リリアとレストのデート #1
「どういうことなのだろうか。」
僕は手に持った手紙を見下ろしながらつぶやいた。
『親愛なるレストさんへ
今週の日曜日の午後に、街の噴水の前に来て下さい。
何も持たなくていいので、気軽にお越し下さい。
リリアより。』
そんな、とてもシンプルな手紙。
数日前にいきなり渡されたんだけど、どういうことなのだろうか。
事情は全くわからないけど、リリア様からのお誘いなので日曜日の午後、僕は街の噴水の前でリリア様を待っていた。
『君さぁ、女の子からのお誘いだよ。それでいいの?』
早く来すぎたなぁと僕が思っていると、魔王が呆れ声でそう言う。
「いや、制服が一番無難でしょ?僕が持ってんの、これ以外だとラフなシャツとパンツと、後は日本の制服。しかも女の子用と、あと昔の『サファイヤ』のドレスくらいだよ。」
こうやって見ると、僕の持ってる服のバリエーションやばいな。
半分が女物って……まあ仕方ないんだけど、これじゃまるで僕に女装癖があるみたいじゃあないか。
『君、最近剣ばっかだから魔法のこと忘れた?何のために魔法が使えると思ってんの。』
魔王が、心底呆れた声で、諭すように言う。
「いや、なぜそこまで頑なに制服が嫌なのか僕にはわからないよ。」
いいじゃん制服。
冠婚葬祭に行けるし、普段着ててもいいし、身分は分かるし。
悪いところが見当たらないと思うんだけど。
「レストさん!!」
僕が魔王とあーだこーだ言い合っていると、正面からリリア様が小走りで駆け寄ってきた。
「お待たせしました」
リリア様は僕の側に立って微笑む。
「さっき来たところですよ。」
僕はそう返事をしながら、彼女の姿を見回した。
白を基調とした上品なワンピースに、落ち着いた色のバッグなどの小物類。
…………スゲェ……流石王族。いや、流石リリア様と言った所。
僕には到底真似できない優雅さだ。
『君も見習ってほしいな。』
感心して声も出せない僕に、魔王がぼそっと呟く。
うるさいわ。
「リリア様、今日は一段と綺麗ですね。」
僕は魔王を無視し、リリア様に率直な感想を述べた。
ちょっと恥ずかしくもあるが、そんなのこの上品さを前にすれば、微々たるもの。
元々の彼女と相まって、とてもお美しい。
「あ、ありがとうございます。」
そんなこと言われなれているのか、リリア様はさほど動揺せずに微笑んだ。
「では、行きましょうか。」
リリア様が、僕から目をそらして言う。
「え、ど、どこに?」
僕がそう声をかけた頃には、彼女はもう数歩歩きだしていた。
僕の声に振り返った彼女は、
「それは、行ってからのお楽しみです。」
とても綺麗に微笑んでみせた。
その顔は、暖かくなってきた気温のせいか、少し赤に染まっていた。
「ここです。」
リリア様について歩くこと、数分。
街の中心部からそう遠くない建物の前で、彼女は立ち止まった。
「ここは?」
僕は建物を見上げながら尋ねる。
その建物はレンガ造りで、周りの建物より頭一つ抜けて高かった。
見た感じだと、なにかのお店かな……?
「中に入ったら分かります。」
リリア様は実に楽しそうに微笑んで、中へと入っていく。
なんなのだろうか。
僕は未だ何もわからないままで、ただ彼女の後ろをついていく。
「お客様、招待状をお持ちで?」
中に入ると、スッとタキシードを着た爽やかなお兄さんが現れて、微笑を浮かべながら尋ねてくる。
僕はこの時点で、このお店がなにかはわからないが、多分自分とは一生縁がないタイプの高級店だということは分かった。
だって、敷かれているカーペットがまずふかふかだし、お兄さんは明らかに洗練されてるし、リリア様の背中越しに見える内装もモノクロを基調とした、人目で分かる凝った造形。
本当に、僕はどこに来ているのだろうか。
「お預かり致します。」
リリア様が差し出した二枚のカードを、まるでガラス細工を扱うように丁寧に受け取るお兄さんを見ながら、僕はそう思う。
ここまで来ると、リリア様と一緒でも怖くなってくる。
大丈夫だよね?場違いだからって追い出されたりしないよね?
