第11話.実践

「でも、やっぱりあれは酷いと思います」


「あー、悪かったよ。もうあーいうことはしないから」


 城を出たレイとリガルは、王都の人ごみの中を歩いていた。


 しかし、レイはどうやら、先ほどのリガルの庭師のおっさんを犠牲にする作戦が気に入らなかったようで、かなり不機嫌だ。


 レイはかなり正義感が強いらしい。


「お、あそこになんか屋台があるぞ? お菓子でも売ってるみたいだ」


 機嫌を直そうと、リガルは早速目に付いた屋台を指差す。


 レイも、甘いものは好きなので気になったのか、そっちに目を向ける。


「あれは、マフィンですかね?」


「ぽいな」


 リガルも、甘いものは好きなので、匂いに釣られて屋台に近づいていく。


「2つください!」


「こっちは4個だ!」


「私は1個で……」


 そして、菓子というのはやはり目を引くのか、屋台は大盛況である。


「凄い人気だな」


「砂糖は貴重ですからね。ここのマフィンは砂糖をふんだんに使っていますから」


「なるほど。だから、こんなに高額だというのに、これだけの人が買っていくのか」


 ここは、王都の中でも上流階級の市民が多い商店街だ。


 こういう高額なものも需要があるのだろう。


「俺たちも1個食ってみるか」


「え、でもお金持ってるんですか?」


「……あ」


 完全に忘れていた、と固まるリガル。


「……レイ。持ってたりしない?」


「あるわけないじゃないですか」


「……ですよね」


 そっと、屋台から離れるリガル。


(何も買えないんじゃ、マジでなんのために外に出たんだ)


 これには、流石のリガルもショックを隠せない。


 レイは、そんなリガルを追撃するように、呆れた目でリガルを見る。


「い、いや……。物を買うために外に出たわけじゃないからね。別に問題ない」


 慌てたように、言い訳をするが、レイは信じていないようで、その双眸に変化はない。


 だが、リガルの言葉に嘘はない。


 そもそも具体的な目的もなく、ただ何とかなく外に出ようと思っただけ。


 言わば、一時の思いつきのような考えから、城の外に出ようとしただけなのだ。


「物を買うために外に出たんじゃないなら、じゃあ何のために外に出たんですか?」


 わざわざ陛下に怒られるリスクまで背負って……、とレイは最後に付け加える。


 当然……。


「え、えぇーっと、それはだなぁ……」


 答えられない。


 真実は、「目的もなく外に出た」というものなのだが、それを正直に言えば余計に呆れられることは火を見るよりも明らかだ。


「ほら、やっぱり」


「ぐっ」


 この世界で、リガルとレイは同じ年齢だ。


 しかし、リガルの精神年齢は16歳だ。


 だというのに、7歳の女の子に言い負かされている。


「ま、まぁいいじゃないか。普段から外に出ることが出来ない俺にとっては、外を散歩するだけでも楽しい」


 これは、言い訳ではない。


 実際、リガルとしても想也としても、王都の街並みというのは物珍しい。


 歩くだけでも楽しいというのは真実だ。


 それはレイも分かっているので、追及するのも打ち切って……。


「まぁ、それもそうですね」


 再び気を取り直して、二人は街を歩きだす。


(しかし凄いなぁ……)


