8 水の都と愚者編

第116話 二つのプロローグ

「おはよう」


僕はベッドから降りて、つぶやいた。


こうやって、ゆっくりと朝を過ごすのも久しぶりのような気がする。

この学園に入ってから、色々なことがあった。


少し前は武道会なんてのもあったし、異国の勇者やかつての知り合いとも戦ったりした。


全てに整理がついたと言ったら、嘘になるけど。しっかりと、前を向けているような気がする。


この世界にやってきてから、もうかなりの時間が経った。

未だに何故この世界に来たのかとか、そういった確信に迫るようなことは何一つとして知れていない。


「あっつぅ」


僕は窓越しに降り注ぐ日光に、そう率直な感想を述べる。


春だったはずの季節はすっかり夏になって、汗ばむような暖かさが世界を満たしている。


「きゅー」


僕が朝の光を感じていると。いつの間に起きていたスロが膝に飛び乗って、朝の挨拶をしいてくれる。


「おはよう」


僕はもう一度つぶやいた。


「きゅー」


『おっはー』


「おはよう」


「あぅー」


今度はみんなが返事をしてくれた。


スロに魔王に、フローラにニル。皆この世界に来てからの仲間だ。


出会った頃には赤ちゃんだったニルも、今ではかなり大きくなっている。

毛も伸びて、フローラとまではいかないがもふもふ。


「よーし、学校に行こ」


僕は窓を開けてつぶやいたその時ーーーー






ーーーー爽やかな風が吹き抜けていった。





◇ ◇ ◇





「はーはっは、ふぁーはっは、ウオーホッホッホ!!!」


水に満ちた神聖な街を見下ろすとある崖の上で、男が珍妙な笑い声を上げる。


「はははは、ようやくっ!! このときが訪れたっ!!! 今まで頑張ってきたのも、全部全部誰かに台無しにされちゃったのもっ!!! 全ては準備に過ぎなーーーいっ!!!」


男はテンション高めに叫びながら、体をのけぞらせる。

驚異的な体の柔軟性。そして、圧倒的変態臭。


こんなのご近所さんに見られたら、そこ一週間その話題で持ちきりなこと間違いなしだ。


「くぉぉぉぉおおおおーーーんかいばかりはぁっ!!! この、わぁぁたくぅしぃが、直々に居るんだからっ!!! 負けることなんてぇぇぇぇ!!!!」


そこまで言い放った彼は、地面に付きそうなほどのけぞらせた背中を


「なぁぁぁぁぁぁあああああああいッッッ!!!!!!!」


そんな自信満々の絶叫とともに、跳ね上げた。


「というかぁっ、皆様気づきすらもしないでしょうっ!!」


男はもとに戻った姿勢のまま、頬は真っ赤に染め上げて、狂いすぎた微笑みを浮かべる。


「さーーあ、始めようっ!!! 人々が狂乱するなぁかぁ、我々のッ、私のッ、アーーーーーーーイすべきあの方がッッッ!! こーーーーーりんするッッ!!!!」


男はいつにもまして狂気を振りまきながら、街中に響かんばかりの大声で叫んだ。


「あーーーーーッ!! 待ち遠しいッッ!! そのためにもぉぉぉぉぉおおお!!!!」


彼は過去一番のハイテンションかつ爆音でそこまで叫ぶと、それから打って変わって。


「死んでいただきます、第三王女殿下」


世界全員が畏怖するような、この世のすべてを恨み尽くすような。怖さを通り越して、笑いすら浮かんできそうなまでの、絶対零度の表情と声色でそう言った。


男が叫んだその瞬間ーーーー






ーーーー冷たい風が吹きつけていった。

















男の言う通り、この物語はまだ始まったばかり。


我々が見てきたのは、世界の歴史のたった一部分。英雄譚の最新の一章に過ぎない。


彼が現れるまでに、何人もの英雄が、勇者が、聖女が、天才が居て。


その誰もがすべからく、死んでいった。


そんな中、賢者だけは――――――


その続きは誰にも分からない。


少なくとも、世に賢者の名を知らしめたと、その栄光を今この瞬間も辿っているレスト以外には。


この世のすべてが書き記されるとされている、神々の書物、聖書。


聖書はこの世界の誕生から始まり、今この瞬間もこの世界の誰かの聖なる物語を、書き記しているとされている。


時代時代を写し、綴ってきた聖書に重複する記述があることはありえない。


しかし、とある一節だけはその姿を変え、繰り返し記されてきた。











聖書 第12章758節


勇者を助ける4人の者がいた。

精霊たちはその4人の歌を代わる代わる歌う。


マジシャンは大魔法使い。大魔法使いはまどわすもの。なんびとより美しくなんびとより強き理想を持つもの。


ガーディアンは大盾使い。大盾使いはまもるもの。なんびとより堅くなんびとより太い意識を持つもの。


ヒーラーは大聖女。大聖女はいやすもの。なんびとより優しくなんびとより慈愛深い心を持つもの。


ワイズマンは大賢者。大賢者はかしこきもの。なんびとより深くなんびとより広い思考を持つもの。


森にはその歌が響き渡った―――――











―――――第1章1節


世界を形作る4人の者がいた。

精霊たちはその4人を代わる代わる称える。


マジシャンは大魔法使い。大魔法使いはまどわすもの。なんびとより美しくなんびとより強き理想を持つもの。


ガーディアンは大盾使い。大盾使いはまもるもの。なんびとより堅くなんびとより太い意識を持つもの。


ヒーラーは大聖女。大聖女はいやすもの。なんびとより優しくなんびとより慈愛深い心を持つもの。


ワイズマンは大賢者。大賢者はかしこきもの。なんびとより深くなんびとより広い思考を持つもの。


世界にはその歌が響き渡った―――――











―――――第XXXXX章YYY節


賢者を助ける4人の者がいた。

精霊たちはその4人の歌を今まさに歌おうとしていた。


――――は大魔法使い。大魔法使いは――――。なんびとより――――なんびとより――――を持つもの。


――――は大盾使い。大盾使いは――――。なんびとより――――なんびとより――――を持つもの。


王女は大聖女。大聖女は癒やし癒やされるもの。なんびとより優しくなんびとより愛する心を持つもの。


少年は大賢者。大賢者は臆病なるもの。なんびとより弱くなんびとより固い信念を受け継ぐもの。


その歌が歌われるのはもう少し後のお話。
















ずっと並行して紡がれてきた物語が、 やっと交差する。


勝つのは賢者か、はたまた賢者を求める者達か。


狂った男は、とどまることを知らない―――――

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