第140話 夜明け

「私は、好きにして構わない。もう良いんだ……というか、もう、疲れた。」


話し終えた彼は、やりきったとばかりに地面に座り込みつぶやいた。


彼のしたことは許されることではない。


けれど、僕はどうしても、彼を裁くことはできなさそうだ。


だって、彼と僕は……おそらく、似ているから。


過去に固執して、未来を向こうとも過去に縛られて。必死に生きている今でさえも、過去の延長のように思える。


それが良い記憶か、悪い記憶かの違いだ。


ただ、彼をこのまま生かすことは……それは、あまりにも……。


せめて、なにか一つ契約とか、約束的なものをしないと……。


「お困りかな?」


考えている僕に、上から声がかけられる。


「精霊王さん……に、魔王!?」


驚いて見上げれば、そこには精霊王さんと魔王の姿があった。


「待てど暮らせど来ないから、心配で来てしまったが、杞憂だったかな?」


魔王は軽くウィンクをしながら言った。


「それで、私の力が必要なんじゃないのか?」


「え?」


精霊王さんの言葉に、僕は『どういうこと』と聞き返す。


「ほら、契約――精霊契約が必要なんじゃないのか?」


首を傾げながらつぶやいた彼女に、僕も内心首を傾げる。


精霊契約……?


聞いたことはある。確か、一度決めてしまえば、変更することは出来ず、解除するには精霊の力が必要になる。


契約を破ろうにも、全世界に無限に近い数存在する精霊の力での契約だ。そう簡単には……というか、ほとんど破ることはできない。


という、精霊の力を使った契約だった気がする。


その強固さ故に、国同士の取り決めや、本当に破られたくない契約のときに使われると聞いたことがある。


精霊契約……精霊……精霊…………精霊王!!


そういうことか!!


「お願いできる?」


「もちろんだとも。」


問いかけた僕に、精霊王さんは明るい笑みで答えてくれた。


「契約、しましょう。精霊契約。」


僕は彼に向き返る。

彼は下をうつむいて、うなだれていた。


「と、いうことは……」


「僕は殺しません。生きてください。」


顔を上げた彼に、僕は告げる。


それは、優しいように見えて、とても残酷な宣告。


「そうか……」


彼は、それを受け止めるように小さくつぶやき、哀しげに微笑んだ。


「賢者を求めることを辞めろとは言いませんが、絶対に人に迷惑をかけないこと。他人を傷つけないこと。あとは、賢者の話などを教えてもらうこと。そして――――」


僕はまたうつむいてしまった彼に、契約の条件を告げる。


「ちゃんと幸せに生きること。それらを条件にします。良いですか?」


僕が念を押すように顔を覗き込むと、


「…………あぁ、分かった。」


彼は複雑そうな表情で、僕を見上げて頷いた。


「じゃあ、行きますよ。手を出してください。」


僕が手を出すと、彼もおぞおぞとそこに手を合わせてくる。


彼の手は思っていたよりも大きくて、それでいてゴツゴツとしていて、お世辞にもきれいとは言えなかった。だけど、僕はそこに何故か温かいものを感じた。


「お願いします」


僕が声をかけると、彼女は小さく頷いて、僕らの手に上から自らの手をかざす。


「精霊の元により、汝ら誓い合い、変わらざる契りを交わせ」


彼女の透き通るような声に合わせ、僕らもつぶやく。


契約コンタクト。」


契約コンタクト


名前のない月が浮かぶ漆黒の夜に、二人の声が木霊する。


僕らの声に合わせて、手が淡く水色に光った。


「少年……ありがとう」


彼は数秒、その光を見つめると、おもむろにつぶやいた。


「過去も大切ですけど、あなたの『今』が一番大切だと思いますよ。」


どこか似ている彼に、僕はそんな曖昧なアドバイスをする。


「そう……だよな…………」


抽象的な言葉も彼には伝わったらしく、彼はゆっくりと頷いて下を向こうとして、辞め、天を仰ぐように上を向き直した。


「最後に、名前を教えてもらえますか?」


僕も空を見上げて、大きな月を見つめながら尋ねる。


男、とか、Xとか。彼の名前らしきものを聞いたことはなかったと思い出したのだ。


「あぁ……そういえば、言ってなかったな。わたしの名前は―――――」


こうして、騒がしい夜はやがて明けていった。

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