 リガルは、街の風景を見渡しながら、しみじみと思う。


 雑踏を行く人々の顔だち、居並ぶ建物のデザイン、頻繁に通る馬車。


 すべてが、リガルに馴染みのない新鮮なものだ。


 そんな中でも、一際リガルの目を引いた人間がいた。


「あの子供は?」


「あぁ、魔術学園の初等部の生徒ですかね? 今日は休みですが、魔術学園では、普段から制服を着用することが義務付けられていますから」


 ――魔術学園。


 それは、魔術師の育成を目的とした、国によって設立された唯一の学校である。


 優れた魔術の才能を持つ人間は、強制的にこの学園に入れられる。


 強制力があるものの、この学校に入学すれば将来は99%保証されるので、文句は出ていない。


 この学園では、魔術がもちろんメインだが、それ以外にも数学や語学など、様々な勉強ができる。


 教育レベルの低いこの世界では、日本における義務教育レベルの学力でも、重用ちょうようされるのだ。


 そのため、何らかの事情で魔術師を目指すことが不可能になろうとも、就職先には困らない。


「休日でも制服の着用義務ねぇ。普段からそんな縛りがあるのかよ」


「でも、学園の生徒たちは別にそれを嫌ったりはしていないようですよ」


「そうなのか」


 面倒だな、と思ったリガルだったが、学園の生徒自身はそう思っていないようである。


 魔術学園に通っていることは、この国の国民にとっては、誇りである。


 制服は、魔術学園に通っている、エリートである証明。


 それを考えると、納得だ。


「なるほどね」


 しばらく歩いたが、結構魔術学園の制服を着た少年少女は多い。


 近くに魔術学園があるからだ。


「なるほど、あれが魔術学園か。校舎が王城と同じくらいあるな」


 右手に見える、大きな建物に目をやりながらつぶやくリガル。


「流石に建物自体は王城よりは小さいですが、確実に敷地でなら上回っているでしょうね」


「へぇー」


 その後も、他愛のない会話をしながら、街を歩き回る。


 そして、ふと路地裏の狭い道を通りかかろうとした時だった。


「おい、最下位野郎。早く金を出せ」


「そうだぜ。お前みたいな雑魚じゃ俺たちには勝てねぇんだ。大人しく出しな」


「や、やめてよ! もう嫌なんだ!」


 3人の魔術学園の生徒を視界の端に捉えるリガルとレイ。


 カツアゲしているヤンキー少年2人組の方は、何故こんなことをやってるのだろうか。


 魔術学園に通えるほどの、魔術の才能があるものの、貧民の出身なのか。


 はたまた、裕福な家の出身でも、心が貧しいだけか。


 一体そのどちらなのかは定かではないが、彼らが悪であることは間違いない。


(見た感じ俺たちと同じくらいの年齢の子供なのに、恐ろしいねぇ)


 まるで他人事のように、いや実際他人事なのだが、首を突っ込む気のないリガルは、さらりと通り過ぎようとする。


 しかし……。


「ちょっと、あなたたち! 何をやっているの⁉」


 ふと、そんな聞きなれた声が隣で聞こえ、ふと左を見る。


 そこには、さっきまで一緒に隣を歩いていたレイの姿はなかった。


 嫌な予感――というより確信が頭を過る。


 振り返ると、やはりというべきか……。


(おいおい、自分の主をほっぽり出してどっか行くなよ‥…。変なところで持ち前の正義感発揮してくれなくていいんだけど……)


 レイがカツアゲをしていたヤンキー少年を止めようとしていた。


 思わず、苦笑いが浮かんでしまう。


 無視して一人で観光を再開する訳にも行かないので、レイの元へ戻る。


「あぁん? なんだてめぇ」


「最下位野郎の知り合いか?」


 ヤンキー少年2人組のヘイトがレイに向く。


「2人で弱いものをいじめようとするのは、あまりに卑怯よ!」


(お、おぉう。いつもは穏やかなのに、なんか今は凄い剣幕だ)


 いつもと雰囲気が異なるレイに、若干気圧けおされているリガル。


 だが、このままだと大変なことに発展しかねないので、軽くビビりながらも、今にも一触即発と言った雰囲気の3人の間に割って入る。


「ま、まぁまぁ落ち着いて。こんなところで喧嘩はよくない」


 しかし、レイも冷静さを失ってしまっているのか……。


「なんだてめぇ!」


「関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」


「殿下はこの2人を庇い立てるんですか!?」


 ヤンキー少年2人組と共にリガルを責める。


「え、え、いや……そういう訳じゃないけど……」


 レイのあまりの迫力に、リガルもたじたじだ。


 実に情けない。


 さらにそこに……。


「殿下、あなたはこの国の王になられる人です。王には、国の平和を保つ義務があります。つまり、殿下にはあの2人を倒す義務があるんですよ!」


「お、おう、そうだな」


 レイの、一見正論に聞こえる言葉に、リガルもすっかり騙される。


 だが、王に国の平和を保つ義務があるからといって、王子自らチンピラを成敗する必要などどこにもない。


 リガルも、冷静に考えてみればこの点に気が付くことが出来るだろうが、今はレイの言葉の圧力に完全に呑まれているため、素直に納得してしまう。


 本当に情けない。


「おい、さっきから何をコソコソと話してやがる!」


「死にてぇのか!?」


 しかし、2人で話し込んでいると、痺れを切らした2人が怒鳴りかかってくる。


「死ぬのはそっちですよ!」


 そう言って、レイが動き出す。


 腰から杖を引き抜いて、ヤンキー少年2人組に向けた。


(って、いきなりかよ!)


「レイ、殺すなよ! ウィンドバレットとかの軽傷で済む魔術にしておいてくれ!」


 こんなところで、いきなり殺人の共犯者になどなりたくはない。


 リガルは、慌ててレイに声を掛ける。


「返り討ちにしてやるよ!」


「俺たちは手加減しねぇぜ? 死んだら死んだときさ!」


 レイが攻撃してこようとしたところで、それに嬉々として応戦するヤンキー少年2人組。


(クッソ、こんな心の準備も出来ていないタイミングで、命がけの魔術戦闘の実践かよ!)


