レスト女装させられてリリアのお茶会に参加
とある晴れた日。
リリアは悩んでいた。
「うーん、一人。誰か一人いれば……。」
彼女が手元に持っているのは、淡いピンク色の便箋。
そこには、公爵令嬢からのお茶会の誘いがあるのだが。
『どなたか仲の良いお方をお一人ご招待下さい』
そう、達筆な字で添え書きされているのだ。
リリアは基本お茶会などにはあまり乗り気ではないが、公爵家にはお世話になった過去があるし、公爵令嬢とは顔見知りなので行こうと思っているのだが。
いかんせん、その一人を決めあぐねていた。
公爵家のお茶会と言えば、それはもう豪華絢爛なものだろう。
そんな場所で自分がやっていけるのかが不安であり、それを支えて、緊張が取れるような相手がいい。
そうなると、どこかの魔王しか浮かばないわけだが。
「女の子ですものね……」
参加者一覧を見たリリアが、再び大きなため息をつく。
参加する人の名前を見ていけば、ズラーッと並ぶ女の子の名前。エリーナとかカタリナとかクリスとかララティーナとか。
明言はされていないが、多分女子でのお茶会なのだろう。
そんな場に彼を連れていくわけには……。
彼が女の子であれば話は変わるが、彼はれっきとした男。間違われることも多いが、正真正銘の男だ。
そこまで考えたところで、リリアは一つ。天才的かつ悪魔的な方法を思いついた。
「これならいけます!」
その日、彼女は一日上機嫌だったそうだ。
◇ ◇ ◇
「ということで。よろしくおねがいします。」
ニッコニコの満面の笑みで、そんな説明をしたリリア様が言う。
「ということでじゃありませんよ。なんで僕なんですか。普通に女の子のお友達いらっしゃるでしょう?」
僕は痛む頭を押さえながら、至極当然の問を投げる。
なぜそこで、僕を女装させるという結論に至ったのか。僕には理解できない。
「あーぁ、レストさんは私とお茶会に行きたくないと?」
何故か拗ねた顔で、リリア様がつぶやく。
唇をとんがらせているが、その瞳の奥が楽しそうに笑っていることを僕は知っている。
「行きたいですよ?行きたいですけど、自らの尊厳を踏みにじってまで行きたいかと言われると。それに、なにより他に選択肢がありますよね?女の子呼べば良くないですか?」
女の子しか呼ばれていないお茶会に、誰か一人を連れてこいと言われた。
でも、信頼できる人があまりいない。
ここまでは分かる。
だから、信頼できる人を女装させよう!
ここから意味わからないんだよな……。
なぜそうなった。なんでそうなった。
僕は頭を抱えながら、とても楽しそうなリリア様を見た。
「ドレス着て笑ってれば終わりますから、対応は私がやるんで。ね?」
リリア様は僕の顔を見ながら、手を合わせて頭を下げる。
「ね?じゃないですよ……はぁ。もう分かりました。今回だけですよ?次からはちゃんとお友達見つけてくださいね?」
僕は今回だけと念を押して言う。
これで協力して、じゃあまたよろしくってなったら、それこそ大変だから。
あくまで今回のみの臨時的な役目。
リリア様にはぜひ、お茶会に連れて行くようなお友達を見つけてもらいたい。
「やったぁ!わかってますとも。お友達見つけておきます。じゃあ、こっち来てください。」
リリア様は絶対わかってないタイプの返事をして、僕を鏡の前の椅子へと迎える。
「はぁ、本当に何してんだか」
僕はまた痛くなってきた頭を抑えながら、急かされて椅子に座る。
「まずは髪の毛からいきますね。」
リリア様は語尾に音符が付きそうなほどに楽しげな声でそう言うと、僕の髪の毛に触れていく。
「これはこうしてあれはこうして……」
あっという間に素早い手付きで、僕の髪の毛にピンやら何やらが装備されていく。
昔、小学校低学年くらいの頃。まだ僕が普通に生きていた頃に、クラスの女子たちからこんなふうに髪の毛をいじられた記憶がある。
あの頃はよくわからないけど、本が読みたくて早く終わらないかなと思ってたな。
過去の中では珍しく平和な記憶だ。
「さらっさらでいいですね。」
リリア様は僕の髪に手ぐしをしながらつぶやく。
サラサラなんて言われたことはないが、確かに癖っ毛とかそういうことで悩んだこともないな。
「オッケーです。じゃあ目を瞑ってください。」
数分間髪の毛を触っていたリリア様が、髪から輝を話して言う。
「なんのために……?」
目を瞑ると言うと悪い記憶しかないのだけど……。
「そりゃもう、お化粧ですよ。」
彼女はニンマリと笑いながら、なにか道具を取り出す。
「いや、やっぱりこの話ご遠りょ……」
「はいはーい、じっとしていてくださいね。」
僕の抵抗の声を遮って、リリア様は僕の前髪を上げ始めた。
今までは素の顔だから、まだ。まだ許せると思ってたけど……お化粧までしちゃったら、それは完全なる女装だから、嫌なのだけど……。
というか、リリア様自身普段お化粧してなくないですか?
