第120話 水の都到着!
つ、ついたー!!
僕がそう喜ぶまでもなく、
「ようこそお越しくださいました。」
片眼鏡をした初老のとても紳士的なおじいさんが、馬車の扉を開けた。
途中寝落ちして、気がついたら街の中だったので、街に入るところは見れていない。
しかし、ここが水の都べチアだということは、容易に分かった。
連れてこられたのは、ベチアの奥の少し小高いところにある領主邸。
街全体を見渡せるここから街を見れば、至るところに張り巡らされた水路。たくさんの水車に、噴水、滝。
それら水を活かした町並みが目に飛び込んでくる。
「す、すごいね……」
『さすが、水の都。我も元気になる。』
僕が思わず小さめに声に出すと、水の精霊王であるニンフさんが自慢げに答えてくれた。
やっぱり、水の精霊王なだけあって、水が多いと元気になるんだ。
「ではこちらへ。」
僕が精霊王さんと話しているうちに、話は進んでいて、挨拶も早々に中へ案内されるみたいだった。
領主さんの家は流石といった感じの大きさで、邸宅というよりはお城に近い。
王都……には行ったことないので分からないが、本当に一国の城と言われても疑わないくらいの大きさ。
白と水色を基本としていて、豪華だがいやらしくなくて良い。
「ようこそお越しくださいました。」
「「「「ようこそお越しくださいました」」」」
大きな扉をくぐって中に入れば、道の両端に立ったメイドさんやら執事さんやらが、寸分違わぬタイミングで礼をして歓迎の挨拶をする。
す、すげぇ……!!
そうとしかいえない僕の語彙力が恨まれるが、綺麗に統一された服に見を包んだ大人たちが一斉に頭を下げる光景は圧巻だ。
これはなんというか、偉くなったような気分になってしまう。権力を握ると危ないというのがよく分かるような気がする。
実際にお偉いお姫様であるリリア様は、こういうのに慣れていて微笑みを浮かべながら優雅に歩いている…………
「ご、ご、ごごごきげんよーうっ!」
………かと思いきや、ガッチガチに緊張していらっしゃる。
それはそうだよな。彼女王女様とはいえ、少し前まであの狭い小屋だったし、こんなの初めてだもんな。
そりゃ僕と同じ……それ以上に緊張するだろう。
このあと当事者として話し合いもあるし、余計にね。
「領主様がお待ちで御座います。」
老執事さんが微笑みかけてくれるのを見ながら僕は、隣の彼女にそっと耳を寄せて、
「リリア様、リラックスです。僕も傍に居ますから。」
そう、せめてものエールを送った。
「うんっ!!」
リリア様は僕の方を見て二、三度瞬きした後、そういつも通りの天真爛漫な笑顔を見せた。
よ、よかったぁ。
僕はガチガチからとても優雅に王女らしい立ち振る舞いに直ったリリア様をみながら、ほっと息を吐いた。
このあと、領主様と挨拶に部屋割りにパーティーにと、たくさんの行事が待ち受けている。
これは思っていたより大変だぞ……。
僕はふかふかの絨毯を歩きながら、そう思った。
「ようこそお越しくださいました。リリア・バモン・ヤフリオ第三王女殿下。」
広い廊下を進み突き当たりに出れば、これまた広いお部屋があって、その真ん中には質素かつ美しい椅子があった。
そして、そこに座ったとても厳格な、されど優しげなおじさんが僕らに挨拶をする。
この人がここの領主さんか。
スゴイ、威厳があるな。
僕も将来はこんな感じに、優しくもしっかりとした雰囲気をまといたいね。
「始めまして、フリズ・ベチア侯爵。宜しくお願い申し上げます。」
僕が領主さんを見上げていれば、隣のリリア様がスカートの端をつまんで華麗な礼を見せている。
これが貴族同士の挨拶。
とても麗しいでございます。
僕はとりあえずリリア様に合わせてお辞儀をしておいた。
これが正しいのかは知らない。
「水しかない都ですが、どうぞお楽しみください。と、いっても、お互いに仕事漬けでしょうけどねハハハ」
「そうですね。」
リリア様と侯爵様が笑い合っている。
これが、大人の余裕。
これが、貴族の貫禄。
感心するというのは上から目線だが、なんか生で見られて、本当にこういうのあるんだって感じ。
「王女殿下、良かったです。」
にこやかに微笑み合っていたのに、突然侯爵様がそう脈略もなく言った。
「はい?」
リリア様がどういうことというように首を傾げる。
「いえ。色々とあったではありませぬか。失礼を承知で言えば、上には遠ざけられ、横はおらず、下は距離を測りかねている。それで、私としては第三王女殿下が孤立してしまわぬか心配でしたが……。良い騎士、良い味方をお持ちのようで、僭越ながら安心した次第。」
侯爵様は、僕の方を見てつぶやく。
なるほど。
この侯爵様、見た目通りとても優しくて親切な人みたいだ。
高位の貴族様だから、お高くとまってオッホッホしているのではないかと少し心配だったけど、これなら安心できそう。
「はい、良い人達に巡り会えています。侯爵様もその一人で。」
横顔しか見えないが、リリア様は和やかに微笑んで深く頷いていた。
僕も周りの環境には本当に恵まれすぎている。
ここまでこれたのも周りの力あってだし、本当に頭が上がらないよ。
「ハハ、そう言ってもらえたのならば何よりですよ。さぁ、このあとも色々堅苦しいのが続きますから、準備に移りますかね。」
豪快に笑った侯爵様が手を叩けば、使用人さんたちがぞろぞろと現れて僕らに微笑みかけてくる。
「失礼します。」
「失礼します。」
僕とリリア様は侯爵様に頭を下げ、次なる催しへの準備に向かった。
準備と言う名のお着替えを済ませたあと、そのまま流れで諸貴族様や商人さんとのご挨拶。他には、簡単な接待的なものをやれば、時間はみるみるうちに経っていく。
一都市にこんなに貴族がいるんだね。僕びっくりしたよ。
お着替えで制服から、ちゃんとしたスーツに着替えさせられた僕は端っこで見ているだけだった。
護衛だし?
