第128話 リリアのお仕事
「はぁはぁ……」
少女の疲れ切った甘い嬌声が部屋に木霊する。
彼女の顔からは隠しきれない披露と、かすかな喜びを感じられた。
「はぁ……ぐぁ……」
目の前で、こちらも汗だくで疲れた顔の男が息を吐きながら服を脱ぐ。
「はぁ……はぁ……」
「ぐぁ……はぁ……」
二人は見つめ合い、なにか確かめるように頷くと。
お互いに手を伸ばし、自分自身のそれを持って強く握りしめ――――
「んぐっんぐっ、くぅー!!!! 生き返るー!!」
「はぁ……生き返りますね。いや、よくここまで来ましたよ。」
侯爵はは豪快に、リリアはお淑やかに執事に出された冷たい水を飲み干した。
ここは屋敷の執務室。
4日間のカンヅメの末、ようやく積み重なっていた書類や確認事項があと1割ほどまで減った。
「明日で終わりますね」
「確認を入れても明日には必ず終わります。いやぁ、本当にお疲れさまです。」
積み重なった書類はまだ多いことは多いが、それでも山のように積み重なっていたはじめからしたら何倍もマシだ。
頭の回転の速い二人が最高効率で仕事を進めたからこそ、ここまでこれている。
これが普通の文官ならば二人がかりでも一ヶ月はかかっていただろう。いや、場合によってはもっと。
王都の文官ですら、一週間でできればいいところだ。
「はぁ……おかわりをくれ」
侯爵がグラスを掲げて言う。
すると、すぐさま初老の執事が現れ、そのコップに水を注いでくれる。
「……?」
その光景を見てリリアは疑問を抱いた。
水を注いでいる間、侯爵に執事が何かを耳打ちしているのだ。
この四日間の侯爵の本来の執務は執事がこなしていると聞くが、なにか事件でも起きたのだろうか。
もしかして、またあの人が巻き込まれていないか。
リリアが最悪のケースを想定して顔を青くしたとき。
「大丈夫ですよ」
侯爵がリリアを優しい目で見ながら言った。
「定期報告です。ダンジョンの魔物が少し弱いとか、冒険者が亡くなったとかその程度ですのでご安心を。」
「そ、そうですか。すみません取り乱して。」
微笑む侯爵に、胸をなでおろしたリリアが軽く頭を下げる。
王族たるもの簡単に家臣に頭を下げることは許されないが、彼女は第三王女。しかも、王女の中でも異例の存在であり、王位継承権はあってないようなものだ。
これが国王、皇后。王太子になれば話は別だが、彼女の頭くらいならば軽く下げても許される。
「いえいえ。大切なものは、いくら手にかけても心配なものですから。」
侯爵はそうつぶやいて、静かに水を口にした。
「さぁ、残る仕事を終わらせましょう!」
「はい」
こうして、二人は再び書類の山と向かい合った。
◇ ◇ ◇
「さて、さてさて、さーてさて」
誰もいない丘で、男が一人叫び声をあげる。
「すべての計画は順調ですね〜。もしも、神の手勢がやってくるというのならば、私直々にお相手して差し上げようじゃないですかっ!!
男は水の都を見下ろしながら、恍惚とした表情を浮かべる。
「ふふふ、楽しみですね〜。王女様、あなたの騎士はどんな味がするんでしょうか。」
ペロリと、その舌を出して彼はつぶやいた。
砂時計の砂は落ち続け、残りは少し。
男の準備は整った、あとは君だけだ――――
――――賢者よ
◇ ◇ ◇
「ふぁぁ……」
目を覚ました僕は窓から差し込む光に目を細めて、背伸びをする。
「やっぱり布団が一番だよね」
このフカフカ感と暖かさ。そして安心感。
布団というのは本当に素晴らしい発明だと思うよ。
『今日はなにするのだ?』
んーと体を伸ばしながら、精霊王さんが言う。
もうあの人の姿ではなく、精霊のいつもどおりの姿に戻っている。
人間の姿を維持するのは力がいるらしいし、別に人の体じゃなくていいから戻ったということだ。
「休憩!! と、行きたいところだけど、ずっと休むのは性に合わないから、軽く精霊剣の素振りでもするかな。手に馴染ませたいし。」
僕は離れがたい布団とお別れし、部屋の真ん中にあるテーブルまで歩く。
『そうか。言ってなかったかも知れないが精霊剣は周りに精霊がいたり、精霊からのちからの供給が強いだけ強くなるぞ。ああ、だからといって精霊がいないところでは使えないわけじゃないから。デフォルトでとかなりの強さだから安心して。』
そんな機能があったんだ。
精霊剣という名前だし、その誕生の話からするにその機能は納得できる。
何属性かとかで剣の色とかが変わったら面白いのになーと思いながら、それでは氷の精霊剣である意味はないのかと思った。
そんな水の都5日目。
何も変わらない普通の日。
僕はそう思っていた、まだこのときは……。
………
……
…
「はぁっ!!」
僕は大きな踏み込みから、袈裟斬りを放つ。
目に見えぬ速さで繰り出された剣が彗星のように尾を引く。
「これさ、相手から軌道見えちゃわない?」
僕はふと思った疑問を投げる。
白くてキラキラで綺麗だが、実戦で使うとなると位置とかがバレてしまうのではないだろうか?
