第8話

 器用貧乏って、本当にこの世にいたりするのだろうか。俺は絶対にその言葉に当てはまらない人間だから、何となく、そういう新しい世界に惹かれたりもする。けれど、器用貧乏って言われる人たちは、きっと、虚しさであるとか、理想と現実の差にもがいたりするんだろうと、ふんわりとではあるけれど、察している。

 対する、猪突猛進型の俺にだって悩みはある。馬鹿だな、とか、もっと言葉をたくさん知っていたら目の前の状況が良くなっていくのかもしれないのにとか。馬鹿は馬鹿なりの悩みがある。それを口にしても、そういう場面に遭遇しても、決まって周りは「馬鹿だな」と一蹴するだけなのだけれど。その度、お前が言うな、という気持ちと、そうだよな、という素直な俺が見え隠れする。そういう時にも、上手い回避方法の引き出しをたくさん持っていれば、なんて、無いものねだりをしたりして。自己嫌悪だって、勿論、ある。



「佐島、今日のメニューは何だと思う?」

「卵焼きは確定です」

「おー正解」

「激熱ですね」


 パチンコのおっさんか、と隣に座りながら吐いて、小さな弁当箱を佐島に渡す。

 佐島が俺の家に来て以来、佐島があまりにも母ちゃんの料理を旨いと食べるものだから、気を良くした母ちゃんが佐島の分まで弁当を作ると張り切りだしたのだ。本当に良いのか、迷惑なら遠慮しないで言ってくれ、と一応佐島に断りは入れたのだが、佐島はほくほくした顔で、何だかつい嬉しくて、と零し、母ちゃんと俺に深々と頭を下げたのだ。その様子に、新聞に穴が開くほど読んでいた父ちゃんすら、目を丸くして佐島を見ていた。本当に佐島は、希少な人間なのかもしれない。


「母ちゃん、明日からフルーツも添えるって」

「え、そんな、頂けるだけで十分なのに」

「良いって、良いって。その代わり、お手伝いしてくれたら、母ちゃんも父ちゃんも喜ぶからさ」


 そこの所だけよろしくな、と俺は笑むと、佐島はこくりと頷いて、目をはた、と瞬かせて、また頷いた。

 何となく、何となくだが、佐島はきっと、家庭の愛情というものに疎いのかもしれない、と失礼な物言いかもしれないが、推測をしていた。作ってくれた手料理を食べるのは久々だ、とも言っていたし、母ちゃんの会話に、うんうんと頷きながら相槌を打っていた姿は、まるで小さな子供さながらであった。

 それでも、何故か佐島に家族の事を切り出せないでいた。何となく今っていう時期は、男子って家族を恥ずかしがる時なんだと思うから。俺は隠そうとしても、母ちゃんがあんな感じだから、学校でもちょっとした有名人だ。それに、島内唯一の茶園を営んでいるというステータスだけで、既に俺の家とは、というトピックが持ち切りになるのは、一時期の波ではあれど、1度や2度、それ以上の頻度で質問責めにあうのだから、もうすっかり慣れっこになってしまった。


「トマトがある」

「これ、島のブランド品なの知ってる?」


 首を横に振る佐島に、俺はしたり顔で胸を張って言った。


「俺の同級生がやってる農園でさ、結構有名なトマトなんだよ。ブランドだから高いけど、お友達価格って事でこっそりお手軽値段で頂いてる。旨いんだよ。全国から注文きてさ、うちが落ち着いてたらたまに手伝いに行くくらい」

「この島は、本当に色んな有名なものに溢れてるんですね」

「そうだな。観光的な収入が大半かもしんない。魚も旨いし、釣りスポットとしても有名なんだぜ。今度、釣り行く?」

「さ、魚は、顔が怖いので」

「変な奴」


 魚の顔真似をすると、佐島に冷たい目で見られた。辛い。


「…いいなあ。友達が多いと、色んな情報が得られて、得した気分になりますよね」

「そうだな。でも友達って数が多ければ良いってもんじゃないと思う。現にさ、ほら、俺とこうして話してるじゃん。俺っていうひとつの媒体だけで、色んな情報も、思い出も出来るだろ?得してるんだよ、お前」

「…そうかなあ」


 佐島は首を傾げて弁当を畳む。ごちそうさまでした、と手を合わせる姿がきれいで、育ちが良いんだな、とその度に思う。佐島は、言葉遣いもきれいだから、家庭環境がどうであれ、育ちや教育が、少なくとも俺とは全く違う方向でされていたんだろうな、と思っていた。


 今日も天気良いな、とふと零した独り言に、ずっと晴れていて欲しいですね、と思ってもいないレスポンスが返って来た事に、俺はニヤリとした。



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