貴族じゃないしね。
気がつけばもう夜になっていた。
「では、これで堅苦しいのは終わりです。パーティーになりますので、どうぞお楽しみ下さい。」
執事さんが、そう言いながら大広間のような場所に案内してくれる。
そこは学校の体育館よりも大きく、その中に貴族、商人等など。パーティーの参加者の方々がずらーっといらっしゃる。
「第三王女殿下のご来訪である!!」
リリア様が部屋に足を踏み入れようとしたら、すかさず執事の人が叫ぶ。
すると、今まで話をしていた貴族さんたちが揃ってこちらを向き、
「「「「ごきげんよう」」」」
そう、寸分違わずタイミングで礼をした。
す、すごい……。
色んな所でこういうシーンを見かけるけど、いつになっても感動してしまう。
貴族は究極の縦社会的なことなのだろう。
「短い間ですが、宜しくお願い致します。」
リリア様もスカートを摘んでカーテシーを披露する。
こちらも素晴らしく優雅である。
執事さんに連れられ、リリア様はパーティーのご挨拶回りに向かった。
さぁて、僕はどうしようかな。
護衛は万が一があっても、同じ空間に居ればある程度大丈夫だろう。
適当に端っこに居ればいいか。
僕はそこら辺においてある飲み物と食べ物をちょっと頂いて、早々に端に避けた。
「綺麗」
パーティー会場の窓は大きく、開け放たれたそこからベチアの夜景が望める。
建物の白と水の青。
透明感を持ったそれらが夜の暗闇に染まりながらも、名前もない月に照らされて輝いている。
決して有名な建物があるわけでも、名月なわけでもない、ただありふれた自然の風景。だからこそ、この美しさが際立つのだろうか。
『交流しないの? 可愛い子いるかもよ。』
僕が一人で夜にふけっていたら、魔王が貴族さんたちを見ながら言う。
もし可愛い子がいたとしても、身分が違うし僕はこれが終われば王都に戻るし。付き合えるわけでもないんだから、意味がないでしょ。
それに、そういうのは今はいいかな。
僕は微笑みを絶やさず挨拶に回るリリア様を見ながら、そう思うのだった。
数時間も経たぬうちに、パーティーはお開きとなった。
けど、会場にはまだ多く貴族さんが残っている。ご飯とかはまだまだあるし、お酒も残っているからこのあとも楽しむのだろう。
端っこで見ているだけだったけど、景色は美しく、食べ物も王都よりもレベルが高いというか、水自体から美味しかったので僕は十分楽しめた。
「はぁ、正直疲れました」
パーティーが終わり、用意されたお部屋へ案内されている最中、リリア様がぼそっと呟いた。
あの大勢の貴族様に囲まれ、談笑するのは大変だろう。僕は絶対にやりたくない。
彼らも貴族であるから、酔っ払ったようでいて話の節々に政治的意図を含ませるなど、強かなのが余計に疲れるのだろう。
「お疲れさまです」
僕は苦笑しながら、労いの言葉をかける。
「御滞在中は、この城の一室をご用意しております。」
しばらく歩くと案内してくれていた執事さんがそう微笑んだ。
「こちらが王女殿下で、その下の階が騎士殿です。」
そう言って鍵を渡してくれた彼は、『何かあれば鈴を鳴らして下さい』と言い残していなくなってしまった。
「じゃあ、僕は下なんで。」
僕は鍵に書かれた番号を見ながら、その場から立ち去ろうとした。
リリア様もお疲れだと思うし、早めにいなくなろうかと思って。
「あの、その……このあとしばらく会う機会もないじゃないですか……」
けど、リリア様はぼくの服の裾を持って、そうどこかモジモジしながら何かを言いかける。
「お仕事ですもんね。ちょっと寂しいですけど、仕方ないですね。」
リリア様は一週間弱の間引き継ぎのお話し合い。僕は手持ち無沙汰となる。
廊下とかですれ違うことはあるかもだけど、基本は別々になってしまう。
「だから、その、応援というか……なんというか……」
リリア様は俯きながら、ボソッとつぶやいた。
そういうことか。
彼女の言わんとする事を理解した僕は、彼女の頭を手を伸ばし、
「頑張って下さい、ずっと応援しています」
控えめにその銀色の髪を撫でながら、微笑んで呟いた。
「ッ!! あ、ありがとうございます……!!」
「い、いえ、本当に大変だと思いますけど、無理せずに頑張って下さい。では、お休みなさい。」
驚きつつも頬を朱に染めて僕を見上げた彼女に、手を振って僕はその場を立ち去る。
「お休みなさい」
その言葉を背中で聞く僕の頬も、赤くなっていただろう。
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