第4話.魔術

 それから、しばらく射撃練習を黙々とおこなっていたリガルだったが、ある時ふと閃く。


(待てよ? 魔術がFPSに近いっていうなら、FPSで覚えたことを魔術に生かせないか?)


 例えば、一般的に「レレレ撃ち」と呼ばれる技術。


 これは、左右に動きながら射撃をする技術だ。


 棒立ちで相手と撃ち合っていては、敵は一点に照準を合わせておけばいいので、簡単にやられてしまう。


 だが、左右に動きながら撃つことで、敵は左右に動く自分にずっと照準を合わせなくてはならなくなり、一気に倒しづらくなるのだ。


 実戦を考えるのならば、この技術を取り入れて練習した方がいいだろう。


(やってみるか)


 リガルは、まず杖を構えると、一歩右に移動する。


 そして間髪入れずに左へ。


 これを繰り返す。


 しかし思うようにはいかなかった。


(クソ、思ったほどスムーズにいかない……。こんな速度じゃあんまり意味がないぞ)


 FPSと魔術がいくら似ているからといって、FPSは所詮ゲームである。


 自分の身体を動かすのではなく、動かすのはゲームのキャラクターだ。


 ゲームでは、左右に動くのはキーボードのAキーとDキーを交互に押せばいいだけ。


 キャラクターも、人間の身体能力の限界を超えた動きをしてくれる。


 しかし、リガルは人間の限界を超えることは出来ない。


 身体能力はそこそこ優秀な部類であるが、それだけでゲームのキャラと同等の動きはできない。


 特に難しいのが切り返しだ。


 早く動こうとすれば、当然勢いが付く。


 しかし、これは左右に動かなくてはいけないので、勢いが付いたところで、それを止めて、逆方向に動き出さなくてはならないのだ。


 慣性の法則が存在しないゲームだからこそ、急ブレーキからの逆移動が可能。


 レレレ撃ちを現実で行うのは、不可能だと言えるだろう。


(まぁ、当然のことだよな……。諦めた方がいいのか……?)


 頭を悩ませ、考えるリガル。


 だが……。


「あ、あの、一体さっきから何を……?」


 隣でリガルを見ていたレイが、変人を見るような目で尋ねる。


 何故なら、第三者の目から見てみると、リガルは射撃の練習中に突如奇怪な動きをし出したのだ。


 そりゃあ、変人と思われても仕方ないだろう。


 少し後方を見れば、講師までも胡乱な者を見るような目でリガルを見つめている。


(うっ、そりゃそうだ。少しは大人しくするか)


「ははは、ちょっと遊んじゃっただけだよ。変な動きをしながら当てられるかなーとか思って」


 リガルはひとまず適当な言い訳で変人扱いを回避。


「なるほど。でも、防御魔術以外を動き回りながら使うのは流石に難しいのでは……?」


「ええ、一流の魔術師なら多少は使えるとは思いますが……」


「ですよねー」


 レイと講師がリガルの言葉に、そんなことを言い合う。


 一見、何気ない会話であったが、リガルはそれに反応する。


(防御魔術……? なんじゃそりゃ)


 そう思い、すぐさま記憶を探るリガル。


 そして理解する。


 そもそも、この世界の戦闘用魔術というのは基本的に12種類しか存在しない。


 広い範囲に炎を撒き散らす近距離攻撃魔術『ファイヤーストーム』。


 攻撃範囲は狭いが、高速で炎の槍を飛ばす中距離攻撃魔術『ファイヤーランス』。


 速度は遅いが、攻撃範囲がファイヤーランスよりも広い火球を飛ばす中距離攻撃魔術『ファイヤーボール』。


 水の壁を作りだす広範囲防御魔術『ウォーターシールド』。


 一度の魔術起動で複数の水の矢を放つ中距離攻撃魔術『ウォーターアロウ』。


 広範囲に水を撒き散らす近距離攻撃魔術『ウォーターボム』。


 弾速の早い、低威力の風の弾丸を放つ遠距離攻撃魔術『ウィンドバレット』。


 ウィンドアバレットは3種類存在し、それぞれ射程や威力が微妙に異なる。


 岩を飛ばす近距離攻撃魔術『アースロック』。


 巨大な岩を自身の正面に作り出す近距離防御魔術『アースウォール』。


 自身の周囲に岩の壁を作り出す全範囲防御魔術『アースドーム』。


(なるほど。防御魔術はウォーターシールドとアースウォール、アースドームの3つか)


