第123話 ダンジョンのボスと違和感

「結局大した戦闘もなくもう10層まで来てしまった……。」


僕は大きな木の扉を前につぶやいた。


ダンジョンに入って一時間も経っていないうちに最初のボス部屋にたどり着いてしまった。


いくらなんでも早くない?

というか、魔物全然出てこなくない?


「まだ10層だし簡単なんだろう……と言っても、ここまで出ないのは妙だな……。」


『おかしいねー。』


僕の考えに、精霊王さんと魔王も同意してくれる。


――――が起きている


そんな嫌な予感を僕は頭を振って振り払い、


「とりあえず、行きますか。」


ボス部屋の扉を開いた。


「ギャァァァーー!!!」


入ると同時に聞こえてくる甲高い鳴き声。


これは……


「大きなスライム?」


窮屈なダンジョンと違い広い部屋には、僕の身長の倍もある巨大なスライムが鎮座していた。


「出てくる魔物もスライムばかりだったし、ここはスライムの階層なんじゃないか?」


「なるほどね。」


精霊王さんの推測に頷いて納得し、僕はコチラを見つめて動かないスライムに対峙する。


「火焔の鳥」


僕は小手試しに、軽く焔でできた鳥を飛ばしてみる。


「キュッ!! ギュァァアアーー!!」


……へ?


僕が軽く放った魔法を受けたスライムは、即死とまではいかなくともその半分が焼けて溶けてしまい、見るも無惨な姿になっている。


「……弱くない?」


なんかとても異世界転生者らしいことを言ってしまうが、本当に全く手応えがないのだ。


こんなの、そこら辺のオーガとか強いゴブリンと同程度。もしくはそれ以下だぞ……。


「確かに、これは予想外だ。いくら最初だからといってこれは……。」


僕の感覚は間違っていなかったようで、精霊王さんも首を傾げて疑惑の表情。


「とりあえず、とどめを刺すか。」


『油断はしないようにね。』


剣を抜いて歩き始めた僕に、魔王が言う。


そうだよな、やられているフリっていう可能性も無きにしもあらずだもんな。


僕は警戒しつつスライムに近づき、念の為剣に炎をまとわせて、


「はぁっ!!」


その体躯を一斬り。


次の瞬間。


「グギャァァアアアア!!」


スライムはその姿を保つことができずに崩壊し、光の粒子になって消えていった。


残るのは少し大きめの魔石のみ。


「……なんだろう、ここまで弱いとこっちが困惑する。『はぁっ!!』って言ってたのが恥ずかしいよ。」


僕はなにかしっくりこないなと思いながら、魔石を回収する。


「お疲れ様。……やはり、おかしい。水の都のダンジョンの階層ボスだぞ?こんなに弱いわけが……。」


精霊王さんは労いの言葉をかけてくれたあと、顎に手を当てて考え始めた。


『うーん、変だね。何かあるのかな?メンテナンスとか?』


魔王もこんなに弱いのはおかしいと、おちゃらけながらも考えている様子。


僕の嫌な予感が当たらなければいいけど……。


「とにかく、何にせよ精霊剣を手に入れなければ。早く行くぞ。」


「そ、そうだね。」


僕は何かとても嫌な予感をいだきつつ、精霊王さんの背中に向けて走り始めた。


この水の都に、が起こっている――――








◇ ◇ ◇








レスト達がダンジョンの10階層のボスに戸惑っている頃。


その最深部近くでは、奇怪な笑い声が響き渡っていた。


「あぁぁああああああああ!!!!実にイィッ!!すぅばらしいっ!!なんて素晴らしいのですかッ!!!」


いつものウェイター姿ではなく、黒ずくめの姿をした男は、血の滴るその階層を恍惚とした表情で歩き回っていた。


「私はなんて真面目なのでしょう。自らがいる上、念には念を入れて街中に獣の巣を設置し、あまつさえこんなに可愛らしいこの子を用意しておくとは……!!!クックックック……我ながらその勤勉さには称賛が耐えません!!!!!!」


どこか目のイっている男は、今目の前で平然と血肉を貪っているを惚れ惚れと見つめながら自画自賛する。


「ほら、お手をしなさい!!おーーーてっ!!」


血の匂いの元凶であるは今食べ終わった、その階層のボスの骨を噛んだまま、男が差し出した手に自らの左足を重ねる。


「よぉしよぉしよぉし!!可愛いですねぇー!!いざというときなんて万に一つ。億に一つ。那由多に一つありませんが、もしものときは任せましたよぉ!!そのためにも、今は休んでいてくださいねぇっ!!」


男はその姿を見て満足気に頷くと、そう言ってダンジョンを進んでいく。


「邪魔ですねぇ」


階層突破の報酬であり輝かしい光を放つ宝玉を、邪魔と言い放ち、


「えいっ」


そんな軽い掛け声とともに潰すと、男は軽い足取りでダンジョンの階段を


「ガルゥゥウウ……」


残されたのは一匹。


獣と言うことすら躊躇われるは、狼である原型など忘れ去って、ただに言われたままダンジョンの端に居座り続ける――――











――――涎で水溜りを創りながら。





本の頁は今も捲られ続けている。


その続きを知るものも、書こうとするものもおらず。


唯々捲られ、紡がれていく。


読むことも、見ることさえも出来ないが。


今この瞬間。

その一番上の頁にはきっと、その一番下の行には確かに、


『待ち続けた賢者の弟子は、やがて愚者になる』


そんな一文が綴られているだろう。

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