ここに来て、制服のままだったことを猛烈に後悔してきた。
こういう高いお店にはドレスコードなるものがあるらしいし、受付で弾かれてしまうかもしれない。
『だぁから言ったじゃん』
魔王が、勝ち誇ったようにつぶやく。
『仕方ないじゃん!こんなとこに来るとは思ってもいなかったんだよ!』
「リリア・バモン・ヤフリオ様と、レスト様ですね。承りました。こちらへどうぞ。」
僕が涙目で魔王に対抗していると、なにやら処理をおえたお兄さんがニコニコとした笑みのまま、僕らを中に案内していく。
ねえ、リリア様のフルネーム久しぶりに聞いたよ。
僕、レストで呼ばれてたけど、大丈夫?
一応、僕結構長い名前あるんだけど、名前詐称とかで殺されたりしない?
僕はビクビクとしながら、ふかふかのカーッペとのしかれた道を歩んでいく。
「大丈夫ですよ。」
振り返ったリリア様が、そう微笑んだ。
「り、リリア様……」
全く知らない場所の不安感からの、よく見知った彼女の安心感はやばい。
本当に泣きそうになる。
というか、リリア様。もうそろそろどこに居るのか、これから何をするのか教えていただいてもいいですか?
僕、今すぐ逃げたいんですけど。
一秒でも早く、ギルドに駆け込んであのおじさんたちの酒臭さを感じたいんですけど。
僕もまさか、あの酒臭い雑多さにここまでの安心感を抱くことになるなんて予想できなかった。
「二階に上がります。階段ご注意下さい。」
先立って歩いていたお兄さんが、後ろを振り返ってそう注意してくれる。
ねぇ、二階に上がるってよ。
いよいよ本格的に恐怖だよ。
僕はビクビクしながら、階段を登っていった。
相変わらずふかふかな階段を登り切ると、円形の細い廊下が目に入る。
「あ……え?」
中央に切れ目があって、そこから光が指しているからそっちに行くかと思いきや、お兄さんとリリア様は、なぜかその左側の壁の方に歩いていく。
えちょ、そのまま行ったら、壁にぶつかる……!
僕が声を出すよりも早く、二人は壁へとぶつか…………らなかった。
「へ?」
二人が触れた瞬間、壁がまるで柔らかいもので出来ているように歪んで、億に空間が現れたのだ。
どういうことだ……?
僕も恐る恐るそこに触れてみる。
「布……?」
触れて気がついた。僕がずっと壁だと思っていたものは、真っ黒な布だったのだ。
「僕もいくか……」
二人はもう行ってしまったし、何より薄暗い細い廊下で一人取り残されるのはなんとも言えない恐怖感がある。
本当にここはどこなんだ。僕はどうなるんだ。
そんな疑問を浮かべながら、僕は布をめくって中へと入った。
「レストさんこっちこっち。もう始まりますよ。」
中は小部屋のようになっていて、入ってすぐのところにお兄さんがほほえみとともに立っていて、奥のソファにはリリア様が座っていた。
「え?あ、はい。」
僕は、よくわからないけど、急かされたので彼女の隣に腰掛けた。
始まるって、何が始まるんだ?
