第3章.エイザーグ王家訪問編

第18話.呼び出し

 それから、1か月が経過した、とある休日。


 朝食を終えたリガルとレイは、優雅にソファに座っていた。


「いやー、にしても快適だねぇ」


「ですね。このくらいの時期になると、蒸し暑くてたまらないのですが、この魔道具さえあれば、夏など怖くないですね」


「あぁ……」


 幸せな表情で、ソファに語る2人。


 今は5月の上旬。


 寒さが完全に抜けて、蒸し暑さが部屋を支配する時期だ。


 日本に住んでいたころなら、クーラーを付けずにはいられない。


 しかし、この世界にクーラーなど存在しない。


 だというのに、リガルの私室に、そのような地獄の熱気が渦巻いていることは無かった。


 その理由が、部屋の壁の高いところに設置されている、氷の魔道具だ。


 そう、リガルが氷の魔道具の作成を考えてから、1か月。


 早くも、氷の魔道具は完成し、市場に出回り始めたのだ。


 すでに、この王都の富裕層の人間で、この氷の魔道具を持っていない人間はいないだろう。


 地方にも、すぐに出回るはずだ。


「しかし、あの日は大変だったよなぁ」


「ですねー。まさか街を歩いている途中で、突然隠密行動部隊に捕まえられてしまいましたからね」


「あー、あれな! 最初は、何者かも分からないから、なんかヤバい組織にでも捕まっちゃったのかと思って、流石に焦ったぜ」


 あの日というのは、リガルとレイがこっそりと城の外に出て、クライス商会や王立魔術研究所に行った日の事である。


 リガルたちは王立魔術研究所を出た後、だいぶ遅い昼食を取ることにした。


 リガルが普段から食べている、王家の料理人が作った食事と比べると、流石に味のレベルは落ちたが、普通に美味びみだった。


 しかし、問題はその後に起きた。


 レストランを出て、ショッピングでも楽しもうかという時に、なんと突然建物の陰から何人かの魔術師が姿を現したのだった。


 リガルもレイも、突然の出来事に、なすすべもなく捕まってしまった。


 最初は何が何だか分からず、ただただ怯えていた。


 だが、連れてこられた場所が王城であったのを確認し、リガルは自分たちが城をこっそり出たことがバレたのだと気が付いた。


「しかも、なんか罪人みたいな感じで父上の前に突き出されたしな」


「若いころは、竜王と呼ばれ、恐れられたアドレイア陛下の氷のような鋭い目。怖かったです……」


「ははは、確かにあれは俺もビビった」


 城に連れていかれると、現国王にして、リガルの父であるアドレイア・ロドグリスの前に、2人は突き出された。


 レイは怒られることは無かったが、リガルだけ、小一時間ほど説教された。


 特に、いじめられている魔術学園の生徒もとい、テラロッドを平然と見捨てようとしたことについては、こっぴどく叱られた。


 クライス商会から出てきた時に、大金を持っていたことについては、リガルがしっかり弁解して、納得してもらえた。


 最も、今回は王家に損失が無く、むしろ利益を得ることに成功したからいいものの、一歩間違えれば大変なことになっていたのも事実なので、厳重に注意はされたが。


 さらに、今後は自由に外出をしてもいいことになった。


 もちろん、の護衛も無しだ。


「ま、何はともあれ、あの程度で済んでよかったな」


「えぇ。殿下が王位継承権を剝奪されなくてよかったです」


「ははは。流石にそれは大袈裟だろう」


 レイの言葉を、リガルは笑い飛ばすが、アドレイアのあの怒りように、当時はレイの言った可能性を恐れていた。


 それも、全てが丸く収まった今となっては、笑い話に過ぎないが。


 その後も、レイとリガルは他愛もない話を続ける。


 そんな穏やかな時間を過ごしていた時だった。


 コンコンコン。


 部屋の入り口の方から、扉が叩かれる音がする。


「失礼します」


「誰だ?」


 基本的には、この部屋くる人間は、リガル自身とレイ。


 あとは食事を届けに来るメイドくらい。


 食事は先ほど取ったばかりだし、やってきた人間の見当がつかない。


「レイ、見てきてくれ」


「はい、かしこまりました」


 リガルに命じられて、ソファから立ち上がり、扉の方へと歩み寄る。


 転生したばかりの頃のリガルなら、こういうのも全て自分でやっていたが、最近ではレイに任せるようになってきた。


 これが良い変化か悪い変化は分からないが。


 レイが扉を開けると、待っていたのは知らない女性だった。


「初めまして。私はエルナと言いまして、アドレイア陛下の側近を務めさせて頂いております。本日は、陛下が殿下をお呼びしておられましたので、それをお伝えに参りました」


