言い、こいつと言い、なんでこの世界の人間は、すぐに決闘を吹っ掛けたがるんだ!)


 今すぐ叫びたくなるほどに、我慢の限界が訪れたリガル。


 しかし、流石にこの場では理性が本能を凌駕してくれる。


(いや、落ち着け。どうせあと少しの辛抱だ)


「いや、大した実力ではない。私では、武勇に優れると噂のアルディア―ド殿には、敵わないでしょう」


 適当に謙遜を交えつつ、返答する。


「またまたぁ。そんなこと言って、ホントは俺よりも強いんでしょ? なんて言ったって、あのアドレイア陛下の息子なんだ。強いに決まってるさ!」


(父上の息子は関係ないだろ……)


 確かに、魔力量は遺伝でほとんど決まる。


 それに、サッカー選手の子供は、一般人よりもサッカーが上手くなりやすいし、野球選手の息子は、一般人よりも野球が上手くなりやすい。


 しかしそれは、サッカー選手の子供は、先天的にサッカーの才能を持っている、という訳ではない。


 あくまで、サッカー選手の子供は、幼少期からサッカーに触れる機会が、一般人よりも圧倒的に多い、というだけだ。


 子供のころから、サッカーを見て、実際にプレイしていれば、当然上手くなる。


 つまりは、環境が違う、ということだ。


 それに対して、リガルは王族の生まれ。


 もちろん、魔術師として強くなることが可能な環境だ。


 だが、アドレイア自身には、指導を受けたことは一度もないので、アドレイアが父であることは、リガルの戦闘力に何の影響もない。


(まぁ、子供相手にそんなマジレスしたりはしないけど)


「いやいや、本当に大したことはない」


「謙遜なんてしなくていいって!」


 リガルとアルディア―ドが押し問答を繰り広げていると、城の入り口に到着する。


 城内からは、エイザーグ王国側の護衛の同行が出来ない。


 同行できるのは、執事やメイドだけだ。


 城内に入ると、応接室は入ってすぐのところにある。


(ふぅ……なんとか耐えきったか)


 無事に応接室までたどり着き、安堵するリガル。


 しかし、このふざけたエイザーグの王子と、今日から4日間過ごさなくてはならないということは、まだまだ問題は起こりそうだ。


 そう思うと、まだ10分も経過していないというのに、うんざりした気持ちになってしまうのだった。

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