第8話

 裏通りから、表通りに出ると、まだダラス警部補はいた。時計を片手に、時間を計っていたらしい。ちなみにリディエータが戻ってくるまでにかかった時間は、二十五分三十一秒だったという。細かい男である。


 彼を蹴りこむように、運転席に押し込んで、大至急、署に戻るように言った。

 帰り道、助手席でリディエータは地図を睨みつけるように見ていた。

 聖都の東と一言にいうが、東地区はかなり広大である。


 そもそも、聖都は中心部――中心区には城と教会総本山が隣り合うようにしてある。それを囲うようにして貴族たちが住む屋敷がある。


 北部地区には商家などが数多く立ち並び、商店街や市などで絶えず賑わっている区画であり、夜も眠らない地区と呼ばれている所すらある。


 また、商人や職人など平民でも金を持ち、上等な生活をしている人たちが暮らしているところでもあり、そこから反時計回りに進むほど貧しくなっていく。普通の平民が数多く暮らしているのが西地区。そして南地区は完全な貧民街となっている。


 そして、聖都の東――東地区というところは施設類が数多く建っている区画だ。

 聖都警察本庁も東地区に存在している。その他にも、医療院や監獄なども点在している。


「着きましたよ。リディエータ警部」


 思考の没頭するうちに警察本庁に到着していた。


「――ロズモンド警部です。ダラス警部補」


 いつものやりとりをして駆動車を降り、署内に入っていく。


「ダラス警部補。東地区で起きた事件を知りたいので、年代別に用意してください」


 彼は、なぜそんなものを、といったように首をかしげたが、結局は頷いた。


「わかりました。リディエータ警部」


「ロズモンド警部です」


 再度注意して、リディエータは机に向かった。


 そして、二時間後――

 用意してもらった書類を前に、リディエータは爪を噛んでいた。

 とくに変わったことはなにもないのだ。


 レインが十二人の使徒をターゲットにしているのだから、それ関連の施設でも事件がと考えたのだが、めぼしい事件はなにもない。


「あぁ、もうー。どうしたもんかしらねぇ……」


「いったいどうしたんです。いきなり東地区について調べだして」


「ちょっと……」


 まさか猫に化ける悪魔に、東を調べろと言われたなど口にはできない。間違いなく頭がおかしくなったと思われるだろう。


「……気になることがあっただけです。ダラス警部補、最近東地区で変わったことはありませんでしたか?」


「そうですねえ」


 ダラス警部補が顎に手をやり、宙をしばし見て、それから机に視線を落とす。そこにあったのは監獄に送られる犯罪者の調書だった。彼は手をたたいた。


「そういえば、ロマリア監獄で十二人の使徒の筆頭アドルトゥエノフ公が説法をなさっているとか」


「え、それ本当ですか?」


「ええ、知っていると思いますが、最近やけに監獄送りにされる犯罪者が増えているじゃないですか」


「そういえば」


 この頃は、貧民が監獄に送られることが多くなった。貴族の私兵による『貧民狩り』などと呼ばれる行為が横行し、些細な理由で捕まえられてしまうのだ。


「それで、監獄はもういっぱいで、どうやってこの人数を収容しているのだろうと思うほどですよ」


「そんなに多く捕まえているのですか?」


「ええ、昨年度と比べると異常なほど多いですよ」


「それだけ多いと囚人が決起して反乱でも起こさないのかと考えてしまいますね」


 実際に過去、そういう事件があったのだ。


「それで、アドルトゥエノフ公が説法を行っているそうですよ。なんでも公の説法を聞くとどんな乱暴な囚人も別人のように従順になるのだとか」


 ここで、ふと気づく。


「でも、なぜわざわざ第一の使徒であるアドルトゥエノフ公が?」


「それは、ロマリア監獄がアドルトゥエノフ公の管轄だからでしょう」


 天啓がひらめいた気がした。

 では、貧民狩りを指示しているのもアドルトゥエノフ公なのか。


 でも、なにが目的でそのようなことを?

 それこそが、ベルトリアが言っていたことなのか。


 リディエータは少しだけ考えると、すぐに席を立った。

 考えてもわからないのだったら、行けばいいのだ。いますぐ監獄まで行ってこよう。


「少し、外回りに行ってきます」


「では、私も」


「いいえ、一人で結構です」


 これは独断専行なのだ。彼に迷惑をかけることはできない。

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