「分かりました。殿下にお伝えしておきます」


 どうやら、リガルがアドレイアより呼び出しを受けているようだ。


 レイは、エルナの言葉に対して、殿下に伝えておく、と言っているが、そんなことをするまでもなく、2人の会話はリガルの耳に届いている。


「それでは、失礼します」


 用件だけを伝えると、一礼して部屋を後にするエルナ。


 レイは7歳の幼女だが、最後まで丁寧な言葉遣いと態度を崩さなかった。


「殿下、呼ばれているらしいですよ」


「あぁ、聞いてたよ。父上から呼び出しって一体何だろうな。最近は大人しくしていたし、怒られることとかは無いと思うけど……」


 リガルは、近頃の自分の行いを振り返るも、特に後ろめたいことはしていない。


 少なくとも、覚えはない。


 だが、今のリガルの心境は学生時代に、先生に名指しで呼び出しを受けた時そっくりだ。


 怒られると決まったわけではないのに、どうしても憂鬱にならざるを得ない。


「まぁ、だからと言って、後に引き伸ばしても、余計に怒られることが増えるだけだしな。凄く嫌だが、行きますか」


 アドレイアの元に向かうことを決するリガル。


 それに、こういうのは、得てして杞憂に終わることの方が多い。


 さっさと行って、終わらせてしまうのが賢い。


「レイ、どうせ父上は、今日も朝から執務室にいるよな?」


「恐らくは……」


「よし」


 リガルは思い腰を上げて、扉へと歩み寄る。


 レイもそれを追う。


 無駄に広いロドグリス城だが、1か月ちょっとも生活していれば、慣れるもので、今ではリガルもすべての部屋への行き方を完璧に覚えた。


 もちろん、執務室もだ。


 迷うことなくどんどん進んでいく。


 2分ほど歩いて、すぐに執務室にまでたどり着いた。


「よし、レイはここで待っていてくれ」


「はい」


 レイに声を掛けると、リガルは緊張しながら、扉を軽く叩く。


「失礼します。リガルです」


「入れ」


 すると、中から重く力強い声が聞こえてくる。


 その声に、緊張感がさらに高まってくるが、いつまでも立ち尽くしている訳にもいかないので、扉に手をかける。


 そして、ゆっくりと押し開いた。


 リガルが室内に足を踏み入れる。


 それと同時に、中で控えていたメイドが部屋を出た。


 アドレイアが、リガルを呼び出したのだから、何か重要な話があるのだということは、誰にでも分かる。


 だから、メイドはさりげなく部屋を去ったのだ。


「おはよう、リガル」


「おはようございます。父上」


 中に誰もいなくなったのと同時に、アドレイアは口を開いた。


 2人の間で、挨拶が交わされる。


 随分と堅苦しい態度で、とても親子とは思えないが、これが王族の当たり前なのだ。


「早速だが、本題に入らせてもらうぞ」


「……! はい」


 その言葉に、身をこわばらせながら、頷くリガル。


「エイザーグ王国は知っているな?」


「はい、我が国と古くから同盟を結んでいる国であると……」


 ――エイザーグ王国。


 ロドグリス王国の右側に位置する、大陸でも5指に入る強国である。


 ロドグリス王国と同盟を結んでいて、この同盟は、現国王であるアドレイアの曽祖父そうそふ――4代前の国王が締結したらしい。


 それ以来、両国はより一層友好を深め合っているとか。


 リガルの父であるアドレイアも、エイザーグの姫を正室に向かえている。


 それほどに、両王家の親交は深い。


「そうだ。その友好関係の一環として、我々は先代王の頃からやっていることがある。それが――」


「互いの王家の訪問。……ですね?」


「あぁ、その通りだ」


 アドレイアが頷く。


(なるほど。話が少しだけ見えてきたな)


 リガルは、少し安心して息をつく。


 アドレイアに怒られるかと、ビクビクしていたため、そうでないと分かり、安堵したのだ。


「王家の訪問は、4年に一度行われる。前々回は、我が国に招いた。前回は、こちらがエイザーグの王都に出向いた。そして今年は、我が国に招く年だ」


「なるほど」


 4年に一度ってオリンピックかよ、と突っ込みたくなったが、それはアドレイアに言っても理解されることのないことなので、黙っておく。


「そこで、実は以前から両国の間で話していたことがあるのだが……」


「……?」


「お前の正室に、エイザーグの姫を迎えようと考えている」


「は……?」

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