第21話.親友と書いてライバルと読む

「では、改めて私から自己紹介をさせていただこう。私は、第11代目ロドグリス王国国王、アドレイア・ロドグリスだ」


 エイザーグの王族たちを、応接室に通して、飲み物を用意すると、早速自己紹介が始まった。


 まずは、招いた側の方から。


 アドレイアが一番最初に名乗る。


 名前なんて、この場の全員が知っているので、自己紹介など全くの無意味である。


 これから交流を深めていく上での、通過儀礼に過ぎない。


「アドレイア陛下の妻、マリア・ロドグリスです」


 マリアに関しては、エイザーグ出身なので、自己紹介するのも違和感を感じる。


 そして、残ったのは、リガルとイリアとグレン。


 となると、次は順番的にリガルだろう。


 リガルは、ソファから立ち上がると……。


「ロドグリス王国の第一王子、リガル・ロドグリスと申します」


 そう言って一礼する。


 挨拶をする相手の中には、自分よりも身分が高いエイザーグ国王がいるので、敬語だ。


 特に何の変哲もない自己紹介を終え、席に着く。


 その後は、つつがなく自己紹介が終わった。


 リガルとしては、グレンとアルディア―ドという、両国の問題児二大巨頭が、何もやらかさずに自己紹介を終えたことに、驚きを隠せなかった。


 アルディア―ドは、初対面の王族に、軽々しい口調で話しかけてくる非常識な人間であるが、流石にそれくらいは弁えることが出来るようだ。


「それでは、エルディアード殿達には、部屋を案内させよう。長旅の疲れもあるだろう。昼食までは自由時間としようではないか」


 自己紹介が終わったところで、アドレイアがそう言って、一旦自由な時間となった。


 この訪問は、あくまで「交流を深める」ことなので、特にやるべきことは決まっていない。


 最も、アドレイアとエルディアードの方は、忙しいだろうが。


 彼らは、普段からかなり頻繁に、手紙でのやりとりを行っている。


 しかし、手紙の上では、一度に話すことが出来る量にも限りがある。


 今日は、直接会って話すことのできる、数少ないチャンス。


 かなり長めに、会談の時間を取っていることだろう。


(さて、自由か。あの面倒なエイザーグの王子に捕まる前に、どこかへ逃げ出すか? いや、しかしそれが父上にバレたら大変なことになる)


 応接室を出て、一人これから昼食までの時間の使い方に頭を悩ませるリガル。


 これをやれ、と命令してくれれば、分かりやすいのだが、自由と言われると何をやればいいのか非常に困る。


 自由と言っても、本当に何をしてもいいわけではないのだから。


 例えるなら、「何がいい?」と誰かに聞いたときに、「何でもいいよ」と返された時の心境のようなものだろうか。


 もちろん、「何でもいいよ」と言われて、適当なもの選んだら、怒られる。


 全く、非常に困る。


 悩みながら、目的地も考えずに歩いていると、いつの間にか自室にまで来てしまっていた。


「あ、殿下。どうされましたか?」


 部屋の前には、レイもいる。


 リガルが去ってから、ずっと部屋の前で立っていたようだ。


 今、リガルが帰ってこなかったら、これ以降もずっと同じように立っていたことだろう。


 レイもまだ小さな子供であるというのに、働かなくてはならないとは、実に大変だ。


「いや、顔合わせも終わったから、一旦自由時間になった。で、特にやることも無かったから、部屋に帰ってきたんだ」


「そうでしたか。今、紅茶でもお持ちしますね」


「あぁ、頼む」


 そう言って、レイはどこかへ去っていく。


 リガルは、部屋の中に入ると、真っ先にベランダに出て行った。


 ベランダに出て、手すりに寄りかかって、街を眺める。


 熱気を孕んだそよ風が、心地よくリガルの頬を撫でる。


 少し高いところにある、リガルの部屋から一望する王都の景色は、本当に何度も見ても見飽きないほどに壮観だ。


 しばらくボーっと街を眺めていると、小さく扉をノックする音が聞こえる。


「入っていいぞ!」


 声を張り上げて、扉の向こう側にいるであろうレイに声を掛ける。


 扉が開き……。


「あれ? ……って、またそこにいたんですか」


 一瞬、リガルの姿が見当たらず、驚いたレイ。


 しかし、リガルは暇になると、いつもベランダでこうして王都の景色を眺めていたので、すぐに気が付いた。


「あぁ、まぁね。あ、紅茶はそこのテーブルに置いてくれ」


 そう言って、ベランダにある白いテーブルを指さす。


 ここのベランダは、一般家庭のものの2倍くらい縦に広いので、椅子や机を置くスペースがある。


 いつもリガルは、ここでアフターヌーンティーを楽しんでいる。


 快晴の下で高級なお茶と洋菓子を楽しむことが出来るのは、王族の特権とも言えるだろう。


 甘い物に目がないリガルとしては、この世界の生活の中で、最も楽しい時間だったりする。


「にしても、この暑い中よく外にいる気になりますよね……。せっかく氷の魔道具もあるんですから、部屋を閉め切って室内にいればいいのに……」


 紅茶をテーブルに置きながら、そんなことをぼやくレイ。


 確かに、日本にいたころの「高崎想也」ならば、絶対にしなかった行動だ。


 夏休みは、絶対に家から出ずに、クーラーを効かせた部屋で一日中を過ごす。


 それが当たり前だったのに、この世界に来てから随分とアクティブになった気がする。


「まぁ、別にまだそこまで暑いわけじゃないし。それに明日には魔術学園祭にも行かなきゃいけないしね」


「あ、そういえば明日は学園祭の日ですね。楽しんで来てくださいね」


「ん? レイも一緒だろ?」


 学園祭には、一昨年から行っているが、いずれの時もレイと共に行ったはずだ。


「え、でも今年はエイザーグ王国の方々がいますし……」


「いや、基本的に自由に過ごしていいらしいからな。エイザーグの王子とかとは、多少交流を深めなければならないだろうが、あの性格じゃあ、何をしても怒ったりはしないだろう」


