第127話 姿の見えないダンジョンボス
「…………?」
僕は部屋の扉を開けて、来るであろう衝撃に備えたのだが……。
何も来ずに、拍子抜けしてしまう。
「誰もいない?」
僕は恐る恐る中に入って、周りを見渡す。
中は今までのボス部屋と同じくらいの広さで、装飾が派手になったバージョンだった。
しかし、今まで真ん中にいたボスの影が見えない。
「どういうコト……?」
僕が首を傾げたその時。
「ッ!!!?」
突然感じた殺気に、すぐさま首を反らす。
あ、あぶない……!!!
いきなり右斜め後方から刃が飛んできたのだ。
それは僕の肩から首を抉るように飛来した。
とっさに避けてよかった……もしそのまま立ってたら重症程度じゃすまなかっただろう……。
「なるほど、姿が見えない……いや、姿を消しているってところか?そして高速で動いて、あたかも剣が飛来しているように見せると。」
後ろで精霊王さんがタネを破ってやったとばかりにいう。
なるほど、速さで勝負ということか。
それはかなり厄介だな。
でも、それなら僕は負けないと思う。
「ふぅー…………ンッ!!!」
僕は集中して周りを見渡し、部屋の大まかな間取りを頭に入れると、目を閉じた。
最初の頃、森の中で目を閉じてものを察知する鍛錬はやっていた。
だから、これくらいは出来るだろう。
「ッ!!」
僕が目を閉じてすぐに飛んでくる刃を避ける。
今度は腹を狙ってきた……!
「凍れっ!!」
次の攻撃を避けると同時に、氷の刃で反撃する。
当たりはしたが致命傷ではない。しかし、相手がかすかにたじろんだのが見えた。
なるほどね。
「よっと」
僕は足を狙った攻撃を上手く避けて、その勢いのまま精霊王さんに近づく。
「 」
「お前……わかったよ。やるよ。」
僕が告げた言葉に一瞬驚いて、その後方をすくめて精霊王さんは頷いてくれる。
よしっ! じゃああとは、僕がちょっと頑張るだけだね。
「よいしょっ!」
更にテンポを早め、右左からランダムのタイミングで飛んでくる刃を避け続ける。
「ッ!!!!」
連続の攻撃に少し危ないところはあるが、概ね上出来である。
そして……こちらも準備オーケー。
視界の端で精霊王さんがサムズアップしているのを捉えた。
「よっこらせ」
僕は脳天を狙った剣を上手く避け、そのまま地面を蹴り、部屋の中心からいっきに外側まで飛ぶ。
「今だっ!!」
「赤き雨よ地を濡らせ」
僕が飛びながら叫ぶとほぼ同時に、精霊王さんが短な詠唱とともに、魔法を発動する。
相手がかすかに動くのが空気の動きからわかった。
詠唱から数秒も経たずに、ポツリポツリと雨が降り始める。
「……!!!!!」
相手の混乱が、今度はたしかに伝わってくる。
それもそうだろう。なぜなら、赤い雨が降り始めたせいで、彼の姿が見えてしまったんだから。
彼の姿の場所だけ、雨が当たって不自然になっている。
これでどこにいるかが分かるわけだ。
「いくよっ!!」
僕は誰に言うでもなく叫んで、敵に飛び込んでいく。
「グッ!!!! 本気ってことか……!!」
僕の剣と彼の剣が交差するように当たり、数秒の押し合いのあと離れる。
姿を消す必要がなくなり、あちらも本気で向かってきてくれるのだろう。
一撃一撃が速くて、重い。
「うぁぁっ!!!!」
何度も剣を交えて、お互いにお互いを理解してきたくらい。
こうして剣を交えるのは楽しいが、このままでは埒が明かないので、少し全力で行こう。
「氷」
僕がつぶやくと手に持った剣に、みるみるうちに氷がついていく。
これで切ればそこから凍っていく。魔法の力だ。
「ンッ!!!!」
気合を入れて一太刀振れば、剣の軌道に氷が舞う。
「これで、終わりだっ!!!」
僕は彼の腹に足を入れ、その勢いのまま逆手で県を振りかざしてぶっ刺す。
「ァァッ……!!!」
敵はそんな声にならない悲鳴をあげて、パラパラとまるで結晶のように溶けていった。
「ふぅ……勝ったよ」
僕は汗を流したまま、その場に座り込んで後ろの精霊王さんたちに言う。
「お疲れ様。いやはや、私達いらなかったんじゃないか?」
「いや、必要だよ。結構ギリギリだったじゃん?」
精霊王さんは労いながらも笑っていた。
「まぁ百何層あるダンジョンを一週間未満でやろうとするのがまずおかしいからな。」
「それはそうかも」
精霊王さんの言葉に僕が頷いたその時。
ゴゴゴゴと強い地鳴りのような音がして、部屋の真ん中の地面が下がり始めた。
「どういうこと!!?」
僕は驚いて距離を取る。
地面は上からでは見えないくらいに下がって、そして上がり始めた。
ど、どういうコト……!?
