第2章.氷の魔道具編

第10話.休日

 ――それから、数日が経ったある日の朝。


「レイ、今日の授業は?」


 朝食を終え、しばらく食後の休憩を取っていたリガルがレイに尋ねる。


「今日ですか? 今日は日曜日ですよ? 授業は休みに決まってるじゃないですか?」


「え?」


 レイに言われて、リガルの記憶が掘り起こされる。


「あ、あーね。そうだった……ハハハ、すっかり土曜日だと思っちゃってたよ」


 授業も、週に一度は休みがある。


 てっきり毎日勉強させられるものだと思っていたリガルは、休みがある可能性を考えもしなかったのだ。


(しかし、休みか。一体何をしようか)


 リガルは、せっかく手に入れた自由な1日の使い道に頭を悩ます。


 せっかくの休日と言っても、何をすればいいのか分からないというのが、リガルの本音だ。


 中々、良い時間の使い方が思いつかない。


「うーん」


 ひとまず、椅子から立ち上がりベランダに出て、手すりに寄りかかって、城下町の風景を眺める。


 リガルは、暇になるといつもこうして、外を見ていた。


 そして、何分か経ったとき……。


「そうだ!」


 突然に声を上げる。


「え、殿下、どうかされましたか?」


「うん、せっかくの休日だし、外に出てみようと思ってね」


 リガルは、日本にいたころは、休日に外出なんて滅多にしない人間だった。


 いわゆる、超インドア派というやつだ。


 しかし、ネット環境が整っていないこの世界では、家の中に引きこもっていても何もやることがない。


 だったら、異世界の城下町というのも気になるので、外に出てみようとなったわけだ。


 だが……。


「そ、そそそ外!? だ、ダメですよそんなの!」


「え。なんでよ」


 ものすごく動揺しながらリガルの言葉を否定するレイ。


「なんでって、そりゃあ殿下がこの国の第一王位継承者だからですよ!」


(あ、そっか。そういえば、俺は王子なんだよな。全然自覚無いけど……)


 確かに、王子が勝手に城外を出歩くなど、許されるわけもない。


 もし、出歩くというのならば、護衛を大量に連れていく必要がある。


 それは、リガルにも理解できる。


(けど街の観光に、護衛をぞろぞろ引き連れていくなんて勘弁だ。全く気が休まらないからな)


