第122話 ダンジョンの受付

「不可解に死亡……ね」


僕は歩きながらつぶやいた。


手にはギルドでもらった地図があり、ダンジョンに向かっているところだ。


水の都は名前通り水と親しんで暮らしていて、あちこちにある水路でおばさま方が洗濯とか、野菜を冷やしたりとかしている。


『頑張って疲れた冒険者を狙うやつなら聞いたことあるけど、人じゃないんでしょ? 何なんだろうね。すんごい強いモンスターがいるとかかな。』


魔王が少し考え込んで、頭をひねらせる。


「うーん……。そうだと良いんだけどね、何かもっとこう嫌なやつじゃなければ……。」


僕はなにか嫌な予感を抱きながら、ダンジョンへ足を進めた。




 ◇ ◇ ◇



「うぉ、スゴイ……」


僕はダンジョンの近くの道で、感嘆の声を上げる。


迷わないかと心配していたが、そんなことはなさそうだ。


何故なら、ダンジョンの前に『ようこそ水の都ダンジョンへ!!』と、大きなアーチがされているから。


「ダンジョンに近づくに連れ、人も多くなって、お店も増えたし。本当にダンジョンの街なんだね。」


『ダンジョンの恩恵で冒険者は集まる。冒険者が集まれば、そいつらの使う宿屋、飯屋ができる。宿にご飯が揃えば、他の店も集まってきて、店があつまれば人が来る。そう言う連鎖だろうね。』


僕がつぶやくと、魔王が詳しく解説してくれた。


なるほどな。ダンジョンの恩恵は色んな所にまで渡っているということか。


「手続きをするところは……あそこか。」


僕は活気のある大通りを進み、奥の一番大きく、それでいて簡素な作りの建物の前に着く。


「いらっしゃい。ダンジョンかい?」


前に立つと、中にいた気だるそうなお兄さんが声をかけてくれる。


「はい。ダンジョンに入りたくて。」


彼はだらけていた姿から体を起こし、しっかりと椅子に座り直した。


「ここのダンジョン入ったことある? 初めて?」


「初めてです。」


「りょーかい。じゃあカード見せて。」


お兄さんは慣れた手付きで手続きを進めていく。

一日何人も相手しているから、流れを暗記しているのだろう。


「オッケー。色々変な噂あるし、死なないように気をつけな。」


僕が渡したカードを何かにかざしたら、それで手続きは終わりみたいで、カードを返してくれた。


丁寧にアドバイスまで添えて。


「ありがとうございます。」


僕はお兄さんに頭を下げてその場から立ち去る。


注意とかの説明は全くされなかったけど、その辺はギルドに任されてるのかな。


『そうだな。それか、面倒くさいか。』


僕の心の声に、眠たげな精霊王さんが笑いながら答える。


もう少しでダンジョンだから、起きたのかな。


確かに気だるそうだったけど、サボるようなことはしないのでは?