お化粧しなくていいですよね……?
僕のそんな思いは通じず。なにか冷たいものがリリア様の手のひらとともに顔に運ばれてくる。
「うぎゃぁー!!!」
ここまで来たら僕にできることはなく。
ただただ、なにかの液体や粉を顔に塗られた。
…………もう、本当に今回だけですよ……。
「お化粧終わりましたよ〜」
リリア様が実に楽しそうな声で告げる。
「見えないんですけど……。」
僕は顔の表面がなにかに覆われているという初めての感覚にムズムズしながら、鏡が置かれていないので自分の姿を確認できずにつぶやく。
「しっかり可愛くなってますから、安心してくださいね。お顔まわりは完成したので、後はお洋服ですね。ちょっと待っていてください。」
リリア様はにっこりと微笑んで、お部屋から出ていった。
服か。貴族様のパーティーってことだし、シンプルなドレスとかなのかな。
変にひらひらがついているのとか、無駄に凝っているのはやめてほしい。
スカートはスースーするという意見があるけど、悲しいことに僕は高校をそれで過ごしていたので、その違和感はあまり感じなくなった。
別にいいことでもないし、できれば違和感を感じていたかった。
「お待たせです。」
リリア様は淡い桃色のワンピースを持って帰ってきた。
「これ、着てみて下さい。」
当然とばかりに僕に渡されるお洋服。
ワンピースかぁ……ピンクかぁ……。
ちょっとハードルが高いけど、もうここまで来たら受け入れざるを得まい。
「あちらでどうぞ。」
部屋の奥を指して笑うリリア様に導かれて、僕は影に隠れる。
幸いなことにシンプルな作りでひらひらとかがあまりついていないやつだから、まだいけた。
着てみると、普通にピッタリサイズ。
女物が普通に着れる時点でおかしいんだよな。未だに170なんて夢の夢だが、僕の成長期は果たしてどこに行ってしまったのだろうか。
「できましたよ。」
僕は悲しい気持ちになりながら、リリア様の前に出る。
「おぉ、いいですね。似合ってます! あとは……」
リリア様はパチパチと拍手をしてから、何やら後ろを向いて何かを探し始める。
この後は何が来るのか。もうここまで来たら、逆に怖くないまである。
「これをつければ……完成!!」
リリア様が取り出したのは、可愛らしい桃の花。
彼女は髪飾りになったそれを、僕の髪の毛のかきあげて留める。
「うん!最強です!!」
「楽しそうで何よりです。」
僕を見て完璧と笑うリリア様に、もう僕はそうとしか言えなかった。
「ほら、可愛いでしょ?」
リリア様はどこからか大きな鏡を持ってきて、僕に自分の姿を写せながら言う。
目の前の鏡に写るのは、髪の毛を桃の髪留めで留めたワンピースを着て、どこか諦めたような顔で見つめる少女。
本当に、自分でも認めざるを得ないほどに違和感がない。
ははは、逆にこれも才能なんだろうな。こんな才能はいらないのだけど。
「よし! 私もドレスを着たら、パーティーに向かいましょう!」
「え?今からですか?」
腕を上げて勢いよく言うリリア様に、僕は尋ねる。
てっきり、数日後だと思っていたのだけど……。
「もちろん!この後すぐですよ!」
リリア様は当然とばかりに笑って、部屋を出ていった。
「はぁ、本当に何がどうなっているんだか」
僕は鏡に映る自分に、お前も大変だなと笑いかけながらつぶやいた。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、緊張しますか?」
隣に座ったリリア様が微笑みながらこちらを見る。
今現在は馬車に揺られて移動中。
リリア様も着替えていて、水色のドレスがお似合いです。
「まぁまぁ。想像がつかないので、緊張もできないっていうのはありますね。」
貴族のパーティー以前に、普通のお友達会とかにもちゃんと行ったことない僕だから、イマイチ想像ができ兄。