「それも精霊剣の一部だ。持ち主と、あとは精霊達にしか見えない。他に見えるとすれば、よっぽど水属性の精霊に愛されてるやつくらいだ。そして基本的に水の精霊は人と交わらない。だから案ずるな。」
不安そうにする僕に精霊王さんが教えてくれる。
なるほど、このキラキラも剣の一部なんだね。
「美しいだけじゃなく、ちゃんと考えてるなんて流石だな。」
僕が剣を見つめながら感嘆すると、
「まぁ本当は現実でキラキラさせたかったけど、質量とかの関係で無から生み出すことはできず、かと言って剣に魔法こめるのも魔力供給とかからして変換効率の問題から無理。ということで、妥協で精霊の力をちょちょいとやったわけだ。」
精霊王さんが笑いながらそんな裏事情を話してくれた。
…………そこは夢を見させてほしかった。
やっぱりこっちにも物理法則はあるんだよね。
じゃあなんで魔法なんてものがまかり通ってるんだって話。
質量とエネルギーの関係からすれば、
炎なんかは熱エネルギー。
魔力を熱エネルギーに変換しているとすれば、魔力は質量があるのか。逆に、魔力というエネルギーを炎の質量に変換しているのか。
うーん、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
これで重力すらもぐちゃぐちゃの本物のファンタジーなら『そういうもの』で片付くけど、この世界はなまじ物理法則は成り立つから、『そういうもの』じゃ片付けられない。
「……っと、てりゃ、よいしょっ」
僕はグルグルと頭を回しながら、精霊剣を振り続ける。
まだ完全に馴染めたわけではないが、いろんな感覚が機能し始めている。
剣の速さ、重さ、間合い、重心の位置、握りの甘さ。それらすべてを無意識下で処理するのが、剣術というやつだろう。
まぁその無意識下の処理を感覚とか本能とか、そうやって呼んでるんだろうけどね。
「はっ!!!」
僕は切り替えして、突きをする。
うん、速度は上々。
明らかに今までの剣とは作りが違う。
そんなたくさん触ってきたわけじゃないのでなんとも言えないが、僕が触った中では一番良いものということは間違いないだろう。
さすが精霊剣。
世界に数本としかないだけはある。
「それは使いやすい方だからな。他の奴らはやれ刃をギザギザにだの、透明にして光らせるだの、神の力を直で注ぐだの。夢要素てんこ盛りでお世辞にも使いやすいとは言えないものばかりだったわ。」
まぁ自分の剣を作るとなって、張り切ってしまうのはわからないでもないけど。
アニメとかでも、絶対使いづらいでしょっていうノコギリみたいな剣使ってる人いるしね。
ロマンとか、僕はそういうの嫌いじゃない。
「それで言うと、本当にまともに使えるのなんて2,3本だろうな。」
精霊王さんは日向ぼっこしながら、そう言って笑っていた。
◇ ◇ ◇
「ん、これは……」
僕はタオルで頭を拭きながら、部屋においてあったそれを手にとる。
精霊剣もなかなかに手に馴染んできたし、今日は早めに寝たかったのでお風呂を頂いて部屋に戻ったのだが。
はて、こんな手紙あっただろうか?
誰かがおいていったのかな。でも、誰が?
自分で言うのも悲しいが、僕に手紙を送るような相手はあんまりいないぞ。
まぁ多分、九分九厘リリア様だと思うが。
僕は封筒を裏返して宛名が何も書いていないのをみると、破かないように封筒を開ける。
「なになに……」
えっと、
『拝啓、暑さの風吹が……という固い挨拶は置いておいて、リリアです! お仕事がもう少しで終わりそうです。侯爵様の話だと今日市井でお祭りのようなものがあるそうです。よければ、一緒に行きませんか? 夜になったら伺いますね。敬具。親愛なるレスト様へ』
なるほど、確かに街がいつもより賑わっていたような気も……しなくもない?
基本ギルドしか行かないし、ギルドは冒険者失踪事件と魔物の活性化的なので忙しかったから、よくわからない。
お祭りか。
普段なら喜んで快諾するのだが、今この時期のこの場所でとなると、なにか嫌な予感を抱かざるを得ない。
どうか、変なことが起こりませんように。
僕はそう神様に願って、ご丁寧に同封されていた返答のお手紙に筆を走らせた。
◇ ◇ ◇
「お一ついかがですかーー?」
「こっちも安いよ!!」
「お兄さんこれどうよ? おいしいよ!!」
騒がしい街では、慌ただしく準備が進められている。
今日の祭りは侯爵家主催の伝統ある大々的なものではなく、つい最近始まった市民たちによる祭りだった。
肩書として、『
その実は、市民たちではっちゃけて呑んで踊って、お金を回して遊ぼうぜということだ。
「ひっく、俺も昔は……」
「やめろ!! 俺は、世界最強の男!!」
「お姉ちゃん、俺と遊ばない?」
酒の匂いと楽しげな空気に覆われる大通りに、一人の男がいた。
「賢神祭……」
祭りの名の一文字目だけを強調した彼は、不敵に微笑むと。
「準備完了」
そうつぶやいて、目を閉じた。
次の瞬間。彼の姿はそこにはなく、ただお祭りの喧騒が広がっていた。
いよいよ、本当の戦いが幕を開ける。
エンドロールの先に待つの大団円か、悲劇か。
いや、そんなこと彼らにはどうでもいいのだろう。
ただそこに、己の正義があるだけなのだから。
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