第9話.キレ者

「3だ」


 ようやくゲームが始まる。


 グレンも、今度は間違えずに、きちんと3を最初に出す。


「5」


「7」


 それから、何事もなく試合は進んでいく。


 そして、当然というべきか、強い札しか手元にないリガルが優位に事を運んでいき……。


(来た! この12の2枚組で手番を取れれば、一気に1の3枚組を出せる。そうすれば、これに対抗できるカードなど無いから、最後に残った8を出してフィニッシュだ!)


 リガルに勝ちが見える。


 仮に、ここで勝負を決めることが出来ずとも、この手札ならまず逆転はない。


(よし、ゲーム開始前の予想通りの展開だ。やはりJOKERが確定で初手に来るのは強すぎるな)


 そんなことを考えながら、リガルはカードを場に出す。


「12の二枚組!」


 通れば勝ち。


 どうだ? と周りを伺う。


「13の二枚組!」


 しかし、それはグレンによって阻まれた。


 アホのグレンなどとバカにされているが、今回のゲームではそこそこまともなプレイングを見せている。


 まだ、手札にもちゃんと大きな数字のカードが残っていたようだ。


「ふふ、じゃあ2の二枚組をここで切らせてもらいます」


 リガルも、グレンの出した13の二枚組に対抗するつもりがなかったため、このままグレンの手番になるかと思いきや、イリアがそれを阻んだ。


 しかし、この状態でイリアの手札は6枚も残っている。


 この状況で2を二枚切るというのは少し判断が早い気がする。


 当然、グレンの上がりを阻止するためでもない。


 グレンの手札はまだ残り4枚。


 残りのカードが全て同じ数ならば、グレンの上がりではあるが、その確率はそう高くない。


 ここは温存が正解だろう。


 グレンの眼から見て、イリアの行動は少し不可解だった。


(けど、前回の試合でもイリアはプレミしてる。案外そんなにこういう頭を使うゲームは得意じゃないのかもな)


 だが、イリアは初心者だし、最適な行動を取れないのは何も不思議ではない。


 リガルはひとまず、イリアのただのミスだと結論付ける。


「パスです」


「パス」


「くっそー、パスだ!」


 3人がパスをして、イリアに手番が回る。


 しかし、ここでリガルの予想だにしないことが起こる。


「4の四枚組です」


 にっこりと、人の悪い笑みを浮かべて、4枚のカードをまとめて手札から場に出す。


「……!」


 それを見て硬直するリガル。


 当然四枚組に対抗できる者など……。


「……パス」


「はぁぁぁ!? なんだこりゃ!? パスだ!」


「パスです」


 いない。


 みんなパスだ。


 リガルの頭を、嫌な予感がよぎる。


(おいおい、まさかこのまま残りの二枚のカードも同じ数だったり……)


 そして、それは現実になる。


「はい、11の二枚組です」


「ぱ、パスです……」


(嘘だろ……。もちろんイリアの手札も良かったけど……。俺の手札の方がよかったのに……)


「おい、兄上の番だぜ」


 敗北のショックで呆然とするリガルに、グレンが声を掛ける。


「あ、あぁ。うん。えー……パスで」


 平常心ではなかったが、三枚組の1をばらしたりといった変なことはせずに、正しい選択をする。


「俺もパスだ」


 さっき、二枚組の出し合いで、みんなリソースを吐ききっていたので、全員がパスをして、リガルに手番が来る。


「1の三枚組」


「げっ、マジかよ。パスに決まってるぜ」


「そんな……。パスです……」


 これは当然通って、リガルは2位。


 しかし、その表情は4人中の2位という成績を取った人間とは思えないほどに、暗かった。


 この試合は、結局レイが3位。


 グレンが安定の最下位で終わった。


(まぁ、さっきのはたまたまだ。気を取り直していこう)


 少しの間、完全に意気消沈していたリガルだったが、運の影響も大きい事なので、すぐに立ち直る。


 それに、ディーラーは毎回リガルだ。


 チャンスはこれ以降もある。


 そう思い、再びイカサマを使って、カードを配る。


(よしっ! 今度はさっきよりもいい!)


 今度のリガルの手札は、JOKER+2が二枚。


 おまけで1の2枚組と、13の三枚組もある


 イカサマ抜きでも、強すぎる手札だ。


(今度こそ、流石に行けるだろ)


 リガルは早速勝ちを確信する。


 しかし、そのリガルの心の中の台詞は、負けフラグとなってしまった。


(よし、手札に残るはJOKERと1の2枚組と9)


 少しゲームは進み、リガルが勝利に王手をかけた。


 2は全て場に出ているので、1未満の2枚組、もしくは何かしらの三枚組が出された状態で、リガルに手番が回れば勝ちが確定する。


「1の二枚組です」


 しかし、それは再び阻まれる。


 これには、全員パスだ。


(おのれイリアめ。また俺の上がりを阻んだな!)