なんとなく、お茶飲んでお菓子を食べて談笑するということは知っているけど。
「私も数回しかお呼ばれしたことは有りませんけど、思っているよりもラフで楽しいですよ。」
「そうなんですか。僕は黙っていればいいということなので、端の方にでもいますね。」
微笑むリリア様に、僕は彼女がしっかりと馴染めているのだということを再実感して、自然に笑みがこぼれる。
出会った頃は、本当に昔の自分を見ているようで。痛々しかった彼女が、今はこうしてお茶会のことを話し、僕に女装をさせるように鳴るなんて。どこか感慨深いものがある。
「別に喋ってもいいんですよ?」
そう言って話すテーマを列挙してくれる。
最近あった楽しいことに、気になる異性。愚痴のような話や、好きなものの話。
上がってくるのはどれも普通のも話題で、それを聞いていると貴族も人間なのだと当たり前なことを思う。
「貴族のご令嬢型と何の話をしろと?それに、喋ったら男ってバレちゃいません?」
声変わりしていてしていないような声だが、流石に女性に混ざっていれば男だと分からなくとも、違和感を感じるくらいには低いと思う。
「いや、レストさん声が高いしバレないと思いますよ。心配なら女の子っぽく喋ってみたりとか。」
「そこまでして喋りたくは有りません。大人しく座っております。」
期待を込めた眼差しで僕を見るリリア様に、僕はそう告げる。
話してみたら案外楽しいのかもしれないが、初対面が女装は嫌だし。
「小一時間で終わると思いますし、美味しいお茶でも飲んでゆっくりしていてください。」
そんな僕の心境を知ってか知らずか、リリア様はそう言って微笑んでくれる。
まぁ、挨拶くらいならしてもいいかな。
というか、貴族のパーティーに呼ばれるなら貴族じゃなきゃダメじゃないのだろうか。
僕は一応『魔王爵』なんていう位を持っているけど、あれ使えたことないし。言ってもわからないだろう。
「着きましたね。」
僕が今更なことに頭を悩ませていると、外を眺めていたリリア様がつぶやく。
「うわぁデッカイ。」
僕も窓から顔を出して覗くが、想像以上の大きさだ。
馬車はもうすでに門をまたいで公爵家の敷地に入っているが、まるで公園かどこかに居るような広くて、整ったお庭。
さすが大貴族、公爵家だ。
僕は、こんな規模のお方が開くお茶会に、僕なんかが行ってもいいのだろうかとこれまた今更ながら不安になりながら、公爵家の大豪邸を眺めた。
◇ ◇ ◇
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「貴女のその髪飾り、とても可愛らしくて。」
「殿下のそのスカートも、とても華やかでして。」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「……………………」
皆様、お元気でしょうか。レストでございます。
僕は今公爵家のお嬢様が主催するお茶会に女装をしてきています。とても意味のわからない状況ですが、一番混乱しているのは僕だと思います。
馬車から降りたらすぐさま執事の方が案内してくれて、この広い中庭のようなところに連れてこられたのだが。
いやぁ、なんというか。スゴイね。うん。それしか言えないよ。
女の子のお茶会ということで、周りは貴族のお嬢様方ばかりなのだが、とても皆様華やかで。
始まりはごきげんよう。そして相手の持ち物を褒め合ったあと、世間話をして、次に恋バナ。それが終わると、締めにごきげんよう。
とにかく、ごきげんが良いようで。
皆とても楽しそうに話を弾ませている。
リリア様は主催者の公爵家のお嬢様と談笑中。
そんな中僕はというと、一人お庭を見つめております。
