第12話.天才
「よし、続きだ!」
リガルは、さっさと異世界観光の続きをしようと、踵を返そうとしたが……。
「君、大丈夫?」
その瞬間、後ろの方でレイの声が聞こえる。
(あ、そういえば、カツアゲされてた子のことは完全に忘れてたな)
そして思い出す。
「え、えーっと……」
レイに声を掛けられた少年は、どうすればいいのか分からないかのように、おどおどとした反応を見せる。
(この少年、レイに惚れたな。カツアゲされているところを、颯爽と駆けつけて救ってくれたんだ。これで惚れないわけがない。うんうん)
それを遠目に見て、ニヤニヤとするリガル。
勝手に決めつけているが、彼が惚れているかどうかは定かではない。
(しかし残念だったな少年よ。レイは俺の家臣だからな。君の恋が進展することは無い)
「さっきから何をニヤニヤしているんですか殿下?」
「ふぇ?」
リガルが勝手に妄想を脳内で展開していると、突然レイが声を掛けてくる。
「え、い、いや、ニヤニヤなんて全然してないけど!?」
あまりの恥ずかしさに慌てて言い訳をする。
しかし、動揺が表に出すぎて、言い訳なのがバレバレだ。
「……まぁ、いいですけど」
それでも、レイは特に深く追及することは無いようだ。
レイとリガルが、そんなことを話していると……。
「え、あ、あの、殿下って……どういう……?」
さきほどの少年が、レイの「殿下」発言に気が付いてしまったようだ。
(あ、やべ)
リガルも今更気が付き、レイの不注意を呪うが、今更遅い。
「い、いや、殿下なんて言ってないぞ……」
とりあえず、これで誤魔化すことが出来るかもしれないので、すぐには認めない。
そう誤魔化すと同時に、レイにも目線で頷くように合図する。
レイもそれに従い、コクコクと首を縦に振る。
「え、いや、そんな訳……」
しかし、そう簡単には誤魔化せない。
(意外と手ごわいな。はぁ、正直正体は誰にもバラしたくなかったんだが……。仕方ない)
「バレたら仕方ない。俺の正体を教えてようじゃないか。俺の名前は、リガル・ロドグリス。この国の第一王子だな」
「ほ、本当なんですか!? もしも名前を騙っていたら、不敬罪で罪に問われますよ!?」
しかし、少年は信じない。
まぁ、普通そうだ。
リガルの姿を知らなければ、信じるわけがない。
この世界で、リガルの姿を知る方法は、実際に会う以外に無いからな。
(何か証明できるモノ……なんてないよなぁ……)
リガルは、思考を巡らせるが、全く思いつかない。
まぁ、別にこの少年に、リガルが王子であることを信じてもらう必要もない。
それに気が付いたリガルは……。
「まぁ、信じるも信じないも君次第だ。信じてくれても、疑ってくれても、俺はどっちでもいい」
「殿下を疑うなんて、君こそ不敬だ!」
「す、すみません……」
何故かレイが騒いでいるが、リガルは全く不敬などと思っていないので……。
「まぁまぁ、別にいいから」
納得がいかない様子のレイを落ち着かせる。
「それより君の名前は?」
「あ、そうでした! 助けてもらったのに名乗りもせずにすみません。僕の名前は、テラロッドです。魔術学園初等部の2年生です」
「テラロッドか。ところで、なんでさっきの2人に目を付けられてるんだ?」
「え!? いや、それは……」
リガルの問いへの返答に言いよどむテラロッド。
そして、それを見て、自分がマズイ質問をしたことに気が付く。
(そういえば……。確かテラロッドは、ヤンキー少年2人組に、『最下位野郎』などと呼ばれていたな。成績が悪くて、いじめられているみたいな感じか)
「悪い! 答えにくいことならいいんだ、別に」
「いえ、別に答えにくいことではありません。ただ少し恥ずかしいだけで……。でも、お2人には助けていただいた恩もありますし、話します」
そう言って、テラロッドは話し始めた。
彼は、王都に店を持つ、そこそこ名の通った商人の次男として生まれたらしい。
母親が、かなりの魔力量を有していたため、その息子であるテラロッドもその潤沢な魔力量を受け継いだようだ。
そのため、6歳になった彼は、魔術の才能があるとして、王都の魔術学園に入学させられることになった。
テラロッド自身も、魔術師になることを望んでいたため、強制的に入学することになった魔術学園であったが、抵抗はなかった。
魔術師になれば、将来は安泰だからな。
テラロッドも、希望を持って魔術学園に入学した。
しかし、魔術学園での学生生活は、テラロッドが想像していたほど明るいものではなかった。
世界という大きな枠組みで見た上では、潤沢な魔力量を誇るテラロッドは、特別な人間だ。
しかし、王都の魔術学園に入学するような人間は、魔力量など当たり前に持っている。
大量の魔力の所持というのは、魔術師を目指すうえでの、単なるスタートラインに過ぎないのだ。
魔力量だけでは、なんのアドバンテージにもならない。
魔術学園という小さな枠組みで見た上では、テラロッドは平凡な人間だった。
いや、それどころか、平凡以下だった。
