第124話 ダンジョンの謎と悲鳴

「いよっと、これで終わりかな?」


剣で大きなゴブリンを突き刺しながら言う。


「久々にちゃんとした戦いだったな。」


後ろで魔法による援助をしてくれていた精霊王さんが同意する。


10層を突破し、そのまま大した敵に会うことなく20層の地面から柱を生やすボスを倒して、今は25層。


「そうだね。けど、25層に来てこれって、おかしいよね。」


20層を超えてから戦闘回数は増えたものの、個々の力は弱く、まとまって来られたら鬱陶しい程度。


『最深層が80何層ということを考えると、30超えてからは難易度が上がらないと駄目なはずだから、次のボスを突破すればなにか変わるんじゃないか。』


精霊王さんが苦い顔で何かを考えつつ言う。


「そうだといいね。」


僕もそれに同意し、ダンジョンを進んでいく。


このダンジョンは魔王のやつと違って、各階層で趣きが違ったりはせず、統一された土の道。


出てくるモンスターもだいたい同じ強さのものが混じっており、個体差も大きい。


僕が思い浮かべていた『ダンジョン』はこっちの方だ。


『私のやつはね、私が頑張ってカスタマイズしちゃったりしてたからね。暇だったし。』


ダンジョンってカスタマイズできるんだね。

まぁ、何千年?もいたらそれくらいできるようになるのかな。


『訓練の賜物だよ』


声からドヤ顔が目に浮かぶ魔王をおいて、僕は歩みを進める。


「キャァッ!」


角を曲がろうとしたところで、そんな鳴き声が聞こえてきた。


見ると、鶏を凶暴化してくちばしだけ尖らせたみたいな、鳥型のモンスターがいた。


「キシェェ!!」


「光よ」


ピュン


そんな軽い音とともに、鳥さんは一瞬で消えていく。


…………弱くね?


威嚇してくるから小手調べに光の初級魔法撃ったのに、それでコロッと逝ってしまうなんて……。


「なんだかな」


僕はやはりおかしいと思いながら、魔石を回収する。


とりあえず、今日は30層まで行こうかな。


そう思ったところで『キャーッ!!』と、大きな叫び声が響いてきた。


これは……!!?


僕は考える前に走り出していた。


これはあれか、ダンジョンでピンチの冒険者を助けるフラグか?


どうか手遅れではありませんようにと僕が叫び声がした方に角を曲がると……。


「弱くね?」


「マジ雑魚じゃん。」


「叫んだの返してほしいわー」


「えいえい」


「やめろって、死体遊び良くない。」


「見た目強そうなのに弱いねぇ」


…………屈強な男の人と、軽装の男の人。そして魔法使いらしきお姉さんが、倒れた魔物を囲んで話し合っていた。


これは……どういうこと?


「あのぉ、大丈夫ですか……?」


僕はつんつんと死体を突く彼らに声をかける。


「何だ坊主?俺たちはついてくるほどの強さじゃねぇぞ。」


「あれだよ、悲鳴あげたから何かと思ってきてくれたんだよ!」


「なるほどな! 大丈夫だ大丈夫。こいつ見た目ヤベェから死んだと思って逃げようとして、足止めに軽く魔法使ったら死にやがった。あれだな、人は見かけによらないってやつだな!」


ガハハと笑いながら、消えていった死体の後の魔石を拾う男の人。


「これ、人じゃないし。人とこれの両方に失礼だから。」


「あぁすまんすまん。まぁ坊主、大丈夫だ。」


軽装の男の人にツッコまれて、謝りながらお兄さんがサムズアップしてみせる。


「そ、それなら良かったです。……やっぱり、ダンジョンのモンスター弱いですか?」


僕はそれなら良かったと胸をなでおろし、ダンジョンの違和感について尋ねてみた。


このダンジョンが元々低いレベルという可能性も無きにしもあらずだから、いつも潜ってそうな彼らに尋ねれば何か分かると思って。


「ん?まぁ、いつもよりは難易度低いよな。出てくるモンスターは変わらんけど、なんか雑魚いというか。弱ってる?的な。まぁ、俺らとしては弱いの大歓迎だから嬉しい限りだぜ!」


