第4話
悲しいかな、もう見慣れてしまった1年の廊下の風景に、俺は溜息をついて腕を組む。1年にこそこそと噂話をされるのも慣れた。同級生の友達に変な目で見られるのも、慣れた。
「…先輩」
「佐島!」
後ろから声を掛けられて、パッと振り返ると、見慣れた黒いきのこ頭がこちらを見上げていた。佐島は俺よりも深い溜息をついて、呆れたように首を横に振る。
「もう良いですって。これだけでも噂になってますから」
「俺が噂になるのは良いけど、お前を巻き込んでしまっているのは申し訳ないな。ごめん」
ふい、と顔を背けて、俺の言葉を無視した佐島は、教科書を胸に抱えて俺の前を通り過ぎていく。俺はそれを慌てて追い掛け、後ろから必死に声を掛けた。
「つ、次の授業は何なんだ?」
「別に。関係ないです」
「得意教科か?と、得意なら、生物とか…」
「1年は生物は必須科目じゃあありません」
1年の時から適当に授業を受けていたのが仇になった。周りが不真面目な友達が多いというか、この島特有の文化というか。
そもそもこの島では、残る者と出て行く者の二択に分かれる。その際、歴然としてくるのは、残る者と出て行く者の、学力であるとか、社会能力であるとか、そういった一般的な、いわゆる「常識」というものの差が表れてくる。俺は勿論前者で、出来ればこの島で、ぬくぬくと生きていきたいなんて、ぼんやりとしか考えていなかったから、学校生活なんて適当だし、何とかなる精神でこれまでやってきた。何せ俺は、特段この島内で変な噂も立っていないし、嫌われていない。
出て行く者の特徴として、主に転勤族であるか、もしくは本土に興味があるか、それか変な噂が立ち、嫌われ、出て行かざるを得ない状況に陥るかのどれかである。佐島の場合、どうなのだろうか。やはり、島を出て行きたいのだろうか。多分、そうだろう。ここまで、というと失礼な物言いになるかもしれないが、現実問題、ここまできてしまうと、出て行かざるを得ない気もする。
俺がもしその立場だったら、佐島のように気丈に振舞えるのだろうか。
「先輩。チャイム鳴ってますけど」
「あー…そうだな。遅刻だ」
佐島は教室に入ろうとして、少し立ち止まり、ふいに俺の方を振り返った。さらりと流れる黒髪が女子みたいで、まるでこの島の潮風なんて気にもしていない気強いその髪に、どきりとした。
「先輩って、馬鹿ですよね」
「ばか?」
ターン!と目の前で扉が閉まる。あれ、これ、デジャブじゃね?
須々木、職員室に来い、と先生に肩を掴まれても尚、佐島の「馬鹿」が頭の中をこだましていた。
佐島、お前。気が強いのか、弱いのか、俺はだんだん分かんなくなってきたぞ。
職員室の中で先生に説教をされながら、俺は佐島の事だけを考えていた。
続
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