魔術師を目指すうえで、大量の魔力の所持が単なるスタートラインに過ぎないというのなら、その先で必要になってくる能力とは、一体何なのか。
答えは――身体能力である。
この、身体能力の低さこそが、テラロッドが魔術師として平凡以下である理由だ。
身体能力が低かったテラロッドは、実技の成績が著しく低かった。
その分、筆記試験で挽回しようと努力したが、魔術学園では、筆記よりも実技の方が求められる。
結局、テラロッドの努力は実ることなく、晩年学年最下位の学園生活を送っているらしい。
その結果、クラスメイトからは落ちこぼれとバカにされ、今日のように素行の悪い生徒にいじめられることもあるようだ。
「けど、別に魔術が嫌いなわけではないんです。僕は確かに身体能力で他のクラスメイトよりも劣っています。けど、魔術に関する知識では誰もにも負けません。だから将来は、王立魔術研究所で働きたいんです」
――王立魔術研究所。
それは、その名の通り、国が運営している、魔術を研究する機関である。
具体的に、何をしているのかというと、新たな魔道具の開発や、ファイヤーボールやウォーターアロウといった、基礎魔術の改良なんかを行っている。
基本的に研究員は、年齢や怪我を理由に、一線を退いた魔術師たちが
(だけど……)
「いいね! 魔術師になることだけが正解じゃない。新たな魔道具の開発なんかだって、革新的な物を発明したなら、歴史に名前を残すことが出来るしな」
「えぇ、実は新しい魔術をすでに作ったりしてるんです! 性能は基礎魔術に遠く及びませんが」
「「え……?」」
テラロッドの言葉に、レイとリガルは言葉を失う。
「魔術を……」
「すでに作っている……?」
「い、いや、だからまだまだ性能は基礎魔術に遠く及ばないですから!」
あまりの衝撃に、リガルとレイは2人で疑問の言葉を紡ぎ出す。
それをテラロッドは謙遜するが……。
「いやいや! 性能とか関係なしにめちゃめちゃ凄いだろ!」
本来、新たな魔術を開発することなど、性能を度外視すれば、そう難しいことではない。
しかし、それは
テラロッドは、リガルと同い年の、ただの魔術学園の初等部の生徒だ。
そんな人間が、新たな魔術を開発するなど、あり得ないことだ。
「なぁ、その新しい魔術の
一体どんな魔術を作り出したのかが気になって、テラロッドに尋ねるリガル。
「い、一応持ってますけど……」
そう言って、テラロッドは自分の杖から
「おお! 使ってみていい?」
「はい、威力は全然ないので、ここで使っても大丈夫だと思います」
「そっか」
早速、自分の杖に入っている、適当な
そして、地面に杖を向けて、魔力を流した。
先端に取り付けられた
「なんじゃこりゃ!?」
魔術を使った瞬間、リガルは驚いた声を上げる。
何故なら……。
「これは、氷という物を使った防御魔術です。ウォーターシールドの下位互換にすぎませんが……」
そう、この魔術は、今までにリガルが見てきた、『炎』『水』『風』『土』の4つの属性のどれでもない、新たな属性の魔術だったのだ。
「おいおい、氷の魔術なんて存在するのか……?」
まだ動揺から覚めないような声音で、レイに尋ねるリガル。
少なくとも、リガルの記憶の中には、氷の魔術という物は存在しない。
「い、いえ……私もこんなもの聞いたことがありませんよ」
「だよな……。天才すぎだろ……」
「いえ、ですから、全然実践では使えるような代物ではないですし、全然天才なんかじゃ……」
リガルが呆然と呟いたような勝算の言葉を、頑なに否定するテラロッド。
テラロッドが作り出した魔術――アイスシールドとでも名付けようか。
確かに、このアイスシールドは、似た魔術であるウォーターシールドと比べても、その完成度は低い。
生成された氷は、非常に薄っぺらく、見るからに脆そうだ。
「まぁ、魔術における新たな属性を作り出したという点では凄いが、実戦では厳しそうだな」
「そうでしょう?」
(けど、何かに使えそうだよな……)
再び、魔力を杖に流し込んでみたりして、色々と考えだすリガル。
そして……。
「そうだ!」
思いつく。
「ど、どうされたんですか殿下?」
「いや、こいつの使い道だよ」
そう、アイスシールドを使って見せながら、言うリガル。
「こんなの役に立たないと思いますが……」
しかし、リガルがどんなに褒めても、テラロッドは卑屈なことを言う。
魔術学園にて最下位だったから、自分が素晴らしい発明をしたということを、信じられないのかもれない。
「そんなこと無いって。ちょっとしばらくこのアイスシールドの
「え、それは全然構わないですけど……。一体何をするんですか?」
テラロッドが、訝し気にそう尋ねると……。
「まぁまぁ、今から行くから、付いてきなよ」
何か悪戯を思いついた子供のような、楽し気な悪い笑みを浮かべて、そうリガルは答えるのだった。
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