第126話 138層の違和感
「もうそろそろ終わってほしいかな……」
僕はそんな希望をつぶやきながら歩んでいく。
ダンジョンの中で仮眠を取り、迎えた4日目。
身体的な疲労はそこまでなのだが、精神的にかなりきている。
薄暗く装いが変わらない洞窟をただひたすら進み、出会った魔物と戦ってまた進む。
なにか苦戦し、心躍らせるような強さの敵もおらず、ただ魔法を打ち込んで物理で殴るだけの単純作業。
こんなの続けていたら、気が参ってしまう。
魔王たちのおかげで辛うじて大丈夫だが、彼らがいなかったら間違いなくまともではいられなかっただろう。
「100も超えて30層と少し……。」
「正確には137層だね。」
大雑把な僕の言葉に、魔王が正確な値を教えてくれる。
よくおぼえてるよね。
「魔物も強くなり手応えも出てきたけど、手こずるほどでもなく130層ということを考えれば弱い。変わったことといえば、135層を超えてからなんとなく空気がよどみ始めたくらいかな。」
空気感が違うと言ったらまた別なことだが、漂っている空気が汚いというか、なにかマイナスの気配を感じてしまう。
「よっと、これで終わりっと。」
135層を超えてよく見られるようになった、スケルトンの頭に魚の顔がついている、よくわからない気持ち悪い魔物を倒す。
前を見れば、下へと伸びた階段。
「140……せめて、150で終わりであってほしい」
希望的観測を口にしながら、138層に入り……僕はすぐに引き返した。
「おかしい……」
そうつぶやいたのは僕ではなく、さっきまで眠そうに目を擦っていた精霊王さん。
彼女は顔をしかめて何か拒絶するように、138層を睨みつけていた。
「なんだろう……この違和感」
僕も入った瞬間に感じた。
元々このダンジョン自体普通じゃなかったが、これは明らかに異質だ。
階層全体にひろがる血の臭いに、不自然に広がり壊された道。そして何より魔物の気配が一切しない。
気配がありすぎるのも困りものだが、全く無いというのもこれはこれで困る……というかおかしい。
「探知しても何も引っかからないのに、何か、何かがいるような気がする。」
「変に探索せずに走り抜けたほうがいい。ダンジョンをクリアすれば、何かわかるかもしれないし……。」
冷や汗が出てきた僕に、精霊王さんが忠告する。
そうだね、変に探索しないほうがいいと僕の心も言っている。
「よし、行くぞ……」
僕は深く息を吸い込み、
「ごうっ!!!!」
138層へ向けて走り始めた。
◇ ◇ ◇
「ハァハァハァハァ……なんとか、切り抜けた」
僕は肩を揺らしながら言う。
肺に溜まった空気を吐き出して、新しい空気を一杯に吸い込む。
「魔物に会わなかったが、アレなかなかにきついな」
隣で息を荒くした精霊王さんが、同意して頷いてくれる。
138層。普通の層とは一線を画したそこを走り抜けてきたのだが。一匹のモンスターに会うことはなかった。
それは僕らが速く走ってきたからとか、運が良かったからとかで説明がつくかもしれないが。
「あの空気感は異常だった……」
ピリピリと常に張り詰めていて、まるで自分たちが侵入者でなにかから逃げているような。常に見張られ見つめられ、速くどこかに逃げなければならないという焦燥感を駆り立てられるような。
そんな、なんとも言えない空気で満たされていたのだ。
しかも、空気の濃度が薄くて走っているととても疲れて、頭がボーッとする。
「下に行かせないためにダンジョンが難しくしてるのか。もしくは、本気でヤバいのか。」
精霊王さんがどこからか取り出したタオルで汗を拭いながら言う。
今までの違和感とかがすべてダンジョンの仕様とは、考えにくい。
「はぁ、前途多難だね」
僕はなんとかならないかと希望的観測を口にして、139層を進み始めた。
幸い139層には、さっきのような異様な空気はなく、普通のダンジョン。
ただ、今までと一つ変わったところがあるとすれば……。
