第139話 愚者の独白ー後ー

「そう思ってからは、もう一直線だった。すべての力を使って、彼を求めた。彼を、蘇らせようとあがいた。けど、消えた人を蘇らせるなんて魔法、いくら探しても見つからなかった。」


彼は悔しさをぶつけるように、右手を膝に強く叩きつけた。


「探して、探して、探し続けて、やっと弟子のうち一人が見つけてきたのが、魔力を集めるということだった。なんの文献で見たかはわからないが、とにかく魔力を集めて彼女……Yに渡せば、賢者は蘇るのだと。そうして、私達は魔力を集め始めた。」


そうなのか……。

だから、彼は魔力や人の数に異常なまでの執着を見せていたのか。


「魔力を集めるのは、人を恐怖させることによってできる。だから、人々を絶望させ、魔力を集めた。」


魔力は、人を恐怖させることで集まる……?

僕はその言葉に違和感を覚えたが、今は彼の言葉を聞こうと口を閉じた。


「けど、そんなことで集まるのはほんの少しだった。まだまだ足りないと言われた。そんな中、見つけたのが聖女に関することだった。」


おもむろに顔を上げた彼に、


「それは……?」


リリア様が尋ねる。


「本当の聖女には、とんでもない力が宿ると。」


「っ!!」


彼がつぶやいた言葉は、衝撃的なものだった。

彼の行っていた行動のすべてが、ここで一つにつながるような気がしたのだ。


「とにかく、聖女を捕らえてYに渡せばいいらしい。だから、私は襲ったのだ。」


彼はそう言って、頭を下げることなくこちらを見つめた。


「当時は……というか先程までは、思考にもやがかかったように、とにかくそれしか考えられなかった。」


見つめ返した僕らに、バツが悪そうに目をそらした彼は、少しうつむきながら頭をかく。


「今冷静になれば、おかしいことだと気がつく。だって、ここ最近の私は……狂っていたから。明らかにおかしかったから。狂人……愚者……ははは、そんな言葉が似合ってしまうとはな。」


彼は皮肉気味に自分を笑った。


「質問……いいですか?」


彼の話が一段落ついたところで、ずっとうつむいて何かを考えていたリリア様が顔を上げた。


「あぁ、私はもう負けた身。なんでも聞いていい。」


「聖女には力が宿ると仰いましたが……実際、私にそんな力なんてありませんし、先代もそんなものはなかったと聞きますが……。」


彼女はうつろな彼の目をまっすぐと見ながら、少し言いにくそうに問いかける。


「そ、そうなのか……? Yが言うには、秘匿された力があるとか……とにかく、捕らえたら自分のもとに持ってこいと言っていた。」


彼は戸惑うように驚いて、そうつぶやく。


「僕からも。人々を恐怖させたら、魔力が起こるって本当ですか? それで起こるのは、魔力じゃなくて…………」


最後まで言おうとする僕に、


「たんなる恐怖、絶望、怨み、辛み……と、言いたいんだろう?」


彼は言葉をかぶせて、こちらを見上げた。

僕は無言で、コクリと一度頷く。


「それらの悪感情の中に、魔力が混じっていると聞いた。これも、とにかくYに渡せば……渡せば…………」


彼は話しながら頭をかこうとして、不意に何かに気がついたように。


気がついていたけれど、見ないようにしていたものを見てしまったように、動きを止めた。


「あなたはその、何も知らないのですか……?」


沈黙が響いたその場に、リリア様の問いが響く。

それは優しい声だったが、彼の心を突き刺すには、十分すぎるほど尖っていた。


「そ、そうだな、言われてみれば、何も知らないな。こ、これじゃまるで……まるで…………」


彼は取り繕うように空笑いをした。


声の余韻だけが残る夜の空気に、彼が自らの太ももを叩く音だけが響く。


そして、やがてそれも途絶え、




彼女に騙されてるみたいだ……あ、はは、あはは……あは……あ、は、は、は……」




残ったのは、空笑いをしながら涙を零す、愚者の姿だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る