リリアとレストのデート #2

たくさんのお高そうなお洋服の前で、お好きに選んでくださいと言われても、ドレスコードと縁もゆかりもない僕には分からない。


なので、店員さんにお願いすることにした。


「どのような色をご希望でございますか?」


お兄さんは微笑みを浮かべながら、洋服たちを指さして言う。


どんな色と言われても、赤とか青とか黄色とか。そういう派手なものじゃなかったら、別にこだわりはないな。


「く、黒目のものでお願いします。」


見た感じ一番数も多そうだし、無難な黒にした。


「かしこまりました。コーディネートは、こちらで決めさせて頂いてよろしいでしょうか?」


「あ、お願いします。」


素人の僕が手を出したら、変な組み合わせになってしまいそうだし、プロに任せるに限るよ。


僕が頷くと、お兄さんは少々お待ち下さいと言い残して、奥へと入っていった。


僕は制服だったからわかるけど、リリア様も着替えるのだろうか。


元の服でも十分に良いと思うけど、それはやはり高級店。なんか区別があったりするのかな。


というか、本当にこのお店は何なんだろうか。


夜、豪華、ドレスコード。

その3つのキーワードが出ているわけだが、正直何も思い浮かばない。


考えた末に出た結論が、ダンスをするだったけど、多分リリア様の性格を考えたらダンスはないと思うな。


「お待たせいたしました。」


僕が頭を悩ませていると、お兄さんが洋服を持って戻ってきた。


「こちらでどうでしょうか。」


お兄さんは僕に微笑みかけて、手に持った服を見せてくれる。


えっと、黒のズボンに白いシャツに、あとジャケットとそのさらに上に着る裾の長いやつ。


「あ、大丈夫……です。」


どうでしょうかと言われても、良し悪しが本当にわからない僕にはそう返すしかない。


今後ドレスコードを気にする機会なんてそうそうないと思うが、もし機会があったら参考にさせていただこう。


「かしこまりました。では、お着替えのお手伝いはいりますでしょうか。」


お兄さんは、軽く頭を下げてからそう言う。


「え?」


僕は思わず声を出してしまった。


え、お着替えのお手伝いって……?

あれかな、ちゃんとした服だから着るのも大変ってことで、手伝ってくれるのかな。


着方はわからないし、手伝ってほしくもあるけど……今回はパスさせていただこう。


「大丈夫です。」


「かしこまりました。では、あちらでお着替えくださいませ。」


僕が断ると、お兄さんはにっこり微笑みのまま、左手の部屋を指さした。


「あ、はい、ありがとうございます。」


僕はお礼をして、服を受け取り、更衣室へと向かった。







「あの、これであってますか?」


僕は試着室のカーテンを開けてお兄さんに尋ねた。


「お客様。少々失礼いたします。」


微笑んだお兄さんは僕に近づいて、襟のところをズラして直してくれる。


「あとは、こちらですね。」


そしてさらに、僕がなんとなくの記憶で締めたネクタイを、一度解いて締め直してくれた。


「これでいかがでしょうか。」


お兄さんに促されて鏡を見ると、直されるよりも明らかに整った自分の姿が見える。

うわぁ、こんなに違うんだ。

流石プロ。いや、僕がダメすぎただけかもしれない。


「ありがとうございます。あの、これで終わりですか?」


「左様でございます。あとは、お嬢様のお着替えをお待ちいただければ。」


お兄さんは部屋の扉を開けて、廊下へ促しながら答える。


「あぁ、まだ時間って結構ありますか?」


僕は、このまま待つのならと尋ねてみた。


「そうですね。女性の方ですとどうしても男性よりも時間がかかりますので、まだお時間がございます。」


「じゃあ、ちょっと出てもいいですかね?」


僕がそう言うと、


「え、えぇまぁ。でも、如何為さったのですか?」


お兄さんは不思議そうに尋ねる。


「ちょっと、仕返しに。」


僕は数秒考えてから、そう微笑みながら答えた。





◇ ◇ ◇




「どの辺にあるのかな」


僕は街に出てつぶやいた。


こんなきっちりとした格好で外に出るのは少し緊張したが、この世界ではこういう服がわりかし普通みたいで別に変な目では見られなかった。


僕が抜け出した理由は一つ。

リリア様へ仕返しをするため!


