第135話 戦いは傾く

「燃えろぉッ!!!!」


炎の球が宙を舞い――


「冷やせ」


――瞬時に凍る



「爆ぜろぉッ!!!!!」


はち切れそうな赤い玉が放たれ――


「射抜け」


――弾ける前に射抜かれて消えていく



「消し去れぇッ!!!!」


真っ赤に燃え盛る鳥を模した炎が襲いかかり――


「落ちろ」


――その一言で地面に墜落する



「死ぃねぇぇぇええええッ!!!!!!!!」


男の渾身の一撃、溶岩の濁流が押し寄せるも――


「防げ」


――精霊と魔法と、そして単純な魔力の前にそれも消えていく。


お互いに本人たちには全くダメージが与えられずに、ただ地形だけが歪んでいく戦い。


正直、不毛だった。


彼の攻撃は僕に通じず、僕は彼の攻撃の処理に手一杯で攻撃に転じることができない。


このまま行ったら、この辺り一帯の地形を一変させてもなお、僕らの戦いは終わりを迎えないだろう。


仕方ないけど、少々の危険は承知で仕掛けるか。


「消えろッ!!!」


「消え去れ」


男の打った炎の渦巻きを、右手で生み出した魔法によって散らす。


気づかれないように、左手で魔法を編む。

この不毛で、見窄らしい戦いを終わらせる一撃を。


「くそッ!!! 埒が明かないッ!! 感謝しろ小僧、お前には我が主の秘技をくらわせてやるッ!!!!!」


埒が明かないと思っていたのは、彼も同じらしく。

我慢ができないというように言い放って、男は大きく後ろに飛び去った。


「地獄よ、ここに具現せよ!!!!」


腕を大きく振り上げた彼は、狂気に満ちた笑みを浮かべて叫ぶ。


グググと、鈍い音が響いた。


僕と彼との間にはなにもないはずなのに、まるでそこに何かがあるかのような存在感に襲われる。


グググ、グギ、ググ


錆びた金属の音のような何かが唸るように響き、は現れる。


「ッ!!? なに……これ………」


僕は襲いかかってくる威圧感のような、なんとも言えない圧に押されながら声をひねり出した。


虚空からゆっくりと、ゆっくりとは現れた。


真っ黒な夜空に溶け込んでも、なお黒いは、静かに顔を上げる。


「狼……?」


「獣の成れの果て。知能なんて全く無いが、お前の相手をするくらいなら朝飯前だッ!!!」


つぶやいた僕に、勝ち誇って男が叫ぶ。


男が価値を確信するのも無理のないほどに、は圧倒的な存在感を放っていた。


正直、虎の沼の魔物と同じくらい……それよりも少し上といったところか。


これを一人で相手するのは、流石に…………。


「イケ、暴れろ」


弱気になった僕を嘲笑うように、男は一言つぶやいた。


音速よりも光速のほうが速いというが、それをこんなところで実感するとは思わなかった。


男のつぶやきが僕の耳に入るよりも先に、僕の目の前にが現れる。


「ッ!!!? ゴフォッ……!!!」


僕は剣で対応するが、それでも力を逃しきれずに、最後には脇腹の一部を犠牲にから距離を取った。


力勝負だと負ける。


何か考えて、策を打たないと……。


そう思ったが、そんなことをが許してくれるわけもなく。


「®*"`&-"¢™£$9#9°≠―――――――」


潰れた喉で何かを叫んで、は僕の方へと突っ込んでくる。


見えないッ!!


風の感覚と圧迫感の移動だけを頼りに、の攻撃をいなす……が、とどまることを知らない攻撃の雨にすぐに押され始める。


「クソッ!!!!」


僕は苦し紛れにそう叫んで、体をひねる。


直後、


「ぐぁぁぁっ!!!」


さっきまで僕の心臓があったところに、の爪が走る。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


左の肩を犠牲に、なんとか一度距離を取ることができた。


できたのだが……それまでだ。


相手はドロドロとした黒でできていて、かろうじて4足の体を成している。獣というのには、あまりに醜い存在。


僕からの攻撃は弾かれ、ダメージもあまりないように見られる。


それに対して、僕は脇腹と肩を犠牲にしているし、アドレナリンなどによる覚醒効果も切れ始めていて、どんどんと痛みが響いてきている。


正直、このままじゃ勝つのは難しい。

というか、絶望的。


一人だったのなら、すでに逃げ出していただろう。

というか、一人じゃなくても逃げていた。


たくさんの命と自分一人の命。どちらが可愛いかと言われれば、我が身に決まっている。


僕は誰彼構わずに助ける、誇り高い英雄ではない。


なのに、


なのに、血を流しながら立っているのは。否、立てているのは。



「レストさん……」



ひとえに、彼女のおかげだろう。




―――約束してしまった、絶対に守ると。

――決めてしまった、君の英雄に成ると。




だから僕は、諦めない。

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