ソファの前は壁などがなく吹き抜けになっていて、そこからは下の様子が見渡せる。
それはまるで、コンサートホールの上のあたりにある特別席のような……。
僕が下を覗き込んで、そこに赤い椅子が並んでいるのを確認したとき。
パチパチパチパチ
そんな拍手が巻き起こった。
「へ?」
僕はやはり意味がわからずに、そんな声を漏らして、隣りにいるリリア様を見る。
彼女は僕を見て微笑むと、唇に人差し指を当てて、静かにというポーズを取った。
あ、はい、すみません。
僕は素直に心のなかで謝って、ソファに座り直して未だ拍手の鳴り止まぬステージを見た。
暗黒のステージにライトがゆっくりと差し、男の人が腕を振り上げる姿が見えた。
その瞬間。
繊細かつ豪快に弦が弾かれる音がする。
続いて、金管楽器の高い音。
はじめはヴァイオリンが引っ張り、途中ピアノが追いかけて、またヴァイオリンがでる。
裏では、ドラムが支え、盛り上がりではトランペットが音を奏でる。
そんな、言葉では表しきれない、体全体を揺らすような音の暴力。
これは…………。
音が途切れた後も、僕が呆気にとられて何も言えずに固まっていると、リリア様が微笑み顔でこちらを向いて。
「オーケストラ。すごいでしょう?」
そう、いたずらっぽくつぶやいた。
す、すごいです……。
そこからはもう、時間を忘れるようなひとときだった。
交響曲とか協奏曲とか何一つ知らない僕でも、存分に楽しめる演奏。
流石、赤いふかふかのカーペットが敷いてあるだけはある。
優しい曲も激しい曲も、はじめの導入も、中盤の盛り上がりも、最後の終焉も。そのすべての音が素晴らしくて、音楽の出来ない僕も憧れてしまうような演奏だった。
演奏が全て終わり、アンコールまで済ませた後。
「す、すごかったです……。」
僕は始まりに口に出せなかった、感嘆の言葉を述べた。
「それは良かったです。知り合いの方からチケットを頂いて、どうせ行くならレストさんと一緒がいいなと思いまして。お願いして、もう一枚貰いました。」
リリア様が、笑いながら言う。
「本当に、スゴかったです。」
知識がない僕には、スゴイとしか感想が言えない。
スゴイスゴイと繰り返す姿を見て、リリアが軽く笑った。
「楽しんでいただけて良かったです。最初怖がってたので、ちょっと心配でした。」
「あはは、いきなりよくわからないお店に連れてこられたので、怖くなっちゃって。」
僕が苦笑いしながら答えると、リリア様は、
「じゃあ、次行きましょうか。」
そう、またいたずらっぽい笑みで笑った。
…………え?まだ行くんですか……?
呆気にとられる僕をおいて、リリア様はお兄さんについて廊下へと出ていった。
…………付いていきます。付いていけば良いんでしょう!!
僕はやけくそ気味に、彼女の背中を追いかけた。
◇ ◇ ◇
「どこに行くと思いますか?」
お兄さんに見送られながらコンサートホールを出て、歩きながらリリア様が訪ねてきた。
「分かりません。ただ、もう暗くなってきたのでそう遠くないと……願いたいです。」
時間を忘れるひとときを過ごして、もう外はすっかり日が落ちかけている。
夜と夕方の間と表現すればいいのか、空が赤に黒に青に緑といった、色とりどりのグラデーションで飾られる時間帯。
こんな時間から、では次は山に行こう!なんて言われたら、さすがのリリア様相手でもキツイものがある。
「えへへ、どうでしょうかね。」
リリア様は僕の隣で楽しげに笑う。
というか、一国の第三王女殿下を護衛無しで歩かせてもいいものなのか。
それだけリリア様が信頼されているのか。それとも、その逆なのか。
はたまた、実は影からバッチリ見られているのか。
…………ないよね?