 現状、護衛なしに外出する方法はない。


 だが、一度異世界観光をしようと決めてしまったリガルは、今更諦めることなどできない。


「なぁ、頼むよー。内緒で行けたりしない?」


「え、えぇ……。無理……ではないかもしれないですけど、後でバレたら陛下に怒られることは確実だと思いますよ」


「大丈夫大丈夫。怒られるのには慣れてるから」


 そう言って、部屋を出ようとするリガル。


 しかし、レイは中々乗り気にはならないようで……。


「ほ、本当に行くんですか!? 王都は比較的治安が良いとはいえ、安全が保障されてるわけではないんですよ!?」


 レイとしては、やめてほしいようだ。


「それならレイが守ってくれればいいじゃん」


「え、私ですか!?」


 まさか、自分に護衛の仕事が回ってくるとは思わなかったようだ。


 幼女に護衛を任せるとか正気か!? と言いたくなるが、魔術が使えるレイならば、襲い掛かってきたチンピラを排除する事くらい造作もない。


 魔術を持つ者と、そうでない者との間には、絶対に届かない戦闘力の差がある。


 それを考えれば、リガルの言葉は特におかしくはない。


 最も、相手も魔術を使ってきた時は、非常に危険な目に遭うことは間違いないが。


 まぁ、それも確率的にはかなり低い。


 そもそも、魔術を使うことが出来る人間が少ないからだ。


 さらに言えば、魔術を使える人間は上流階級の人間が多いため、そういった人間は無意味に人を襲わない。


 これらの理由から、魔術を使えるならず者というのは、ほとんどいないのだ。


 まぁ、確率が低いからと言って、リガルが護衛を付けずに外出していいという話にはならないが。


「うん、レイは魔術戦闘も強いし、レイが守ってくれるなら安心だよ」


「む、無理ですよ! 私程度の実力じゃ。王家の魔術師の方達には全然及びません!」


「大丈夫大丈夫」


 しかし、無理だと言っているレイの言葉を無視して、リガルはレイの手を引いて部屋を出る。


 一度腹を決めてしまったリガルは中々止めることが出来ない。


 部屋の扉の向こう側を、チラリと確認してから外に出る。


 別に、城内ならば、誰かに見られても問題ないのだが、念のためだ。


「本気ですか!? 殿下がならず者に襲われなくとも、絶対に後でバレて陛下に怒られますって……」


「大丈夫だって。もしも怒られた時は、レイに迷惑が掛からないようにするから」


「そういう問題じゃないですってばぁ……」


 困り果てるレイをよそに、どんどん目的地へと向かっていくリガル。


 それを見て、レイはふとあることに気が付き声を上げる。


「あれ?」


「ん?」


「外に出るんじゃないんですか? こっちは……」


 そう、今リガルが向かっているのは外ではない。


 しかし、それはリガルの意図によるものだ。


「そう、今向かっているのは訓練場。無いとは思うけど、本当にチンピラなんかに襲われた時のためにね」


 リガルが訓練場に来た理由は、杖である。


 これがあれば、魔術を使ってこない相手には無敵だ。


「なるほど」


「それに、自分の身を守るため以外にも、必要だからね」


 リガルはそんなことを言って、歩みをまた早める。


「……?」


 リガルの最後の言葉は、レイにもよく分からなかったようだ。


 その後、しばらく歩いて……。


「ここだな? 誰もいないか?」


 訓練場の扉をほんの少しだけ開けて、その中を片目で覗き込む。


 レイも、後ろから背伸びして、扉の隙間から中の様子を伺おうと試みるが、少し身長が足りず苦心している。


 もっとも、訓練場の内部は、ごちゃごちゃしている訳でもないので、リガルの気になっている答えはすぐに出る。


「大丈夫そうだな。レイ。俺はここで見張ってるから、杖を二本取ってきてくれ。ウィンドバレットのtype1の術式盤エンチャントボードだけは、入れてきてくれ。それ以外は適当でいい」