 仕方なく、リガルも腰に下げていた杖を抜き放ち、突っ込んでくるヤンキー少年2人組に備える。


「おら、ファイヤーボール!」


「ウォーターアロウ!」


 死んだら死んだとき、などと言うのはブラフではないようで、受ければ重傷を負うような魔術を撃ちこんでくるヤンキー少年2人組。


「アースウォール!」


 それに対して、とりあえず防御魔術であるアースウォールを放つ。


 どうやら、杖に内蔵されている術式盤エンチャントボードは、前に決闘で使ったのと同じもののようだ。


術式盤エンチャントボードについては、ウィンドバレットしか指定してなかったけど、これはありがたいな)


 リガルの使ったアースウォールは、ヤンキー少年2人組の魔術を受け止める。


 しかし、安心する余裕などは、当然ない。


「アースウォールなんて、使いにくい魔術を使うなんて、変な奴だな!」


「俺たちには通用しないぜ!」


 ヤンキー2人組は、2手に分かれて、岩壁の左側と右側から挟撃をこころみる。


 片方が、アースウォールで作った岩壁の右側から姿を現して、リガルに向けて杖を向けた。


 しかし、これまたアースウォールで攻撃をブロック。


 敵が何度も右側に回り込んで、射線を通そうとしてきても、リガルはひたすら攻撃をブロックした。


 攻撃には転じない。


 一見すると、リガルは防戦一方に追い込まれている、と取れるかもしれない。


 しかし、それは間違いである。


 現在の盤面を、俯瞰ふかんして見てみると、ヤンキー少年2人組は、お互いをカバーできないほどに離れた位置にいた。


 それに対して、リガルとレイはきっちり2mほどの距離にいて、すぐに何かあった時に助け合うことが出来る。


 全て、リガルの狙い通りの展開だった。


(いや、それ以上に都合よく進んでるな)


 最後に、仕上げとばかりにレイと戦っている相手の方に体を反転させると、自身の背後にアースウォールを作り出した。


「これで2対1!」


 リガルが狙っていたのは、分断。


 最初から、敵を倒すことではなく、浮駒うきごまを作り出すこと。


 浮駒うきごまとは、将棋の用語で、他の駒と連携できていない駒の事を指す。


 こうすることで、レイと戦っている相手が、味方の援護を受けることが出来なくなる。


 それに対して、リガルはレイと協力して、確実かつ速やかに倒すことが可能になるわけだ。


(ふぅ、もしも相手がそこそこの手練れだったらどうしようかと、不安だったが、案外楽に倒そうだ)


 当然、1人でリガルとレイを相手にすることなど不可能で……。


「いってぇ! クソがぁ!」


 足にリガルの放ったウィンドバレットを受けて、態勢を崩される。


 そして、あっさりとレイに杖を取り上げられて無力化された。


「嘘だろ!?」


 そして、ヤンキー少年2人組の片方が、遅れてやってくる。


「この通り、お前の相棒は無力化した。降伏してくれ!」


 リガルが、後から遅れてやってきたヤンキー少年2人組の片方がに向けて叫ぶ。


 その隣では、レイが杖を無力化したヤンキー少年に向けて、無言の圧力をかけている。


「そういうことしなくていいから」


「……そうですか」


 それを見て、リガルはレイに杖を下げさせる。


 レイも、リガルの言葉は聞き入れた。


 少し不服そうな声音ながらも、杖を下ろす。


 しかし、ヤンキー少年の方は、リガルの言葉を聞き入れてくれなかった。


「ざけんな! 誰がてめぇみたいなやつに従うか!」


 ヤンキー少年がリガルに向かって突撃してくる。


 そして、ファイヤーランスを連打。


 しかし、頭に血が上って冷静さを完全に失っているようで、動きはかなり単調である。


 リガルは冷静に、アースウォールに隠れて、ウィンドバレットを放つ。


 それに対して、レイは完全に運動能力にものを言わせた、脳筋スタイルだ。


 防御行動を取ろうなんて考えは一切ないのか、全ての攻撃を回避して、ウィンドバレットで攻撃する。


 この前の決闘で、リガルは立ち回りの重要性を分かってくれたら……、などと考えていたが、レイが頭を使って戦うことはないようだ。


 ともあれ、殺傷能力のあるような攻撃魔術を使わなかったことには、リガルも安堵した。


 敵のヤンキー少年だけじゃなく、レイもかなり冷静さを失っていたからな。


 そして、放ったウィンドバレット2発が、ヤンキー少年の肩と膝を捉える。


「うぐぁっ……!」


 攻撃を受けた箇所に手を当て、呻き声と共に膝から崩れ落ちる。


 リガルは、そんなヤンキー少年に近づき、杖を取り上げると……。


「終わりだな。悪いがこの杖は貰っておく、これに懲りたらもうこういうことはしないことだ」


 そう言って、追い払う。


「クソが……!」


「覚えてやがれ……!」


 そして、2人は捨て台詞を吐いて逃げて行った。


 その台詞の内容からして、2人にリガルの言葉は届いていないようだが。


 ともあれ……。


「一件落着……かな?」


「ですね」

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