 アルディア―ドの残念な性格を思い出しながら、言うリガル。


 何より、メイドを一人連れて行く程度で、問題はない。


 護衛や執事、メイドなどは、高位貴族ならば、外出時は常にそばに付けている。


「そうですか。今年は行けないと思っていたので、良かったです」


「あぁ。それにレイはいつもよく働いてくれている。偶に祭りで羽を伸ばすくらい、何の問題もないさ」


「い、いえ。そんなことは……」


 リガルは、紅茶を飲みながら、レイと会話をする。


 そんな穏やかな時間を過ごしていた時だった。


 トントン。


 入り口の方から、扉を叩く音が聞こえてくる。


(誰だ? レイはさっき帰ってきたし……。まさか父上に、エイザーグの王子から逃げて、部屋でゆっくりしていることがバレたのか!?)


 普段なら、誰かが部屋に来たときは、レイに出てもらうところだが、あまりに嫌な想像をしてしまったため、慌てて自分で扉を開ける。


 そこには……。


「やぁ、リガル。早速決闘をしようじゃないか!」


「…………」


 アドレイアよりも、さらに会いたくない存在が立っていた。


 本気で決闘をする気であるところとか、リガルを呼び捨てにしていることなど、早速突っ込みどころが満載だ。


 返す言葉が見当たらない。


「あれ? どうしたの?」


 そしてまた、「どうした?」と、本気で言っているところが、さらにタチが悪い。


「どうしたも何も、何故決闘をする必要があるんだ……」


 困ったように、返答をするリガル。


「そりゃあ! 交流を深めるために決まっているだろう!? 決闘をするという事は親友ライバルということじゃないか!」


「…………少年漫画かよ! 強敵と書いて強敵ともと読むみたいなことを言ってんじゃねぇよ!」


 アルディア―ドの狂った発言に、素の態度で返答してしまうリガル。


 心の中で思った突っ込みが、そのまま口をついて出てしまった。


「あ……」


 気が付いたときには、もう遅かったが……。


「少年……まんが……? とは何のことだ?」


 アルディア―ドは、リガルの素の態度よりも、少年漫画という聞いたことのない単語が気になったようだ。


「あ、あぁー、いや、何でもない。と、とにかく決闘を行うつもりはない」


 先ほどの発言を誤魔化しながら、きっぱりと決闘の誘いを断るリガル。


 ぶっちゃけ、ここまで付きまとわれるくらいならば、決闘くらいやっても良いと、リガルは考えていた。


 しかし、同盟国の王子に怪我をさせるようなことがあったら、アドレイアに怒られるかもしれない。


 決闘用の魔術は、威力が低いので、それ自体で怪我をすることは無いだろうが、動き回れば転んだりする可能性は十分にある。


 今回の場合は、決闘を挑んできたのはアルディア―ドなので、仮にアルディア―ドが怪我をしても、リガルに非はほとんどないだろう。


 とはいえ、面倒事は可能ならば、出来る限り回避した方がいい。


 ここで長々と騒がれるのは面倒だが、それくらいは我慢できる。


そう思っていたのだが……。


「えー、でもアドレイア陛下と父上は、どちらもリガルと決闘をすることを、了承してるよ? いや、それどころか、父上には沢山決闘して来いとも言われている」


「は?」


 その言葉に、思わず目が点になるリガル。


(え? 父上も了承しちゃってる訳? しかもエルディアード陛下に至っては推奨してるの? 俺決闘しなくちゃいけないの⁉)


 驚きの展開に、リガルは困り果てる。


 しかし、さらにそれに追い打ちをかけるように……。


「けど、それでもリガルが決闘を断るっていうなら、父上からリガルに直々に言ってもらうように頼むしかないか」


 そう言って、部屋から去ろうとするアルディア―ド。


「あー! 待って待って! 分かった! やる! やります!」


 エルディアードに伝わって、さらに面倒なことになるのは流石に勘弁と、慌てて了承するリガルだったが……。


「おー、そりゃ良かった! まぁ、さっきのは全部嘘なんだけどねー」


「んなっ……!」


 黒い笑みを浮かべて振り返ったアルディア―ドに、リガルは開いた口が塞がらなかった。


(こいつー! バカだと思ったが、流石にエイザーグの王族であるだけあって、タダのバカではないみたいだな……)


 騙されたことに、悔しくなったリガルだったが、冷静にアルディア―ドの評価を修正する。


「それじゃあ行こう! 決闘をやりに!」


 こうして、リガルはアルディア―ドに引っ張られて、決闘をする羽目になった。

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