「いつももう少し下にいるけど、今日は小銭稼ぎで上に来たけど、これなら下で良かった。」


彼らは顔を見合って各々の感想を述べる。


やっぱり、何かおかしいよね……。


「心配してくれてありがとね」


「じゃあな!」


「ばいばい」


3人はこちらに手を振って奥へと進んでいった。


「さ、さようなら……」


僕も手を振り返す。


魔物が強くなるのは聞いたことあるし、見たことあるけど……弱くなるってどういうことだ……。


どんどんと深まるばかりの謎に頭を悩ませて、僕も奥へと進んでいった。






◇ ◇ ◇





「来たか……」


僕は30層のボス部屋の前でつぶやく。


ここまでまともな戦闘は片手で数えられるくらい。しかも、そのどれもが魔法を使えば一発のやつ。


あの人たちも言ってたし、何がなんでもこれはおかしいよな。


疑問に思うっていうのもそうだし、敵が弱いとやりがいがないというか、楽しくない。


階層を降りていくに連れ、敵が強くなり、お宝が増えるというのがダンジョンの醍醐味だから。


今回はとても、やりごたえがない。


「よぉし、いくぞぉ」


僕は笑えないオヤジギャグを言いながら、ボス部屋に入る。


「ゔぉォォ……!」


部屋の中央には白いシーツのようなものが浮いていた。


これは、幽霊的なやつか?


「ヴァォォォ……!!!!」


それはくねくねと曲がりながらこちらに向かってくる。


正直、心霊系の怖いものは得意ではないのだけど。相手が魔物でこうもしっかりと見えていると、かえって怖くなくなる。


普通の魔物と接しているときと同じ感じ。やはり正体がわかってしまえばなんてことないのだろうか。


僕は人間の恐怖心について考えながら、


「ヴォォォオオオ……!!!!」


すぐそこまで迫ってきた幽霊に対して、一閃。

光を纏わせた剣を軽く降った。


するとどうだろう。


「ウァァァアアア……!!!!」


幽霊は苦しそうにもがき、やがて消えていった。

その場に残るのは魔石のみ。


「……やりごたえがない」


僕は手持ち無沙汰になった剣を軽く振って腰に収めながら、魔石を拾う。


「……この反動が来なければいいけど」


精霊王さんがポツリとつぶやいた。


「そうだね。今日はもうやめにして帰ろう。なにはともあれ、剣を手に入れなくちゃいけないからね。明日からはもっと先に進むことにしよう。」


僕は気を取り直して、地上まで転移するやつを探した。たしか、ボス部屋にはあるんだよな?