朝からずっと振り回されっぱなしで、ずっと驚かされる一方なので最後くらい驚かせてやろうと思って。


今日一日とっても楽しかったが、やっぱりやられっぱなしは悔しいじゃん。


だから、彼女が着替えている間に、何か彼女がびっくりするようなプレゼントを買いたいのだ。


仕返ししたい以外に、普通に今日一日の感謝とかも込めてね。


「あまり遠くには行きたくないな。」


時間があると言ってもそんな熟考できるほどの長時間はないだろうから、近場で見つければいいな。


さて、なんだかんだ初めてのプレゼントとなるわけだが。何を渡せばいいのだろうか。


生まれてこの方女性にプレゼントを渡す機会がなかった僕には難しい議題だ。


もらって嬉しいものといえば、食べ物が筆頭なわけだが。

なんかこの漢字で食べ物は違うような気がするな。


指輪……は、重すぎる気もするし。

かといって、石鹸とかタオルとか実用性を求めすぎても、それはそれで白ける気がする。


うーん、本当に難儀なものだ。


僕が頭を悩ませていると、どこからか、


「星のネックレスなんていかがかのぉ?」


そんな声が聞こえた。


星のネックレス?


いつもならスルーするだろうが、今はドンピシャに気になるその言葉に、僕は振り向く。


「星じゃぞ。星がついてくるんじゃぞ〜」


白い髭をはやしたおじいさんが、ネックレスを片手に道行人に売り込みをしていた。

そのネックレスには、確かに星型の宝石がついていた。

横を見れば商品棚らしきものが有り、そこには太陽の形をしたもの。三日月の形をしたものなんか置いてある。


「売れんなぁ」


「おじいさん、これいくらですか?」


誰にも相手にされずにつぶやいたおじいさんに、僕は声をかける。


「おぉお金持ちそうな少年!!これは全部2000ヤヨじゃよ!!星の力が込められたりなんかすることはなく、ただの星の形をしただけのネックレスじゃが、美しさは確かじゃぞ!」


