第118話 すれ違った少女
「いきなりどうしたんだろう……」
僕は学園のを廊下を歩きながらつぶやいた。
今日は夏休み初日。
久々に図書館にでも行こうかなと思っていたら、リリア様に呼び出された。
随分と急用らしく、リリア様の自室に来いというご命令。
貴族様がお住まいの特別な寮の方に僕が入っていいのかという心配はあるが、リリア様がいいというのであればよいのだろう。
夏休み初日に急用とは……どういうことなのだろうか。
これが後半ならば、宿題が終わらない的なお悩みの可能性も少しは在った。
リリア様のクラスで宿題が出ているのかわからないし、そもそも彼女はたぶん最初に終わらせてしまう計画性のあるタイプだと思うが。
「う〜ん」
僕が頭を捻らせたその時。
「きゃっ」
考え事をしていたからだろうか、向こう側から歩いてきた人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
僕はすぐに謝って、地面に腰をついたその人に手を伸ばす。
ぶつかったのは学園の制服を着た女の子で、胸下ほどの青髪を綺麗に編み、薄い水色の瞳の子。
この子、どこかで…………。
「いてて、すみませ……ん……!!!?」
腰を抑えながら僕の伸ばしたてを取ろうとした少女は、掴む寸前でなにかに気づいたような驚いたような声を上げる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ何でも、し、失礼しますっ!!」
僕が顔を覗き込んで声をかけると、少女は焦り顔で立ち上がると逃げるようにその場を去っていってしまった。
「な、なんだったんだ……」
僕が困惑の声を上げると、角を曲がろうとしていた少女がふと振り返って、数秒うつむいた。
「ん?」
僕がどうしたんだろうと見ていると、少女は何かを決心したように顔を上げて、
「ありがとうございます!!! この御恩は必ず返します!!!!」
そう大きな声で言って、大きく頭を下げて今度こそ去っていった。
「…………?」
そんなにぶつかったあとに手を伸ばしたことに感謝しているのだろうか?
僕が考え事をしていたのが悪いんだし、彼女は被害者の立場なんだからそんなに音を感じる必要はないのに。
「なんか彼女、どこかで会ったような気が……。」
あの瞳の色と、髪の毛の色。そして、落ち着いていてどこか大人びたようで、まだ子供らしい声。
いつかどこかで会ったような……。
「うーん、わからん。気のせいか……?」
ぼんやりと姿は浮かぶのだが、名前とかはちゃんと浮かんでこない。
髪の長さも違うような気がするし、やはり人違いかな。
『はぁ』
僕が人違いと納得し、リリア様の部屋へと歩き始めると、脳内で魔王のため息が響いた。
『どうしたの?』
『いいや、なんでもない。君が鈍感というか、なんというか。そういえば、今月もあの女の子にお金送るの?』
僕が気になって尋ねると、魔王は呆れたような声で言った。
『あの女の子じゃなくて、シアさんね。自動で行くようになっているから、特段送らないけど、特別報酬があったら夏休みだし送ってもいいかもね。』
僕は魔王に名前の訂正を入れる。
『なんでそこまで分かっていて、わからんのやら……』
なんか魔王の声が聞こえた気がするが、それも気のせいだろう。
「なにが待っているのかなー」
僕はリリア様のご要件を考えながら学園を歩いていった。
◇ ◇ ◇
「どうぞお入りください」
リリア様の部屋に着き、扉を叩けば中から声が返ってきた。
「失礼します……って、どうしたんですか?」
僕は部屋に入って早々にたずねた。
部屋の中は僕の部屋よりは広いが見慣れた間取りだ。しかし、その中はお世辞にも整っていると言えず、散らかっていた。
「すみません、今急遽お出かけの準備をしてまして。」
リリア様はそう言いながら、ソファにおいたものをバッグに詰めていく。
部屋には彼女以外に二人ほどメイドさんがいて、彼女たちもせっせっとものの整理をしていた。
たしかに、見てみれば旅に必要そうなものが色んな所にまとめられておいているし、バッグの量も多い。
ただ散らかっているだけではなく、しっかりと目的があって並べられてる感じだ。
「お出かけって、どこにですか?」
「丁度いいところだし、休憩にしましょうか。皆さんありがとうございました。」
リリア様がスカートの端を持って優雅に礼をすると、メイドさんたちは頭を深く下げてお辞儀をして部屋を出ていった。
「彼女たちどちら様で?」
僕はメイドさんたちが出ていった扉を見つめながら尋ねる。
「色々まとめてお話します。そこにかけてください。」
荷物を詰め終わったようで、パンパンと手を叩いたリリア様はそう言うと、部屋の奥に消えていった。
と、とりあえず座ろうかな?
僕は小さな声で失礼しますとつぶやくと、部屋の真ん中の空色のソファに腰掛けた。
同じ学園寮だからお部屋の間取りは同じだけど、やっぱりところどころ違うな。
そもそもの広さが違うし、部屋の数も一つ多い。あと内装もちょっと豪華で手が込んでる感じ。
気になりはしないけど、意識すれば気がつく程度。
やはり人を呼ぶことも多い貴族様向けになっているのか。
「おまたせしました」
戻ってきたリリア様はお茶とお菓子をテーブルに置く。
こういう細かな気遣いが流石というか、僕らとの違いなのだろうか。
「いただきます」
僕はお礼を言ってから一口お茶を飲む。
うん、前にも飲んだことがある香りの高い紅茶だ。とても美味しい。
「それでお話ですが……」
リリア様も紅茶を一口含むと僕の方を見つめて、
「えー、率直に言います。レストさん、夏休み私と水の都べチアに来てください!!」
そう、大きな声で言った。
…………はい?
