第131話 聖女と愚者ー交差ー
「ん……っ……!!!?」
いつの間にか眠らされていたリリアは目を開き、体をビクリと震わせる。
見たことのない天井。そして、生暖かい空気。
感じるその全てから、なにか不気味なものが伝わってきた。
「おはよ〜!! 気分はどう?」
パチリと瞬きをして目を開けば、調子のいい笑みを浮かべた男の顔が目に入る。
「こ、ここはどこですか……?」
リリアは自分の状況を把握しようとあたりを見渡しながら、男に問いかけた。
まだこの男が善か悪かわからないが、ぼんやりと黒い雰囲気は漂ってきている。
「さぁーあ、どこだろーね?」
男は楽しそうにニヤリと笑うと、コツコツと小気味のいい音を鳴らしながらあるき始める。
「っ!! あ、あなたの目的はなんですか?」
「うーん、どーだろーね?」
ガバっと体を起こして半ば叫ぶように尋ねた彼女に、男は体を左右に小刻みに揺らしながらおどけて返す。
「話す気はないということですか……」
リリアはそうつぶやいて、どうにか脱出への糸口をつかもうと思考を始めるが……
「いや別に? 話してもいいよ、時間はたーっぷりあるし。じゃあ、クイズをしよう!! だいいちもーん!!」
男はあっけらかんと言い放ち、いきなりどこかのクイズ番組の司会のように大声を張り上げて、人差し指を立ててみせた。
「ちょっ……」
「昔世界を救ったとされる英雄を答えよ!」
リリアが止めようとするのを聞かず、男は心底楽しそうに出題する。
「えっ……勇者と聖女。それに魔法使いと盾使い。あとは……大賢者。」
リリアは少し考えたあと、このくらいの常識問題ならと、答えてみせた。
「ピンポーン!! じゃあ、彼らの最後は?」
嬉しそうに手を叩いた男が、次なる質問を投げる。
「確か、魔王との戦いで大盾使い、魔法使い、聖女、勇者が死亡。生き残った賢者様は寿命を全うして亡くなった……ではないですか?」
リリアは自らの常識を確かめるようにつぶやいて、答える。
「ピンポーン!! 正解っ!!! そうやって伝わってるよね〜……けど、それって本当なのかな?」
ニッコリと微笑んだ男は数秒の沈黙の後、その微笑みを不気味なものに変えて意味深につぶやく。
「え?」
リリアはその意図がわからずに、首を傾げた。
聖書で伝わっているのはそのとおりだし、この世界の皆がそうやって教わったはずだ。間違いなんてあるはずがない。
「昔からずーっと仲の良かった仲間たちが目の前で死んで、それでも自分は生き残って英雄として祀られて、それでハッピーハッピーで大団円……ってなるかな〜?」
男は首をメトロノームのように左右に振りながら、疑問を投げかける。
彼は先程から一貫して微笑んだまま。
笑っているはずなのに、その瞳は際限なく広がる深淵のようで。見つめていたらそのまま吸い込まれてしまうような迫力を持っていて、リリアはそれが少し怖かった。
「そ、それは……」
確かに言われてみれば……と、リリアは考える。
勇者パーティーは皆中がとても良かったと言われている。
その中でも、賢者は人一番皆のことを思っていたとも。
そんな彼が、仲間が死んでしまったのにも関わらず、民に崇められて名誉の仮面をつけられ、ただ余生を謳歌するだろうか。
リリアは自らの常識が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じて、ブルリと身震いをした。
「まぁ、教会が伝えてることなんて嘘が混ざってるのは当たり前だよね〜。うん、いい感じに時間も潰せたし、じゃあ本題に行こうかな〜!」
「ほ、本題……?」
パチンと手を叩いて切り替えて言う男に、リリアが聞き返す。
「うん! 君をさらった本当の目的わね〜〜」
男は実に楽しそうにニコニコと微笑んで――――
「君の力がほしいんだ」
――言った
その瞬間。差し込む光、吹き付ける風、空気の流れ。そんな世界そのものが止まったような。そんな、背筋が凍てつくような感覚に襲われる。
「私の……力?」
リリアは男の微笑みに、一歩下がってしまいそうになるのを堪えて、尋ねる。
口の中の水分が消えていくのを感じていた。
「そう。聖女様に宿る圧倒的な魔力と聖力。それを手に入れて、我々はあの方を、あのお方を復活させるのだっ!!!!」
男はリリアを見つめ、されど焦点はそこに合わさず。
リリアの瞳の先にある何かを見つめて、叫ぶ。
「そ、そんな力ありません……! 魔力だって、人よりは多いですけどそんなたくさんはないですし、そもそも聖女にはそこまでの力はないです。」
リリアは男の説明を否定する。
そんなものがあれば彼女はあんな場所に幽閉されていなかったし。自らの非力を恨むこともなかっただろう。
「いやいや〜、嘘ついても無駄だよ。知ってるんだもん。神の祝福だかなんだか知らないけど、与えられた聖なる力を魔力に変換できるんでしょ?」
「そ、そんな力知りません……!!! 本当に知らないです……。」
お互いの主張は見事に交差し、すれ違う。
どちらが正しいのか。はたまた、どちらも間違っているのか。
もしかしたら、どっちも正しかったり。どちらか片方が騙されているのかも、しれない。
それは誰にも分からない。あくまで推論であり、想像の域を出ないからだ。
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