おじいさんは、ニッコニコの笑みで話す。

星の力がないってことを正直に言う辺りが、なんというか逆に信頼できる。


星型がイチオシみたいだが、僕的にはあの三日月のやつが一番いいかな。

紺色の落ち着いて色をした宝石に、金色のアクセントがあって良さげだ。


「この三日月のやつを下さい。」


「おぉいいセンスしてるなぁ。これはいい感じの金属をいい感じに加工して、いい感じの宝石を付けたいい感じのネックレスじゃぞ。お代は2000ヤヨ!」


僕が指さして言うと、おじいさんが聞いた方が良いような聞かないほうが良いような解説を添えて差し出してくれる。


とりあえずいい感じなのは分かった。


「はい。」


「ぴったりね。まいどあり!」


僕はネックレスを袋に詰めて、笑顔で渡してくれたおじいさんに頭を下げて、露天を後にした。


リリア様は気に入ってくれるだろうか。

少なくとも、驚きはしてほしいな。


僕はそんな事を思いながら、お店への道を辿った。

途中迷ったのは内緒だ。





◇ ◇ ◇







「戻りました。」


僕はお店に入ると見えたお兄さんに、帰還の挨拶をする。


「おかえりなさいませ。」


見事なお辞儀で挨拶をした彼は、僕の手元の袋を見るとにっこり微笑んで、


「いい仕返しはできそうですか?」


そう尋ねた。


僕も彼に負けないような笑みでつぶやく。


「うん。とびっきりのがね。」









「おまたせしました。」


僕がお店に戻って数分もしないうちに、奥からリリア様が出てきた。

本当に紙一重だったみたい。後少し遅れていたら危なかった。


僕は間に合ってよかったとホッと胸をなでおろして、顔を上げる……


「うわぁ」


……と同時に、そんな感嘆の声を漏らした。


「どう、ですかね?」


そうつぶやく彼女は、見間違うことなく『王女様』だった。


ガラスと言われても納得するような、美しいガラスの靴に純白のドレス。

変に装飾や宝石をまとうでもなく、ただその白一色で勝負しても勝てる圧倒的な美。


それが揺れるだけで、その場が華やかになるような神々しさ。


普段は長く垂らしている髪を、頭の後ろでうなじが出るようにまとめている。


普段とは一線を画した、整えられた美しさだ。

彼女の持つ雰囲気と合わせると、精霊かと見間違うよう。


『呼んだか?』


…………水の精霊王様はちょっと黙ってて下さい。

力をためている設定で本編であんま出番がないからって、短編の時に張り切りたいのも分かりますけど。


ちゃんと後で、水の精霊王様が絡む短編も出すって、天の声作者が言ってましたからね。


『出番があるのは嬉しいな。けど、やっぱ短編なのね。』


次の章……は無理……ですね。

その次の……その次の章くらいで結構絡んでくる……予定…なので。


…………はい、すみません。


『チェッ、約束だぞ』


水の精霊王様は最後に不満げな声を上げてから、黙った。


なんか、本当に申し訳ない。


閑話休題。


リリア様は、本当に超常的な美を誇っていた。


本当に、着替えなくてもいいんじゃないかと言っていた僕をぶっ飛ばしたいくらいに。


「綺麗です。」


語彙力の乏しい僕には、そうとしか形容することが出来なかった。


「では、行きましょうか。」


でも、彼女は嬉しげに微笑んでくれた。


さて。行きましょうかと言われて、赤いカーペットを進んで奥に行っているのだけれど。


ここはどこなのでしょうか。

だいたいの予想はついているが、普通に裏切ってきそうで怖い。


僕はどうか、変なお店じゃないことを願って彼女の後ろをついていった。





◇ ◇ ◇





「レストさん。」


ある程度歩き、廊下の突き当りの大きな扉の前についたところで。

リリア様が振り返った。


「は、はいなんでしょうか?」


その言葉の端に、なにか嫌な気配を感じた僕は若干の恐怖とともに返答をする。


「目をつぶって下さい。」


…………ほらぁ


悪い予感は的中するもので。

リリア様は実に楽しそうな笑みを浮かべている。


「は、はい?」


「いいからいいから。」


知らない場所で目をつぶるのはは流石に怖いと思っているのに容赦なく、リリア様は僕の後ろから手を伸ばして目を塞いだ。


「え、ちょっ」


「はい、進みましょう!」


戸惑いの声を上げる僕に構わず、彼女は僕を押す。


僕、ほんとうにこれからどうなってしまうのだろうか?