さすが公爵家。家もとても広くて趣があるけど、中庭も一流で。
バラの花壇がありえないほどに美しく輝いている。
スゴイなー。こんなにキレイにどうやって咲かせるんだろう。
普通なら季節的に咲かないはずの花も咲いている。
やはり、公爵にもなるとお花の開花時期をずらすことまで出来るようになるのか。スゴイな。
頂いた紅茶もとても美味しかったですし。お茶菓子も絶品。
本当に、素晴らしいとしか言いようがございません。
僕は庭の端っこにおいてあるベンチに腰掛けて、今一度庭全体を見渡す。
華々しいドレスを着たお嬢様方が、ざっと百人以上。二人か三人のグループを作って話に花を咲かせている。
「んぅ?」
僕はザーッと目を通したところで、一人の女の子に目が留まる。
その子は僕と同じように庭の端にいて、膝を抱えながら花壇を見つめていた。
見た感じ、誰とも話していないみたい……。
「こんにちは。」
僕は彼女の横に座り込んで、そう微笑んだ。
僕なんかが話しかけてもいいのか、話しかけるならやはりごきげんようなのか。色々と悩んだけど、僕は僕らしく。いつもどおりに行ってみることにした。
ごきげんようから始めても、その後何を話せばいいのかわからないし。
「…………」
少女は僕が話しかけても、こちらを見ることすらせずに花を見ている。
「花が好きなんですか?」
ずっと見ているのは花が好きなのか。
それとも、話しかけられたくないのか。
「…………」
僕の問いを彼女はことごとく無視する。
さすがの僕でも少し傷つくよ……。
僕がどうしようかなと顔を上げたとき、少女がふいに手を伸ばした。
「ちょうちょ……」
彼女の伸ばした細い指に一羽。白い蝶が止まっていた。
「…………」
思わず漏らした僕の声に、少女は少しだけ頭を下げて反応する。
「ちょうちょが好きなんですか?」
「……飛ぶ……綺麗……」
僕がさらに蝶について尋ねると、彼女は手に乗った蝶を撫でながら小さな声で返事をしてくれた。
初めて聞いたその声は……とてもキレイだった。
少女が指を少し曲げると、蝶は羽ばたいて飛んでゆく。
「綺麗」
彼女が問われるでもなく、また小さくつぶやいた。
僕と不思議な少女はそこから、細やかな会話を始めた。
◇ ◇ ◇
「レストさん」
しゃがみ込む僕に、そんな声がかかる。
声がした方を見ると、リリア様が微笑んで立っていた。
「お話は終わりましたか?」
僕は立ち上がって尋ねる。
「えぇ。レストさんは……」
頷いたリリア様は、僕の隣に視線をやる。
そこには、相変わらず蝶と戯れる少女がいた。
「……バイバイ」
リリア様が来たからか、僕の耳に口を寄せてさらに声を小さくして、少女はつぶやく。
「とても楽しかったです。またいつか。」
僕は少女に微笑んでお辞儀をする。
スカートの端を持つカーテシではなく、普通に頭を下げるだけのやつ。
「…………」
少女は無言で無表情のままだったが、小さく手を振ってくれた。
「仲良くなれたみたいで、何よりです。」
手を振り返す僕に、リリア様が微笑む。
「リリア様は楽しかったですか?」
「ええとても。少し疲れましたけど。」
僕が尋ねると、リリア様は笑いながら言う。
「帰りますか。」
「そうですね。」
僕は一度少女を振り返って手を振り、リリア様は公爵家のお嬢様に軽く礼をして、二人でお庭をあとにした。
貴族のお茶会に女装で参加するという、本当に貴重すぎる体験だったけど。
素敵な出会いもあって、案外楽しかった。
まぁ、もう二度とやりたくないけど。
だけど、蝶が好きで無口な彼女には、普段の姿でまた会ってみたいな。
僕は馬車に乗り込んだあと、空を見上げる。
そこには二羽、白い蝶が対になって飛んでいた。
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