実は、高い建物の上から忍びみたいな人たちがずっと見てましたっていう展開。
僕は王女という立場なら有りかねないと、周りを見渡してしまう。
い、いないよな……良かった……。
別に見られてやましいこともないのだけど、やっぱり気になるし怖くなってしまう。
「そんな周り見てどうしたんですか?」
リリア様本人はそういうことを気にしていない様子で、僕を見て微笑みながら尋ねる。
「いや、何でもないです。」
本人に護衛がなんたらとか言うわけにもいかないので、適当に流した。
「そうですか。」
リリア様もそれ以上は突っ込まずに、前に向きかえって歩き続ける。
そして、数分歩いたところで、
「レストさん。」
リリア様が振り返って立ち止まった。
「は、はい……?」
いきなり名前を呼ばれて、僕は戸惑いながら返事をする。
リリア様は花の咲くような笑いを見せると、道の横のお店を指して、
「ここが目的地ですっ!」
そう叫んだ。
こ、このお店は………!!!!
なんて言ってみたが、正直外見を見ただけで、なんのお店かはわからなかった。
ただ、例に習って高級なお店ってことはわかる。
まず立地が中心街から離れてはいるが、歩いて行っても疲れないくらいの丁度いいところだし。
外装が明らかに、木とレンガとあと謎のお花とで、豪華だし。
3階建てだし、敷地面積が広いし。なんなら、小さな庭まであるし。
うん、これまた僕に縁はないような高級店ですな。
「じゃあ、行きましょうか!」
リリア様はわけがわからないなーともはや諦めの表情で、お店を見上げる僕の手を引いて、お店へと向かっていく。
…………ドレスコードとか大丈夫かな?
やっぱり、それなりの服を着てきたほうが良かったか……。
僕がそう本日2度目の後悔をすると、
『だぁかぁらぁ、言ったじゃぁぁぁん!!』
魔王が、姿は見えなくとも伝わってくる安定のウザさで脳内絶叫する。
分かったよ。僕が悪かったよ。制服じゃないほうが良かったです。すみません
というか魔王様、そのネタ好きすぎない?
一日通して愛用してるじゃん。
『いや、なんとなく。おもしろいじゃん。正直、私も制服でもいいとか思ったり思わなかったり。』
清々しく言い放つ魔王。
おい。
君、あんなに煽っといてこっち側なのかよ。
「レストさん、こっち来てください。」
「え、あっ、はい。」
僕が魔王と漫才的な会話を交わしているうちに、話は進んでたみたいで、いつの間にか僕たちの周りにお兄さんとお姉さんが立っていた。
もちろんお二人とも、シワ一つないような綺麗な給仕服を着ている。
…………やっぱり、ドレスコード必要なのでは。
『だぁぁあああああかぁああああらぁあああ!!言ったじゃぁああああああああん!!!!!』
魔王がさらに煽りに磨きをかけて叫ぶ。
…………もうそのネタやめようよ。
その子もそんな引っ張られると思ってないよ。
休ませてあげようよ。
「こちらへ。」
僕が何も言わずに黙っている魔王様に苦笑いしていると、お兄さんが前に立って案内し始めてくれていた。
周りを見れば、リリア様はお姉さんに案内され、別の方に連れて行かれている。
え?ここでまさかの別行動?
別れる前に、何をやるのかとここはどこかだけ教えてほしかったんですけど。
今からでも聞こうとするが、時すでに遅し。
リリア様の姿は見えなくなっていた。
…………怖いって……。
僕は、やっぱりふかふかな絨毯の上を、やっぱり微小を常に浮かべるお兄さんに連れられて、やっぱりよくわからない所へ案内されていく。
一つ角を曲がって、何やらお部屋の扉の前まで連れられると、お兄さんが僕を見て。
「では、お好きなお服をお選びください。」
ニッコリと微笑みながら、部屋の扉を開けた。
そこには、サイズと色別に見事に分けられた洋服たちが。
これって……まさか…………!!!!
『だぁぁぁぁああああああかぁぁあぁぁぁああああらぁぁぁぁあああああ!!!言ったじゃぁぁぁぁああぁぁぁああんっ!!!!』
…………すみませんでした。
やっぱり、ドレスコードがあるみたいでした。
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