「目を開けていいですよ。」


目をつぶって歩いて感覚的には数キロ。

多分、実際には数メートルがいいところだろう。


いや、目をつぶって歩くのはガイドがあってもやはり怖いよ。

一瞬魔法で周り見てやろうかと思ったもん。


まぁ、そこは自制しましたけど。


僕は、やっとこの恐怖から開放されるのかと、目を開いた。


目をつぶっていたときとの明度の差で目がやられるかと一瞬身構えたが、そんなことはなかった。


「うわぁ」


見えたのは暗闇。

そして、そこに浮かぶ満天の星空。


さっき外に出たときには全く気が付かなかったけど、こうやって見上げると本当に神秘的だ。


「どうです?」


やってやったと笑みを浮かべて尋ねるリリア様。


「すごい、綺麗です。」


僕は彼女と星空を同時に見て、本当に絵画のようだなと思いながら返事を返す。


この部屋、半分がガラス張りになっていて屋内にいながら外の景色が楽しめるのか。


「なら良かった。じゃあ、こっちに来て下さい。」


「目は?」


リリア様が手招きをするので、僕はそう尋ねてしまう。


「開けていていいですよ。」


振り返った彼女はクスクスと笑いながら言う。

いや、この流れだと今回も閉じたほうがいいかと思うじゃん。


僕は彼女に連れたって、部屋の中心へと歩いていく。


「どうぞ。」


そこには、丸いテーブルが一つと椅子が二つ向き合って置いてあった。

僕らがそこに行くと、お兄さんがスッと椅子を引いてくれる。


音もなく椅子を動かすものだから、びっくりしてしまう。

さすがプロ。


「失礼いたします。」


僕らが席について一分も経たないうちに、ウェイターさんがやってきてテーブルにお料理を置いていく。


「どうぞお楽しみくださいませ。」


すべてを置いたら、彼らは去っていった。


「すごいですね」


接客もそうだけど、置かれた料理もすごい。


前菜、スープ、主菜、デザート。

そのすべてがしっかりと揃っている。


生ハムサラダに、コーンスープの進化系みたいなやつに、お肉とパフェ。


コース料理が一気に出てきた感じといえば分かりやすいかもしれない。


「これもチケットを頂きまして。どうです、びっくりしましたか?」


「えぇ、とっても。」


にっこりと彼女は微笑んだ。


「では、いただきます。」


「いただきます。」


僕らはコップを合わせて、料理を食べ始めた。


「うわぁ、美味しい」


ひとくち食べて分かる美味しさ。


複雑なパンチの聞いた味で押すのではなく、薄味でスッとまとめている。

素材の味を崩さずに、なおかつ料理の腕も出す。


本物の料理だ。


僕はしばし料理を楽しんだ。









「失礼いたします。砂糖の方お入れになりますか?」


お話とともに料理は進み、いよいよデザートのパフェだけとなった頃。

まるで見ていたかのようにぴったりなタイミングで、お兄さんがやってきて紅茶を入れてくれた。


「あ、一個下さい。」


「かしこまりました。」


お兄さんは手に持ったガラスの瓶から角砂糖を一個取り出して、紅茶に入れてくれる。


「美味しかったですね。」


リリア様が紅茶を飲みながらつぶやく。


「本当に素晴らしかったです。」


僕も相槌をうって、紅茶を飲む。

これも、しっかりと香っていて美味である。


なんか上から目線になってしまったけど、本当に美味しいのだ。

普段の謎の実と比べるのはあれだけど、美味しいのは確かだ。


「リリア様。」


僕は彼女がケーキを食べるのを見ながら、声をかける。


「はい?」


首を傾げるリリア様に、僕は微笑んで


「ちょっと目を閉じて下さい。」


そうつぶやいた。


「へ?えぇ、分かりました。」


一瞬混乱したような顔をした彼女は、すぐに察したように微笑んで瞳を閉じる。

僕はなるべく音を立てないように立ち上がり、彼女の方に歩いていく。


そして懐からあのとき買ったネックレスを取り出すと、彼女の首にかけた。


つけなれてないから少し手間取ってしまうけど、ちゃんとつけられて良かった。


僕はそっと胸にネックレスをおいて、何事もなかったように自分の席につく。


「もういいですよ。」


「はーい」


僕が声をかけると、リリア様は楽しげな声で返事をして目を開ける。

そしてしばし周りを見渡した後、胸に視線をやって、


「ふわぁ」


そう、花畑のような輝かしい笑みを浮かべた


「すごい、嬉しいです!」


彼女はネックレスを持って眺めると、はにかむようにつぶやいた。


「気に入ってもらえました?」


「えぇもちろん!」


僕が尋ねると、リリア様はさらに目を輝かせて言う。


ここまで喜んでもらえて、本当に良かった。

彼女みたいに高級品に触れてきたような人だと、こういうのなんて……と言われそうで少し怖かったけど。


彼女はネックレスをしばし見つめると、ちょっと顔を上げて僕を見ると。


「えへへ、レストさんからプレゼントもらっちゃいました。」


とろけるように微笑んだ。


僕はその笑顔に見惚れるようで、目を奪われてしまった。

夜空の下で、リリア様と二人なだけでこんなに心が満たされるんだ。


「僕も誰かにプレゼントなんて初めてですよ。」


僕は少し照れくさくなりながら、頭をかいた。


微笑む彼女と目があって、数秒経つと。


「「ありがとうございます。」」


二人して、そんな言葉を言っていた。

僕らは再び見つめ合って、


「「あはははは」」


そう笑いあった。


この日は、僕にとって最高の1日だーーーーー

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