「あー……ふがっ……んっ……」


僕の思いは、後ろから聞こえてくる大きないびきで覆された。


し、仕事はちゃんとやろうよ……。











ダンジョンというのは、地下迷宮のことである。


なので、ダンジョンに入る入り口というものがあるはずなのだが。


「なくない?」


僕は受付のお兄さんに指さされた方に歩いてきたが、そんなダンジョンの入り口的なものはない。


ただ、平らな地面に何かが置かれているだけ。


「なにこれ?」


僕はその何かに近づいて覗き込む。


「これは……装置?」


何らかの装置ということはわかったけど、はてなんの装置なのか。こんなところで装置といえば、怪しい研究とかそういうやつかな……。


『転移装置だろ。ダンジョンへ続く。』


僕が頭を悩ませていると、水の精霊王さんが呆れた声で教えてくれた。


なるほど!! なんか大きな門とかで物理的に繋がってるんじゃなくて、こういう装置で魔法で繋がっているのか。


ファンタジーだな。僕はすっかり失念していたよ。


『それに乗って、魔力込めたら飛べるぞ。』


「なるほどね。ハイテクだ。」


僕は難しい転移魔法を道具に付与させる技術が気になりつつ、その装置に乗って力を込める。


すると、次の瞬間。


「ほへっ……!!?」


『着いたぞ。』


光の演出も落ちていく浮遊感もなく、広めの整備された洞窟に飛ばされた。


「び、びっくりしたぁ。魔王のダンジョンは物理的に繋がってたし、もっと広かったから。」


『それは特殊だろ。最深層にアホみたいなやつがいたんだから。こっちが一般的なダンジョンだよ。ちなみに、あの装置は昔々のが作ったやつだそうだ。』


……。


そういえば、賢者様最近元気ないな。


いや、元気ないとかないけどね。

聞けば答えるし、聞かなければ答えない。彼はそういうスタンスだから。


試しに何か聞いてみようか。


『賢者様、大賢者様って何?』


僕は頭の中で賢者様に質問する。


『…………』


いつもならノータイムで答えてくれるのに、何故か今回はいつになってもうんともすんとも言わない。


あれ? おかしいな、本当に元気ないのかな。


試しに他のことを聞いてみよう。


『賢者様、ダンジョンのボス教えて』


『……一般的にはその階層に存在していた魔物の上位種。または、進化個体や特異個体。』


話題を変えて聞いてみると、少しの沈黙はあれどちゃんと答えてくれた。


の何がだめなんだろう。あれかな、そう呼ばれてる人が多すぎるとかそういうやつ。


もっと詳しく言えよコラってことかな。


『……ほれ、早く行かないと日が暮れるよ。』


他のことも聞こうとする僕に、精霊王さんが言う。


確かにそれもそうか。


僕は彼女の提案に納得して、改めてダンジョンを歩き始めた。


「あれさ、精霊王さん出てこなくていいの?」


僕はダンジョンを歩きながら尋ねる。


賢者様や魔王とか精霊王さんは、現実には実態がなく、僕の脳内で会話してる。


なので、こちらの話に盛り上がっていても外から見たら独り言を言っている変態になってしまうのだ。


魔王は透明な体で具現化できるし、精霊王さんに至っては普通の体のほうがノーマルのはず。


だけど、曰く精神だけのほうが楽なんだって。どんだけ面倒くさがり屋なのだ。


『確かに我も戦うかな。』


彼女がよっこらしょと言うと、目の前に光の粒子が集まって行き――――そこに、彼女が現れる。


「なんか久しぶりだね。相変わらずキレイだよ。」


僕は背伸びをする精霊王さんに言う。


女神と言われても納得できるような端整な顔立ちに、透き通る水のような薄い青色の髪の毛。


鈴の音のなるような、と言えばありきたりで分かりにくいが、本当にそのような幼げでいてもしっかりと芯のある、玲瓏な声。


背の小ささを除けば、文句のつけどころのない完璧な美少女がそこにいた。


「……お前、本当にうぶなのか手慣れているのかわからぬな。」


首を回していた精霊王さんは、その流れで首を傾げて言う。


「どちらかといえば、まだ若いほうだと思うけど?」


まだまだ十代。人生百年とまでは行かなくても、少なく見積もってあと40,50年は生きるつもりだけど。


「もういい。ほら、早く行くぞ。」


何か諦めたような顔をして、彼女は歩きだしてしまった。


背の小さな彼女がダンジョンを歩いているのを見ると、子供の冒険のようで微笑ましいが、このお方精霊王様なのだ。世の中わからないものだ。


「ダンジョンだけど、あんま魔物出てこないね。」


ここまで真っ直ぐ歩いてきたけど、出会ったのは小さなスライム二匹のみ。


「一番初めは初心者向けだからな。数も少ないし出ても弱いのだよ。」


不思議に思っていたが、なるほどそういうことが。ゲームとかでも鉄板の、どんどんとレベルが上がっていくタイプね。


「へー。そういえばさ、」


僕は納得したと頷きながら、に移ろうとする。


「なんだ?」


いきなりどうしたと首を傾げる精霊王さん。

そんな彼女に、僕はずっと思っていたを言う。




「みんなの一人称って変わってるよね。」




「は?」


精霊王さんに間髪入れずに『は?』と言われてしまった。


けど、僕は地味にずっと気になっていたのだ。


「いや、僕は僕で、魔王が私。フローラと精霊王さんが我。あんま聞かないじゃん?」


別に悪いわけではないけど、珍しいよね。


「……昔はこれで普通だったのだ。」


「そうなんだ。たしかに、昔の人が使ってるイメージはある。我関せず焉とか。」


言い訳するように顔を背ける精霊王さんに、僕はイメージを伝える。


我とか儂とか朕とかは、勝手に偉そうなイメージを持っている。多分これを使う人は、実際に偉いのだろうけど。


「そのことわざみたいなのは知らない……。」


精霊王さんは相変わらず目を伏せたままつぶやく。


「そうか、分かんないのか。」


ことわざとかは似たようなのあるから、てっきり通じると思ってたけど慣用句はだめなのかな?


いや、今まで通じてたのもあるし、モノによってか?


我関せず焉は、中国の『我不関焉』が元だったから、そういう由来とかにもよるのかな。


「……なぁ、我より私のが良いか?」


伝わるものと伝わらないものとの境目を考える僕に、精霊王さんが尋ねる。


「その人によってじゃない? その人が使いたいやつとかキャラとかによって。僕は我でも良いと思うよ。」


私、の方が親しみやすく可愛らしい印象はあるかもしれないな。まぁ、日本でそれが一般的で、聞き慣れているというのもあるかもしれない。


「…………私……る……」


「へ?」


少し考え込んでいた彼女がなにか口にした気がして、僕は聞き返す。


「私にするって言ってるのだ! 精霊王たるもの、その時代にあった言葉を使わねば。」


精霊王さんが赤に染まった顔を上げて、半ば叫ぶように言う。


「そういうものなんだ。でも、私って言うと偉そうではなくなっちゃうよ。」


精霊王という立場上、偉そうなのは大切なのでは?


「良いのだ。言葉なんかに左右される地位でもないし。とにかく、私にするのだ!!」


精霊王さんはもう既に決定事項らしく、私にすると言い張る。


「が、頑張ってね。 私でも我でも可愛いと思うよ。うん。」


僕は彼女の問題だし、否定はしないと応援する。


なんとなく、我よりも私の方が親しく可愛らしいと思うのは、言わずに仕舞っておこう。


「……行くぞ、バカ」


精霊王が短く呟いて歩き出す。


僕はなんで罵られたのだろうか。

世の中わからないことだらけである。




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