「ッ!!! つ、強い!!!」
モンスターの強さが戻っていること。
137層までは軽くあしらえる程度の魔物だったのに、この層で初めてであったのはキングゴブリン。そして、その力は普通……いや、それよりも強い。
「水泡!! 楽しくなってきたな!!」
「氷結!! 強くなって欲しいとは言ったけど、いきなりは困るよっ!!」
精霊王さんが出した水を凍らせて刃にし、ゴブリンに突き刺す。
普通のゴブリンは数が多いだけの雑魚なのだけど。ボブゴブリン、ナイトゴブリンなど上位種になるとその危険度は増し、キングゴブリンともなれば、A,S級冒険者でも苦戦するレベルとなる。
「氷華!!!」
トドメに四方から氷の刃で突き刺して、これでなんとか倒すことができた。
キングゴブリンが光の粒になって消えていき、残るのは魔石のみ。
魔石以外になにかアイテムをドロップするモンスターもいるらしい。
「ここから、どれくらいあるのかはわからないけど、気を引き締めていかないとね。」
「全くだな。」
『がんばれー』
どこか他人事な魔王の応援を背に、僕らは先へと進んだ。
「こ、ここか……?」
僕は落ちてくる汗を拭いながら、目の前にそびえ立つ、明らかに今までと違う扉を見つめながら言う。
「そうだな。どう見てもボス部屋っぽいな。」
『へぇ、いい趣味してるじゃん』
一人視点が違う人がいたが、やはりここがこのダンジョンのボスということで間違いないのだろう。
「よかった。もうコレを体験しなくて良いんだよね。」
僕はホッと胸をなでおろす。
正直、139層はヤバかった。
舐めていた。本気のダンジョンの100層以下を。
単体でも手こずる魔物が集団で、時にはトラップや不意打ちもある。本当にレベルが違くて、心臓に悪いステージだ。
「ボス……強いんだろうなぁ」
僕は遠い目をして言う。
魔王のダンジョンのボスは魔王だったが、あれは例外だろう。
何がいるのかな? ドラゴンとかかな。
「ちゃんと休んでから行ったほうがいいぞ」
ボスに怖さとともに好奇心が湧いた僕に、精霊王さんが苦笑いしながら言う。
「そうだよね」
僕も頷き、適当な場所に座る。
ダンジョンの各階層の間はモンスターが沸かないのだ。まぁ、見つかれば襲われるから油断はできないんだけど。
「ご飯食べるか」
思えばちゃんと食べてなかった。適当に木の実をかじるだけ。
いや、普段のご飯もそれなのだけど、こう本腰を入れてご飯を食べてなかったというか。心持ちの問題だ。
「いただきます」
僕はしっかりと水魔法で手を洗い、合掌してから食べ始める。
うん、やはりちゃんと食べる木の実の味は違うね。美味しい。
「それ、うまいのか?」
精霊王さんが僕がつまんだ木の実を指さして言う。
「もう、合計何回になるか分からないやり取りだけど、美味しいよ。」
色んな人に聞かれてしまうから、もう対応は慣れたものだ。
「そうなのか……」
若干引き気味に、大丈夫かという視線で精霊王さんがこちらを見る。
失敬だな、本当に美味しいのに。
そもそも、不味かったら好き好んで食べないよ。
「ボスは結構ヤバいと思う。いや、ヤバいなんてものじゃない。本気の本気で強い。」
ある程度まで食事が進んだところで、精霊王さんが真剣な顔で言った。
「出し惜しみはできないね。本気出さないと。」
「私も本気でやる。だから、危険なことだけはするなよ?」
僕の言葉に、彼女は心配げにそう忠告してくれる。
「分かってるよ。大丈夫。みんないるし。」
水の精霊王がいるというだけで心強いのに、背後には魔王、そして賢者様がいる。
フローラたちがいないのが残念だが、それでもこのメンツで勝てなければどうしても勝てないだろう。
僕も魔力はまだまだ残ってる。
「頑張って剣を手に入れるぞー」
僕はえいえいおーと手を挙げる。
……みんなやってくれないと恥ずかしいんですけど。
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