「ど、どういうことですか?」
僕は意味がわからなくて聞き返す。
「順を追ってお話します。水の都べチアは水に囲まれたとても豊かで美しい都です。そこべチアの領主である侯爵が、代替わりをするということで、その引き継ぎに国から人を出すのですが。王国の中でもトップレベルに大きいべチアの領主たる侯爵相手ですので、生半可なものではいけません。そしてこの時期は作物の収穫時期も近づいていて人員も出払っていると。そうなったとき、相当の地位にありながら、話も分かる程度に頭もキレる人物かつ、王の信頼の置ける人物。ということで、私が選ばれたということです。私はつい最近なったばかりですが一応王族ですし、勉強もそこそこできる上サポートもつく。そして何より、王族ですので。裏切りの可能性低いと。そういうわけです。」
リリア様が丁寧に順を追ってお話してくれた。
王国は封建制だから、引き継ぎにはそういうシステムがあるんだな。普通にちゃんとしていてびっくり。
「なるほど。事情はわかりましたが、そこでなんで僕が?」
リリア様が行く理由はわかったけど、なんでそこで部外者の僕が出てくるんだ?
僕、地位もなければこっちの世界の常識もわからなければ、信頼もないですけど……。
何ならこの国の人じゃない、というかこの世界の人ではないですけど。
「普通王族は専属の騎士を持つのですが、私は専属の騎士が居ません。臨時的な方はいらっしゃいましたけど。そこでです。レストさんに、騎士役として白羽の矢が立ったわけです。」
リリア様は僕を指さして微笑みながら言う。
「な、なるほど……?」
なんとなく理解できたような気がする。
専属騎士ね。たしかに、王族が死ぬとか笑えないし、暗殺とかも多そうだし必要だよね。
リリア様にしたら今までの扱いが……っていうのはあるけど。まぁね、そこは色々大人の事情だろう。
世の中って世知辛いんだ。
「騎士と言っても形式上のものなので、べチアについたら自由にしてもらって大丈夫ですよ。私は会議に出なければですし。べチアには有名なダンジョンがありますし、街並みが綺麗ですからね。」
さっきから気になっていたけど、水の都でベチアって……それ、ベネチアでは?
正式には、ヴェネツィアか?
いやどっちでもいいけど、イタリアのあの都市が思い浮かぶよ。
まぁ、似たようなところなのかな。ベネチアもべチアも、分からないけど。
「そ、それなら分かりました。僕でよろしければ。」
夏休みは暇だし、リリア様のほうが僕なんかで良ければ全然オッケーだ。
ダンジョンというのが気になるし、リリア様が一人で……っていうのも心配だから。
「良かったです!ちゃんと国から報酬も出ますし、結構はずむらしいので、期待していてください。」
リリア様が手でお金のマークを作って笑う。
楽しそうで何よりです。
「いつからいつまでです?」
僕は手でお金の形を作るリリア様に尋ねる。
「急ですが、明日から約一週間よろしくおねがいします。」
一週間か。少し長いと思うけど、大都市の引き継ぎがそれで終わるなら、短い方なのかもしれない。
「分かりました。決まった予定もないですし、僭越ながらお供させていただきます。」
「はい、こちらこそよろしくおねがいします。」
僕らは椅子に座ったまま頭を下げあう。
日本の名刺交換のときの下にし合うやつみたいで、なんか面白かった。
「れ、レストさん、一つお願いなんですけど……」
おじさん同士が名刺を下に下げ合って「いやいやこちらが」と、謙遜し合っている光景を思い浮かべていると、リリア様がおずおずと話を始める。
「何でしょうか?」
僕が聞き返すと、彼女は数秒視線をさまよわせたあと僕を見つめて。
「そこに膝ついて私の腕を取って『我が剣は貴方様を守るため』って言ってもらえません?」
そう言った。
はい?ど、どういうことだろうか?
「いいですけど……なんのセリフです?」
言葉的にアニメとかの騎士の誓いみたいなのが思い浮かぶけど、そういうことかな?
「王国での騎士の誓いです。き、騎士になっていただくのでやってもらえたらと思いまして。い、嫌だったら全然いいんですけど……」
リリア様は胸の前で手をぶんぶん振るが、顔はやってほしそうにしている。
そんな顔をされたら、断れるわけがない。
僕は黙って立ち上がり彼女の前に跪くと、小さな手を取って。
「我が剣は貴女様を守るため」
つぶやいた。
「これでいいですか?」
僕は顔を上げて、うわぁーっと歓喜の表情を浮かべるリリア様に尋ねる。
「はいっ!!」
彼女は幸せいっぱいとばかりに、強く頷いた。
そんなにこれが嬉しかったのかな?
「では、また明日学園前で。」
一通りいろんなセリフを言うと、リリア様は満足したようで、そう微笑んだ。
「はい、また明日。」
僕も微笑み返して、部屋をあとにする。
「私の騎士様……」
ドアを開いて数歩歩いたところで、背後から何かが聞こえてきた。
「はい?」
「な、何でもありません。さようならっ!!」
振り返って尋ねると、リリア様は顔を赤くして扉を閉めてしまった。
な、なんだったんだ?
なんにせよ、明日から水の都だな。
今回こそ何もなく終わればいいけど。
僕は何が壮大なフラグを立てているような気がしつつも、自分の部屋に戻っていった。
三日月がとてもきれいに光っていた。
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