「ふむ、いいことを思いついた」


「リガル殿下……?」


 首をかしげて、リガルを見つめるレイ。


 しかし、その声は集中し始めてしまったリガルの耳には届かない。


(まずはアースウォールを狙った場所に出す練習をしてみよう)


 もはや、射撃練習の授業であることなど頭にない。


 講師も、かなり気が弱い性格なので、それを指摘することができない。


 え、えーっと、などと言ってオロオロするばかりだ。


 レイもそれを指摘する素振りはなく、むしろ興味深そうに見ている。


(あれ、でもアースウォールが使えないな……)


 そもそも、魔術を使うために必要な道具である、杖。


 これは、骨格フレームと、魔水晶マナクリスタルと、術式盤エンチャントボードで出来ている。


 ここで問題になるのが、術式盤エンチャントボードである。


 この部品は、発動する魔術を決定する役割を持つ。


 つまり、使いたい魔術の術式盤エンチャントボードが杖に元々内蔵されている必要があるのだ。


「レイ、この杖にはアースウォールの術式盤エンチャントボードは入ってないか?」


「いえ、射撃練習用の杖なので、防御魔法の術式盤エンチャントボードは入ってないと思いますが……」


「うーん、そうだよなー」


 望む返答ではなかったため、どうしたものかと困っていると……。


「あ、あの、殿下。アースウォールの術式盤エンチャントボードならこちらです」


 講師が後ろから、おずおずとアースウォールの術式盤エンチャントボードを手渡してくる。


「おぉ!」


 早速使っていた杖に入っている適当な術式盤エンチャントボードを取り出して、アースウォールの術式盤エンチャントボードに付け替える。


 完成した杖に内蔵された術式盤エンチャントボードを後から付け替えることが出来るのは非常に便利だ。


(では早速……)


 術式盤エンチャントボードを付け替えるなり、早速魔力を流し込む。


 杖の先端に取り付けられた魔水晶マナクリスタルまばゆく光り、岩が自身の正面に現れる。


「おお、これは凄い!」


「え、アースウォールって使いにくい防御魔術の一つですよ? 硬度は高いですが、動かすことは出来ないし……」


 アースウォールが起動できたことにより、喜ぶリガルだったが、それと対照的にレイの反応は薄い。


 だが、リガルは防御魔術として、その価値を見出したのではなかった。


「いや、この魔術は間違いなく凄いぞ。最も、防御魔術としての正しい使い方では無いが」


 堂々と、レイにそう話すリガル。


 リガルが見出した、アースシウォールの優れた点。


 それは、遮蔽物を作り出すことが出来るという事だった。


 FPSにおいて、遮蔽物というのは非常に重要な役割を持つ。


 例えば、2対1の場面。


 基本的に、FPSにおける人数不利というのは致命的で、よほどの実力差が無い限り負ける。


 とくに、なんの遮蔽物もない場所では、初めて2か月くらいの初心者2人でもプロゲーマー1人に勝利できるだろう。


 だが、遮蔽物がある場所ならば、状況によって実力差が少し上回っている程度でも、勝つことが十分に可能だ。


 例えば、岩に隠れていたら、左右から敵が襲ってきた場合。


 遮蔽物である岩を利用し、片方の敵の射線を切ることが出来れば、一時的に1対1の状況に持って行ける。


 その敵を倒した後、回復を入れるなりしてから、もう一方の敵と当たればいい。


 敵の距離が離れていることが前提ではあるが。


 初心者はよく、FPSが上手い人の特徴として、高いAIM力(銃の照準を敵に合わせる精度)を持つ人だと言う。


 もちろん、それも間違いではない。


 しかしそれ以上に、こういった遮蔽物などを上手く利用した立ち回りができることこそ、強さの秘訣なのだ。


 満足そうに、リガルはアースウォールを幾度か使用しながら、動き回る。


 そんなリガルを、理解でき無さそうに見ていたレイが口を開いた。


「じゃあ殿下。私と決闘をしてみませんか? その魔術が使えるってところを見せてください」


「は、はぁぁ!?」


 突然の決闘の申し込み。


 これには、リガルも大声で驚きの声を発さざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る