第7話



「…大きい」


 呆然と呟く佐島の背中を押して、中へ入るように促す。


「どうぞ~わが家へ、いらっしゃいませ」



「寒くなって来たからね、あったくして。ほらこっちあったかいから、おいで。ここは結構潮風が入り込むから冷えるんだよ。もうすぐごはんが出来るからね。ごはん、食べられないのってあるの?あったら言ってね。多かったら残しても良いから。ほら、うちって身体大きいでしょ?よく食べるから、加減が分からなくてね。しかし不思議だね。うちの子みたいなのが、こんなきれいなお友達を連れてくるなんて。来る子みんないい子なんだよ、島の子って感じで。でも、ほら、えっと…佐島くんだっけ。貴方みたいな華奢な子は珍しくてね。あら、あらあら、鍋が噴き零れそう!ちょっと待っててね。寝転んでも良いから、ゆっくりしてて」


 嵐のような早口の捲し立てに、佐島は完全にフリーズしている。俺は苦笑いして、ごはんが出来るまで自分の部屋に、と案内した。


「うちの母ちゃん、やばいだろ。あれ普通だから」

「…カエルの子はカエル」

「言えてる。母ちゃんずっとひとりで喋ってやんの。毎日だぜ?」


 キシシ、と笑い、お茶を勧めると、佐島は大人しく啜る。瞬間、目がパッと丸く開いた。


「おいしい」

「だろ?うち、茶園営んでるんだよ。もう何代目だっけかな。昔からあるらしくて」

「ほんとうに、おいしい」


 佐島の素直な反応が嬉しくて、何だか照れくさくなってくる。作ってるのは父ちゃん。摘むのは母ちゃん。たまに手伝うのが俺。そう言うと、佐島は「へえ」と頷いて、じっと湯飲みを覗き込む。


「目で見ても旨い、がうちのモットー。お茶って飲むとほっとするだろ?呼ばれた先で出されたら、嬉しいのもお茶。コミュニケーションの入り口にもなるし。そういう面でもお茶ってスゲーんだぜ」

「確かに。お茶を出されると、嬉しいです。今も、そうです」

「まあまあ呼ばれなって、出されるとついつい飲んじゃうよな。俺もこの歳だけどさ、うちのお茶が一番うめえし、一番心がこもってるって思ってる。その形になるまでの過程を1から全部見てるからっていうのも、勿論あるけど」

「何だか、先輩らしくないですね」


 夢があるって良いな、と佐島は呟く。俺は、佐島がそれ以上を言わない事を十二分に知っているから、言葉尻までしっかり噛み砕いて、飲み込んで、なあ、と声を掛けた。


「うち、手伝いに来ない?」

「…え、」

「うちの営業って島内だけじゃなくてさ、本土の人の手土産でも有名なの。戸数が多いから、商品にするのが大変で。な、お給料もちゃんと渡すし」


 佐島は、はた、と目を瞬かせ、湯飲みを置いて、しっかりこちらを見て。そうして、頭を下げた。


「ボクで良ければ、是非」

「マジ⁉」


 がたん、と机に膝をぶつけながら立ち上がる。思ってもいなかった展開に、俺は素直に胸を躍らせた。俺の言葉を、佐島が素直に受け取ってくれるなんて!


「母ちゃんも喜ぶよ!ありがとう、佐島!」

「い、いや…まだ手伝っていないし、実際やると、迷惑を掛けるかもしれないし…」

「そんなの1個も気にしねえよ!やったー!楽しみが増えたぞ!」


 俺は佐島の両手を掴んで、同時に上に振り上げた。呆然と俺を見上げながら、ぶらりと万歳をする佐島があまりにも間抜けで、俺はゲラゲラ笑った。


「佐島、やったー!って言え!」

「え、えっ?」

「いいから!やったー!」

「や、やったー…」


 俺は佐島を引っ張り上げ、ぐるぐると回りながら踊った。佐島は目をまんまるにしていたが、次第に柔くなっていって、すぐに吊り上がった。


「痛いです。離してください」

「へっへっへ、離すかこのやろ」


 脇腹をガッと掴むと、佐島は「ひっ」と声を上げて、身を竦める。パッと赤らむ顔に俺はまずい、と慌てて手を離し、次にくる鼻血に身構えた。ティッシュ何処にやったか、なんて視線だけで探していると、佐島は顔を両手で覆い、来るか、とじりじり近寄ると、蚊の鳴くような声がぽつりと聞こえた。


「…先輩って、本当に馬鹿」


 ばか。ばか?

 ばかって、また言われた。というか、泣かせた?

 俺は焦りを通り越して呆然としてしまい、重たい沈黙がふたりの間に流れる。母ちゃんの「ごはんよー」という声だけが、変に誇張されて流れて来た。



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