第19話.学園祭

 あまりに予想だにしなかった、アドレイアの言葉に、リガルはしばらく言葉を発することが出来ず、呆然とする。


 この世界のリガルの年齢は7歳。


 7歳の子供に結婚の話をするなど、頭がおかしいとしか思えないが、これが王族なのだ。


 しかし、リガルは根っからの王族ではない。


 最近は、王族の振舞い方というのが、徐々に身に付き始めたリガルだったが、元々はただの高校生である。


 ただの高校生に、いきなりお見合いの話が飛んできたと考えたら、今のリガルのような態度を取るのではないだろうか?


「そ、それはつまり……婚約……という事でしょうか……?」


 しばしの間、静寂が支配した後に、ようやくリガルが言葉を紡ぐ。


 姫と結婚。


 日本にいたころは、聞いただけで羨ましいと思うだろうが、いざ現実において直面してみると、それはあまりに衝撃的すぎて、思考が停止してしまいそうだ。


「そうだ。お前が正室に向かえる予定の姫――フィリア姫も、当然今回の訪問で来て頂くことになっている。ロクに話したこともない相手と結婚……というのは可哀そうだからな。今回の訪問で時間を作ることだ」


 あまりに、一方的すぎるように思えるが、本来王族というのは、好きでもない、会ったこともほとんどない、どんな人間かも知らない。


 そんな人間と結婚しなければならないのだ。


 それと比べれば、だいぶマシかもしれない。


「そうですか……。分かりました」


 リガルも、アドレイアのその気遣いを、少しは理解しているので、大人しく頷く。


 別に、この年にして、結婚するということを、受け入れたわけではない。


 だが、別にそれが嫌なわけでもない。


 ただ、何の実感も湧いていなくて、自分の感情が理解できないだけだった。


 何より、王族として転生したリガルには、王である父親の命令を聞かないという選択肢はない。


 例えリガルが、嫌がっていたとしても、この婚約を拒むことは不可能だっただろう。


「それと、エイザーグの王子も当然やってくる。次代の両国を担う王子としてだけでなく、ただの友人としても、交流を深めて来なさい」


「は、はい」


 日本にいたころから、知らない人とコミュニケーションを取るのは、あまり得意ではない。


 内心、参ったな、とリガルはため息を吐きたくなった。


「私の方も、色々と忙しくてね。お前たちの世話もしてやりたいが、そうもいかない。難しいとは思うが、子供組の方はお前に任せる。頼むぞ、リガル」


 子供組というのは、リガルを含めた、グレンとイリアの事だ。


 自分の事だけでなく、グレンやイリアも、エイザーグ向こうの王子や王女と仲良くなれるように、世話をしてやれという事だろう。


 特にグレンなどは、リガルが手綱を握っていないと、普通にタメ口で話しかけそうだ。


 早速憂鬱になってきそうなほどの、大変すぎる任務に、心の中で「7歳児に頼むことじゃねぇぞ!?」と突っ込みを入れる。


 だが、断ることもできない。


「お任せください父上」


「あぁ」


「して、エイザーグ王国の王族の方々が訪問される日というのは、いつなのでしょうか?」


「そういえば言っていなかったか。今から1週間後。6月12日からの4日間だ」


「なるほど」


 早速、頭の中で、当日の事を考え出すリガル。


 エイザーグの姫や王子との交流などと言われても、一体何をすればいいのか、見当もつかない。


(王都でも案内するか? しかし、自分一人ならまだしも、他国の王子をそんな危険場所に連れ出していいのか?)


 リガルが頭を悩ませていると……。


「それと、余計なことは気にしなくていい。訪問期間中は、隠密行動部隊に、お前たちを常に見張らせておく。外出くらいは構わないからな」


「え、よろしいのですか?」


「あぁ、1日も2日も変わらないだろう」


「……?」


 すべての魔術師の指揮権は、本来国王であるアドレイアにある。


 その一部を、一時的とはいえ誰にかに貸し与えるのは、中々に珍しい。


 ましてや、その相手が子供であるというのは、もしかしたら前代未聞の事かもしれない。


 とは言っても、その行動によってもたらされる影響自体は大したことは無い。


 そのため、リガルもあまり驚かず、冷静に尋ね返す。


 しかし、その後のアドレイアの言葉は、理解できなかったようだ。


 記憶を探るような素振りを見せながら、虚空に目を泳がせる。


 だが、アドレイアの言葉の意味は、やはり分からない。


「ん? リガル、まさか知らないのか?」


「え、えぇ。一体何の話なのでしょうか」


「学園祭さ」


「学園祭……?」


「そうだ。王立魔術学園の、学園祭が13日と14日には開催される。そして、我らロドグリス王家は、13日に顔を出さなくてはならない」


 ――学園祭。


 それは、この国において行われる、最も大きなイベントだと断言できるほどの規模を誇る、祭りである。


 何故、たかが魔術学園の学園祭が、そこまで盛り上がるのか。


 その答えは、ただの学園祭じゃないからである。


 日本で学園祭と言ったら、クラスで出し物をして、それで盛り上がる、みたいなことを考えるだろう。


 しかし、この世界の学園祭は、そうではない。


 魔術の技術を競い合うのだ。


 王国の未来を背負う者たちが、種目ごとに分かれて、争い合う。


 単純な戦闘能力勝負もあれば、魔術のコントロールを競ったりもする。


 しかも、学園祭が行われている期間は、一般人の校内への立ち入りが認められる。


 そのため、この日は、王国の未来を背負う魔術師たちの姿を一目見ようと、王都に住む市民から、地方の貴族や有力商人と言った富裕層の民が、一堂にかいするのだ。


 まぁ、商人に関しては、学園祭に来ることよりも、そこで商売をすることが主目的になっているが。


 そして、そんな国の未来を左右する重大イベントに、王家が顔を出すのも、当然。


 現国王である、アドレイア自らが、開会の宣言を行うのだ。


「なるほど。しかし、別に私に指揮権を与える必要はないのでは?」


 確かに、1日は外出しなければならない理由があることは分かった。


 だが、それがリガルに指揮権を与える理由にはならない。


「いや、魔術学園祭は、本当に混むのだ。隠密行動部隊は、優秀ではあるが、流石に学園祭期間中の人ごみの中で、お前たちの姿を補足し続けるのは難しい」


「あー、それは……確かにそうですね」


 魔術学園祭で、リガルたちから目を離すな、と言うのは、通勤ラッシュの時間帯の東京駅で、特定の人間を10mほど離れた位置から尾行し続けろ、と言うくらいに無茶だ。


 優秀だから、という問題ではない。


「だから、姿を一時的に見失ったとしても、すぐに見つけ直すことが可能なように、事前に行き先を伝えておいた方がいいだろう。だったら、私が指揮権を持つよりも、リガル、お前が持っていた方が楽だ」


「なるほど。そういうことなら、ありがたくお借りします」


「あぁ。それよりも、他に気になることはあるか? 後から聞きに来られても面倒だからな。何かあるなら、今言ってくれ」


 その問いに対して、リガルは少し悩んだ後……。


「いえ、ありません。それでは、失礼させていただきます」


 そう言って、リガルはアドレイアの執務室を後にした。

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