「そうだな。明日は元の強さに戻ればいいけどな……。」


『あの幽霊だって、多分元々はもっと強かったと思うよ。光の上級魔法とかで捉えた上にしっかり斬らないと死なないタイプのやつ。』


僕が探している間も、二人は魔物の強さについて話し合っているみたい。


弱いのは楽でいいじゃんという気持ちもあるが、やはり元の強さで戦うのが一番だ。


「あった」


転移の装置は何故か柱の裏の方にあった。


「もっと分かりやすいところに作ろうよ。」


僕は文句を垂らしながら、装置を確認する。

壊れている……訳じゃないよな。普通に使えるやつだ。


『不親切だけど、バーンって感じにあると魔物に壊されちゃう……のかも?分からないけど。』


「適当言うな」


二人も近づいてきて、各々の感想を述べる。

魔王の言っていることも一理あるような気がしなくもない。


「乗ればいいんだっけ?」


「確かそうだった」


精霊王さんの返答を聞き、僕は装置に乗った。











「さぁて、頑張っていきますか。」


僕はダンジョンの30層で背を伸ばす。


本日は2日目。昨日は帰ってお風呂に入ったらすぐに寝た。


敵が弱くても、久しぶりの実戦で色んな所に気を配っているから疲れていたらしい。


「昨日は30層だったし、今日は60超えたらいいな。」


「そうだね」


精霊王さんの言葉に、僕は頷く。


さて、行きますか。


僕は声にだすことなく言って、次の層へと足を進めた。


30層に入ったからと言って、なにか特別に変わることもなく。見慣れたジメジメとした狭い通路がずっと続いている。


時折曲がることもあるし、分岐することもあるが、基本は一本道。

魔物が出てこなければ景色が変わることはなく、つまらない。


ダンジョンの中と知らされずに放置されれば気が狂ってしまいそうだ。


そんなことを考えながら進めば、本日初めての敵と出会った。


「鳥さんね」


僕はそうつぶやいて、手に炎を浮かべる。


相手は大きめの鳥だった。目は潤んでいて可愛らしく、嘴も小さい。一見ただの鳥に見えるが、3本生えた足に光っている爪が魔物だと強く主張している。


「よいしょっと」


軽く炎を投げつける。今までだったらこれで死んでしまっていたが……。


「グギャァァ!!」


30層を超えたからなのかはわからないが、この鳥は傷ついたばかりで死ぬことはなかった。


「いよっ」


僕が追撃する前に、精霊王さんが水の刃を飛ばす。それは鳥の首に命中し、ポトリと首が取れてしまった。


「強い……のかな?」


「今までのよりは強いが、30層ということを考えたら弱いな。」


僕が魔石を拾いながら尋ねると、精霊王さんがさっき撃った水の刃を浮かべて何かを考えつつ答える。


強くなったのは嬉しくもあり警戒する必要もあるが、それでもまだまだ弱いままだ。


昨日気まぐれで弱いモンスターしかいなかった説はこれで打ち砕かれた。


残る説といえば……


「ダンジョンで何かが起こってる」


「魔物が弱くなるようななにか。いや、魔物が怯えてしまうようななにか。そんなもの相場は決まってる。」


僕のつぶやきに、精霊王さんが皮肉気味に付け足す。


「圧倒的強者の存在……?」


「いかにも。魔物同士でのオーラというか格の違いが大きすぎるやつが近くにいると、弱い方は萎縮してしまうものだ。」


「つまり、範囲外に強いモンスターがいるってことだよね。」


ダンジョンのモンスターが萎縮するほどに強い存在。そんなものがダンジョンにいるとなると、自然発生的に生まれたとは考えづらい。


つまり、誰か人間が連れ込んだ……ということになる。


誰が、どこに、どうやって、なんのために。


僕の頭にいろんな問が浮かんでぐるぐると回る。


「そうだな。もしくは、ダンジョン全体に弱体化魔法をかけている変態がいるか。」


そんなことありえない――と、精霊王さんが鼻で笑って、先を進む。


謎は深まるばかりで、僕達はダンジョンを進み続けた。







◇ ◇ ◇







「気がつけば、70層も終わりだね」


僕は目の前のオーガを倒しながら言う。


40.50.60.70と何も危なげなく突破し、現在79層。


「80層で終わりにしますか。」


目標は70層だったから、10層分前進できて予定的には完璧だ。


「魔物のランク自体は上がってるし、確実に強くはなっているが……なんだかな、手応えはないな。」


水の精霊王さんがこれなら私がいる意味なかったのではとつぶやきながらあくびをする。


「たしかにね。明日には最深層になるから、また何か変わるといいけど。」


魔王のダンジョンのときは80を超えれば簡単にはいけず、90を超えた先は本当に死闘ばかりだった記憶がある。


あれから僕も随分と強くなったけど、それでもやはりこの手応えのなさはおかしい。


『謎だねー。今までのことから考えるに、今回もまたなにか大きな事件に巻き込まれそうだね。』


「イヤのこと言わないでよ。事件なんてないほうがいいんだから……。」


ニヤニヤという魔王に、不吉なことを言うなと抗議するが……僕自身なにか嫌な予感を感じてしまっているのは事実だ。


『魔王になってしまったんだ仕方ない。戦いはつきものだよ。』


「……魔王ってどうしたら辞められるの?」


やはりニヤニヤして言う魔王に、わりかし真面目に質問する。


『次の魔王を指名するとか、死ぬとか色々方法はあるけど……辞めないでね? 一応私の後継者なんですよ!!』


「流石に辞めはしないけど、めんどうくさいのは事実だよ」


僕はなんでこんなふうになったのかと肩をすくめて、80層への階段を降りていった。


本当はリリア様に会ったあたりでこう、マッソ達とリリア様と、フローラとか魔王様とかといい感じに暮らしていく予定だったのに。


というか、元々こんな事件に巻き込まれる予定ではなかった。


確かに強くなりたいとは願ったけど、それも全て赤井たちクラスメイトにもう負けないようにするためだった。今は赤井も完全にではないけど話はついたし、これ以上進む理由もないのでは?


『……いざとなったときに、大切な人を守れないというのは。何よりも辛く、後悔をしてもしきれないのさ。だから、力はあったほうがいい。この世界は君たちの世界と違って、愚かで……そして醜いままだから。』


僕の心のつぶやきを、魔王が何か苦しそうに否定する。


「……弱かった人々に力を与え、その知恵を戦いにのみ向けさせた、私達の責任でもある。この世界は、はるか昔。まだ人々が最弱と呼ばれていた頃から、何も変わってはいないのだ……。」


魔王の言葉を聞いて、精霊王さんもどこか遠いところを見ながら、悔しげにつぶやいた。


この世界には、まだ僕が知らない何かが、たくさんあるのかもしれないな。


いつかそれを知る日が来るのか。


そんな小さな疑問を胸に、僕は80層を進んでいった。

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