 しかし、イリアの手札は未だ8枚も残っている。


 余裕はある。


 そう考えたリガルは、安心するが、それも束の間の事だった。


「10の四枚組です」


「「はぁ!?」」


 グレンとリガルの声が重なる。


 グレンはともかくとして、リガルまでも再びのイリアから出た四枚組に声を抑えきれない。


(おいおい、嫌な予感がするんだが……。ここで四枚組を切ったってことはまさか……)


 ありえない。


 普通は、4人対戦で四枚組が2組も来るなどありえない。


 だが、この流れ。


 そのありえないと思わせる手札が揃っていると、恐れてしまう。


 そして……。


「6の四枚組です。これで、上がりですね」


 それは現実となる。


「はぁぁぁぁ!?」


「どんだけ運がいいんだよ!」


 グレンとリガルが、叫び声をあげる。


 特に、確率の計算が出来るリガルは、これがどれほどに異常なことかが理解できるので、その驚き様も一段と凄まじい。


 今回だけならまだしも、さっきも4枚組を持っていたのだから。


 レイも、2人に比べると落ち付いていたが、ぶつぶつと「ありえない……。なんで……」などと呟いている。


「すいません。お兄様。私の方が日ごろの行いが良かったみたいです」


 にっこりと笑うイリア。


 凄く癒される天使の笑顔だが、どこかその瞳の奥は挑戦的だし、言葉の内容にも煽りが含まれている。


 結局、このゲームでもリガルは2位に終わった。


(……落ち着け、大丈夫、3度目はない。確率は収束するもんだ)


 深呼吸をしながら、自らに落ち着くよう言い聞かせる。


 だが、続く次戦も……。


「6の四枚組です!」


「「はぁぁぁぁ!?」」


 イリアは8枚残っている状態から、2連続で四枚組を出して上がり。


 さらに次戦も……。


「3の四枚組です!」


「「またかよ!!」」


 イリアは毎試合、同じように上がる。


 だが、ここまで来れば、流石のリガルもイリアの行っている行為に気が付く。


「イリア! 絶対にイカサマしてるだろ!」


「いかさま……?」


 どうやら、イカサマという言葉は、イリアには通じなかったようだ。


「イカサマってのは……ズルってことだよ!」


「あー、なるほど。ふふ、何のことでしょうかね? 証拠でもあるんですか?」


 隠す気のないあからさまな言い方。


 イカサマをしたこと自体を誤魔化すつもりはないようだが、リガルで遊んでいるようだ。


「い、いや、それは……分からない……けど……」


 言葉に詰まるリガル。


 イカサマの証拠を掴んでいるのなら、先に言っている。


 そして、イリアはリガルが証拠もなしに言っていることを分かっている。


「け、けど、あんな連続で四枚組が来るなんてこと普通はあり得ないだろ!」


「私は日ごろの行いがいいから、きっと神様がプレゼントしてくれたんですよ」


「んなわけ!」


 しかし、中々イリアは自分の口から「イカサマをした」とは吐かない。


 そんなイリアに、ぐぬぬ……、とリガルがうなっていた時、イリアが口を開く。


「けど、それを言うならお兄様こそ、何か怪しいことをしていたようでしたがね」


「「「…………」」」


 その言葉に、リガルは動揺したように硬直する。


 グレンとレイは、胡乱うろんな眼で、そんなリガルを見つめる。


「は、はぁ!?」


 一拍置いて、少し上擦ったような声で、誤魔化そうとするリガル。


 カマかけかもしれないので、すぐには認めない。


 しかし、この反応では、認めているようなものだろう。


 せめて、指摘されてすぐにこれを言えたら、まだ誤魔化せたかもしれないが、一瞬無言になってしまったのが、リガルが動揺している何よりの証拠。


「ふふ、そんな見えすぎた演技しちゃって……。可愛いですね」


「……演技じゃない。俺は本当にやっていないぞ!」


 必死につくろうリガルであったが、イリアの確信は揺るがない。


 何故なら……。


「私の場合は、お兄様と違って、ちゃんと証拠があるんですけどね……」


 じわり、とリガルの額に汗が光る。


 大人しくここで認めるか、ブラフだと信じて嘘をき続けるか。


 前者を選べば、完全に兄としての威厳は地に落ちるだろう。


 後者を選んで、イリアの発言がブラフであれば、大逆転の無罪判決だ。


 だが、イリアの発言がブラフでなければ、嘘を多く吐いた分、威厳は地に落ちるどころか、地獄の果てまで落ちてしまう。


 じっくりと悩みたい二択だが、返答に詰まるわけには行かない。


 僅かな時間でリガルが出した答えは……。


「……すみません! イカサマしてましたぁぁ!」


 リガルが選んだのは前者。


「やっぱり! JOKERを確定で手札に来るように操作してましたね? シャッフルの仕方に違和感があると思ったんですよ」


 イリアに怒った感じはない。


 まぁ、イカサマ自体はイリアもしているのだ。


 怒るよりも、イカサマを見抜いたことで得意になっている。


 だが、イリアは良くても……。


「……兄上。そんなせこいことをしていたのか……」


「……殿下、それは流石に無いですよ」


 まるで、「見損なった」とでも言いたげな冷たい表情。


 グレンも、レイも、普段こんな目をする子ではない。


(やめてー。俺のライフはもうゼロよ!)


 それだけに、リガルの心にぐっさりと深く突き刺さった。


 このトランプバトル。


 リガルは、ゲーム自体でもそれ以外でも、完全敗北を喫したのである。


 ライフが尽きる間際、リガルは薄れゆく意識の中で最後に思った。


(イリアのイカサマって結局なんだったんだ……。ディーラーでもないのに、どうやって四枚組を何度もそろえたんだ……)

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