第134話 見かけの美しさ

「お待たせしました」


僕は振り上げられたナイフを抑えながら、そうつぶやいた。


そして、それと同時にホッと胸をなでおろした。


ついさっき着いたところだから、あと少し遅れていたらと思うと大変なのだ。


リリア様は自分から怒らせるようなことを言っていたから、彼女には勝算があったのかな。


もし僕の行動やらなにやらを計算して、ああいう行動を取ったのならばあっぱれの一言だし。


何の策もなく、ただただ底抜けな僕への信頼からのものだったら、それはそれで嬉しい。


まぁ、危ないことはしないで頂きたいのですけど。


さて……と。


できることなら、誘拐犯さんと交戦せずに穏便に済ませたいのだけど……。


「コロスコロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!!!!」


この様子を見る限り、それは無理そうだな。


よほどリリア様の言葉が堪えたらしく、彼は僕の存在を気にもせずに、目をちばしらせてリリア様を睨みつけている。


「クソ女に、クソ野郎……絶対にコロス。我が師、我が主への屈辱、許すまじ……!!!!」


リリア様を背にかばった僕にナイフを向け、彼は吠えた。


我が師、我が主とは一体。


彼がリリア様を攫った理由もわからないし、何よりこの事件は単独としてあるものではないような気がする。


学園での事件とか……いや、もっと昔。


言うならば、そう。

古の昔から続いているような。


一筋縄では行かない何かが絡んでいそうな予感がする。


「考えるのも大切だけど……今は、護衛の役割を果たすのが先かな」


僕は加速し始めた思考を程々で放棄して、今にも飛び掛からんとする男を見つめる。


様子からして魔術師……それも、かなり強い。


怒りに狂って理性がトんでいたとしても、彼が練り上げている魔法の精度は桁違いだ。


「死ね、火炙りで死ねぇッ!!!!」


彼が叫ぶと同時に、両手から赤を通り越した、“紅”の炎が噴き出す。


「ッ、早いっ!!!」


咄嗟にリリア様を抱きかかえて、後ろへと飛ぶ。


「や、やばいな……」


さっきまで僕が立っていたところが今は溶岩のように溶けて、ドロドロと燃えている。


「何か、手伝えますか?」


頬を引きつらせる僕を見たのか、リリア様が耳元で囁いた。


「今回は少し離れて見ていていてください。護衛ですから、お守り致します。」


彼女の助力は魅力的ではあるけど、護衛としてそれに甘えるわけにはいかない。


それに、彼の相手は魔術師ではない彼女には、少しばかり酷だ。


聖女の持つ力は、大人数が動く場所では最高の効果を発揮する。逆に言えば、このような一対一の場面ではその真価を表せない。


「分かりました。絶対に、守ってくださいね。」


彼女もそのことが分かっているのか。

食い下がらずに、そう微笑んでポンと僕の肩を叩くと、後ろへと下がっていった。


「コロスコロスコロス……焼けないのなら、もっと熱く、全てを燃やせぇッッ!!!!」


僕が男の方を向き返ったのとほぼ同時に、彼はそう叫んで右手を突き出した。


「水の精霊ッ!!!」


開いた手のひらから、ドロドロとした球体が出てくるのを見て、僕は嫌な気配を感じて咄嗟に叫ぶ。


刹那、膨れ上がった球体が破裂して真っ赤な液体が撒き散らされると同時に、急激に空気の温度が上がる。


「ッ!!!!」


跳ねた液体の一部がこちらに飛んでくるが、水の精霊の力で生み出された水の障壁が間一髪で間に合って、防がれた。


だが……マズイ……!!!


防いだはいいものの、高熱のマグマを大量の水で受け止めたら、瞬間的に熱せられた水が気化を初めて体積を急激に膨らませる――水蒸気爆発――が起こる。


や、ヤバ……死ぬ……!!


僕が目の前で起こる水と炎の接触に、目を閉じかけたその時。


障壁バリアっ!!!!」


そんな、よく通る声が響き、半透明の膜が現れた。


「ッ――――!!!!」


僕は爆発に吹き飛ばされるが、なんとか空中で姿勢を整え直して、着地に成功する。


あ、あぶねぇ……。


リリア様が貼ってくれた障壁がなかったら、間違いなく終わっていた。


守るとか言っといて、結局助けられてるじゃんか……。


情けない。


「ハハハ、邪魔なものはなくなった。目的は王女の血――――あとは、全部コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロス――!!!!!」


男が狂った笑みで叫びながら、両手を振る。


先程の炎と爆発で、建物はおろか周りの一帯も吹き飛ばされている。


直接液体に触れた地面の一部はドロドロに溶けてしまって、足場のコンディションは最悪と言っていい。


「死ねぇ、シネェッ――!!!」


街から離れた小高い場所なこともあって、真っ暗でとても美しい星空に、彼の投げた炎の球が異質に赤く光っていた。


闇弓あんきゅう


景色は最高なのに、やっていることが殺し合いじゃあ、風情もクソもあったものじゃないな。


僕はそんなことを考えながら、飛来してくる炎の球を闇の矢で射抜いていく。


水を使わずに炎を処理するのは難しい。

風で飛ばすのも考えたけど、完全に消すことはできない。


科学的には行き詰まり……ということで。


科学の外側、完全に魔法的力である闇で対抗しようという作戦だ。


赤く光る球に闇一色の矢が突き刺さり破裂し、やがて消える。


本当に、見た目だけは花火のようで美しい。


「死ねよ、死ねよシネヨシネヨシネヨシネヨ……あぁ、我らの師よ。貴方様を御迎え致しますぅぅゥウ――――コロスゥ――!!!」


見た目だけは、ね。





賢者を巡る戦いは、見窄らしくも続いていく――



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