どんどんと姿を表した地面の真ん中には、さっきまではなかったものがあった。
「スゴイ……!!」
僕はそれを見つめながら、つぶやく。
「こんな大げさな演出いるか?」
手が込みすぎだろと笑う精霊王さん。
いや、これはこのくらいの演出で良いだろう。
だって、世界に一振りしかない、氷の精霊剣なのだから。
その剣は、まさしく氷の剣という見た目をしていた。
刀身は半透明の白銀で、持ち手にかけて薄い水色のグラデーションがかかっている。
無駄な装飾はなく、あるのはただただ透き通り、真っ直ぐなその刃のみ。
「抜いていい?」
僕は地面に刺さったそれの前に立ち、精霊王さんに尋ねる。
「お好きなだけどうぞ。というか、私のではないし。」
彼女は微笑いながら、剣を指差す。
「よっ」
僕は剣に恐る恐ると触れて、力を軽くかけて引き抜く。
伝説にあるみたいに真の勇者にしか抜けない……とかではなく、普通に抜けた。
「おぉーー」
感嘆の声を上げて、剣を軽く振る。
刹那、シュンッッという鋭い音とともに空間が裂け、そして氷の花が咲く。
剣を辿るように氷華が咲き乱れ、結晶が舞う。
まさしく、氷の精霊剣。
「それは、精霊の剣。精霊に実体はなく、全てが幻想である。故に、その剣も幻想。折れることも欠けることもなく、持ち主が念じれば虚空に消え、念じれば出てくる幻想の存在。しかし、それは確かにそこに在る。」
精霊王さんが、精霊王らしい威厳のある顔で説明をしてくれる。
なんちゃって、と小さくつぶやいたのも聞こえていたけど。
こうして僕は、ダンジョンを制覇し、氷の精霊剣を手にすることができたのだった。
◇ ◇ ◇
「また、騒がしい」
僕は二日間のダンジョン攻略を終え、無事に氷の精霊剣を手に入れることができたので、一度ギルドに戻ってきたのだが。
ギルドがまた……前回よりも一層と騒がしかった。
ギルド中を職員の人が駆け回り、冒険者の人たちもどこかピリピリとして何かを話し合っている。
「おい坊主、そこアブねぇぞ」
ガタイのいいお兄さんに話しかけられて振り返ると、僕が立っていたところの上で作業をしている職員の人がいた。
「ありがとうございます。何かあったんですか?」
僕は頭を下げ、この状況について尋ねてみた。
「あぁ、ちょっとな。数日前冒険者が失踪した事件あったじゃないか?あれが見つかったんだ。」
「見つかったなら良かったんじゃないですか?」
いなくなっていた人が見つかったんだから、騒ぎにはなれどみんな喜んでいるはずは?
「普通ならそうなんだが……冒険者なら絶対に近づかない森で、ボッロボロの死体が見つかったんだ。いまギルドで鑑定途中だと言うが、あれは完全に魔物に噛まれたやつだった。しかも並大抵の魔物じゃない。上位種……いや、もっと強いやつだ。だからみんなピリピリしてるし、職員は死にものぐるいなんだよ。」
僕の言葉をきいたお兄さんが、斜め下にうつむいて言う。
なるほどな。そういうことか。
高ランク冒険者を倒し、ボロボロにするまで噛み付いた魔物なんて、平和的に解決できるわけがないもんな。
「そうなんですね。ありがとうございました。」
僕は納得するとともに、今まで持っていた嫌な予感をより一層強めた。
「いやいいが、坊主も気をつけろよ。昨日話してたやつが次の日死んでるの見ると、寝付きわりぃから。」
お兄さんはけだるげに首を押さえて、片手を振りながらどこかへ歩いていった。
『これは本格的になにか起こってるな』
精霊王さんが鼻で笑いながら言う。
そうだね。もうここまで来たら否定はしきれない。
ダンジョンの異様な弱体化。何もいなかった138層。そしてボロボロの冒険者の死体。
これらから考えて、この街が普通じゃなく……何か異様なことが起こっているというのは目に見えてわかる。
ただ難しいのは、それが何で、いつ、どこで、どうやって、何を目的に起きているのかがわからないこと。
『入学早々、虎の沼地で教師との戦闘や精霊王との出会い。ドラゴンと戦ったかと思えば、勇者と出会い。休みに遠出してみればそこでもなにか異変。うーん、本格的に君呪われてない?』
魔王が今までの出来事を列挙して、お祓いに行ったほうがいいんじゃないかと勧めてくる。
そうはいっても、僕が望んでやったことなんて一個もないんだよ。
こんなに平和を求めている人はいないと言うほどに平和・平穏を求めているのに、なんでこう面倒くさいことにばかり巻き込まれるのか。
僕は本当にお祓いに行こうかと思いながら、ギルドを後にした。
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