「何かに使うんですか?」


「まぁな」


 レイは、わざわざ術式盤エンチャントボードを指定してきたことが気になって、リガルに尋ねる。


 しかし、リガルは理由までは話さずに、眼でレイに早く取ってくるように促す。


「分かりました」


 別段、深く追及することもないと思ったので、レイはすぐに従って訓練場の中に入っていった。


 リガルも、訓練場の中に入り、先ほどのように扉の隙間を少し作って、そこから外の様子を伺った。


 見張りを続けること1分ちょっと。


「取ってきました!」


 レイに声を掛けられて、扉を閉じてから振り向く。


 レイの声音は、先ほどの不安で一杯といったものではなく、少し楽しげだ。


 こうして、スパイごっこみたいな事をやっているうちに、楽しくなって、後に訪れるかもしれない悪夢など、頭から抜け落ちてしまったようだ。


「よし、ありがとう」


 早速杖を受け取って、適当な訓練場の壁に向かってウィンドバレットを撃ってみる。


 レイのことを信じていないわけではないのだが、もしも間違っていたら、この後面倒なことになるので、ここでしっかり確認しておく。


 訓練場の壁なら、ウィンドバレット程度の魔術を何発撃ち込もうとも、びくともしないし、音もほとんど立たない。


「ちゃんと大丈夫だな。よし、今度こそ外に行こう」


「はい!」


 ウィンドバレットのtype1が問題なく撃てたのを確認して、今度こそ庭に向けて歩き出す。


 道中、幾度かメイドに見つかりそうになったが、リガルの素早い危機察知でこれを回避。


 少し時間はかかったものの、無事に庭に出ることが出来て、城門の近くまでやってくることが出来た。


 しかし、難しいのは、むしろここから。


 何故なら……。


「ど、どうするんですか!? 完全に忘れてましたけど、門番の人がいるんだから絶対に通れないじゃないですか!?」


 そう、ここまでスイスイと進んできたリガルたちの前に立ちはだかった、最後の関門。


 それは、門番だった。


 こいつらは名前の通り、門を見張ることが役目だ。


 これまでの城内を歩き回るメイドと違って、回避することは出来ない。


 レイが慌てふためくのも当然だ。


 しかし、そんなレイとは対照的に、リガルは冷静だ。


「大丈夫。門番がいることくらい初めから分かってる。すでに策は考えてある」


「さ、流石殿下です。しかし、一体どんな……」


「まぁ見てなって。とりあえずが揃わないと駄目な策だから、そこの低木にでも一旦隠れよう」


 そう言って、リガルは低木と城壁に挟まれた、ちょうどいい隠れ場所を指差して移動する。


 ひっそりと低木の陰に身を隠し、じっと機会を伺うリガル。


 しかし、5分待っても10分待っても、リガルは動かない。


 最初は、リガルの策というのを信じていたレイも、疑い始め……。


「あの、さっきから何をやってるんですか……?」


「あぁ、まあ気になるよね。じゃあ教えてあげよう。俺の考えた門番の眼から逃れる策は……おっ」


 胡乱うろんな眼を向けるレイに、リガルは作戦の内容を伝えようとするが、突如リガルは口を閉じる。


「どうしたんで……むぐっ……」


 レイが声を上げると、すぐさまその口を塞ぐ。


 そして、口と鼻に人差し指を当てて、静かにして、というジェスチャーを送る。


 コクコクとレイが頷くと、リガルも手を離した。


 そして低木から、ちょこん、と顔を少し出して遠くの様子を伺う。


 そんなリガルの様子が気になったようで、レイも同じようにして遠くを見た。


「何かさっきと変わったことでもあったんですか?」


 今度は辺りをはばかるような小さな声で、レイが尋ねてくる。


「ほら、あれだよ」


 リガルの指さした先。


 そこには、ちょっと小綺麗な格好をしただけの、おっさんがいた。


「あの庭師さんがどうしたんですか?」


「あいつに門番の気を引いてもらうんだよ」


「……?」


 しかし、この情報だけでは、レイにはさっぱりだ。


「まぁ、いいから見てろって。もう動き出すから」


 そう言って、リガルは腰に下げていた杖を引き抜くと、低木にそっと置いて構える。


「一体何を……」


 レイの疑問の声を無視して、リガルは杖に魔力を流した。


 当然、杖の先の魔水晶マナクリスタルから、魔術が飛んでいく。


 発動したのは、ウィンドバレット。


 リガルの眼に映る、庭師のおっさん目掛けて飛んでいく。


「えっ!?」


 当然、驚いたような声を上げる。


 あまりに驚きすぎて、声の大きさが普通に戻っている。


 門番にも、庭師のおっさんにも気が付かれていないのが幸いだが。


「痛ぁぁぁ!」


 リガルの放ったウィンドバレットは、庭師のおっさんの右肩に見事命中。


 耳をつんざく大声で、叫び声をあげる。


「な、な、なんてことをするんですか!?」


 思わず、目の前でリガルが起こした非情な行いに、リガルの肩を掴んで揺らすレイ。


「だ、大丈夫だって! 使ったのはウィンドバレット。軽傷だって!」


 レイの初めて見るような剣幕に、若干気圧けおされながら、弁解する。


 その言葉に、レイも庭師のおっさんの方に目を向ける。


 遠くで、痛みに悶えている庭師のおっさんの元には、すでに騒ぎを聞きつけた門番の2人が駆けつけている。


 彼らのやりとりを見る限り、庭師のおっさんはちゃんと軽傷だ。


「だ、だからって……」


「まあまあ、ほら、門番がいなくなった。さぁ、今のうちに城を出るぞ」


 リガルはレイの手を引いて、出来るだけ足音を立てないようにして城門の向こう側へ向かった。


(悪いなおっさん。女性ならこんなことはしなかったが、男に慈悲は無いんだ。俺の異世界観光のための犠牲となってくれたまえ)


 かくして、リガルたちは城外に出ることに成功した。

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