幕間 from… 手紙は届く

「こっちの患者さんお願いできる!?」


「はい!!」


話は少し遡り、登場人物も変わりゆく。


とある平日。

片腕を失くした少女、シアは簡易的に作られた救護テントの中を駆け回っていた。


普通なら学園に通っているはずの日、元貴族だった彼女は消毒液片手にこの血の匂いにまみれたテントで働いていた。


「痛いますけど、我慢して下さい!このままだと腕がなくなりますよ!!」


数時間前に近くに出没した大型魔物との戦いで、多数の冒険者達が傷を追って彼女と医師ナームの元に運ばれているのだ。


「も、もう無理だ……」


「諦めないで!!いきますよ!!!」


今にも消えそうな声でつぶやいた男の腕に薬を塗り込みながら、シアが叫ぶ。


「ウッグゥ!!」


男が血の垂れる傷口に触れられた痛みから、絶叫する。

そんな悲鳴にも似た声は、このテントの至ることろから上がっていた。


「はぁ………あぁ………ありがと……う…………」


数十秒の絶叫の後、血が止まった腕を見て項垂れながらも男が感謝の言葉を述べた。


「はい!!」


シアが良かったと安堵し笑顔をこぼしたところで、


「シアちゃん!!急患いける!!?」


「い、いけます!!!」


シアは次なる患者を目指して、走り出した。


◇ ◇ ◇


「おつかれー。無理させちゃってごめんね。」


その日の夜。

夜というより真夜中と言ったほうが良いような時間まで休む暇なく働いていたシアに、ナームが申し訳無さそうに声をかける。


「大丈夫です。ナームさんも大変でしたよね。」


椅子に腰掛けて、白湯を手にしながらシアが微笑む。


「ほんと、疲れちゃうよ。」


「あはは、今日はよく寝れそうですね。」


肩を触りながらつぶやいたナームに、彼女は明るい笑みで返す。


「あっそうだ。これ、君宛てに手紙。」


白湯を飲むシアが笑っていることを確認して、ナームは懐から何かを取り出した。

それはやけに綺麗な茶色の封筒だった。


「私……ですか?」


自分に手紙を送る人なんて、家族以外思いつかないがその家族と絶賛離別中なんだから、誰からのものかと怪しみながらシアは封筒を受け取る。


「うん、開けてみな。多分悪い知らせじゃないと思うよ。」


「は、はい……」


微笑むナームを見てそうつぶやいたシアは、淡い水色の便箋を手に取って、











ーーーー『前略』から始まるその手紙を、読み始めた














前略


僕はあの火事のときあなたと共にいた者です。


あの時、あなたを助けたかった。

自分自身を鑑みずにあなたを助けたかったです。


けれど、僕の中途半端な覚悟で中途半端に手を出してしまい。その結果、あなたに傷を負わせてしまいました。

身体だけでなく、あなたを取り巻く環境すべてを悪い方に変えてしまったのです。


あなたがあの事件をきっかけに、魔法学園に通えなくなったと聞き、心がとても痛みました。


これはただの自己満足かもしれません。少なくとも、心に積もった罪悪感を払拭するための行為であることは確かです。


そんな自分勝手な思いもありますが、それでも僕はあなたには幸せになってほしいです。


あなたの笑顔はとても美しく、誰かの背中を押して励ましてあげられるような輝きを持っています。

そんなあなただからこそ、環境のせいで未来を諦めて欲しくはないのです。


なので、僕からほんのささやかですがお金を送らせて頂きます。

これはあくまでも、僕の勝手な償いであり贖罪なので、僕のことは気にせずにあなたはあなたらしく笑って生きて欲しいです。


あなたが魔法学園を卒業し、夢を叶えて笑えることを心より願っております。


突然のお手紙、前略することをお許し下さい。


草々






「う……うぅ……」


シアは、その便箋に綴られた文字をたどり、読み終えた頃には涙していた。


「うぐっ……こ、これは誰が……?」


彼女はその手紙を大切に握りしめ、ナームに尋ねる。


「さぁ、見当もつかないよ。」


ナームはシアにハンカチを手渡しながら、そうにっこりと微笑む。


「ひっく……うぅ………うぐっ…………」


シアは再び手紙を目を落として、また泣き始めた。

今度の涙は大粒で、なかなか止まりそうにない。


「学園に行くかい?」


ナームはその様子を温かい目で見つめて尋ねる。


「でもお金が……」


「あるじゃないか。」


お金がないと言おうとした彼女の声を、ナームは手紙を指差すことで遮った。


「でも……そんな私が…………」


シアは視線を手紙とナームの顔へ行き来させながら、戸惑いとともにつぶやく。


「分からないけど。きっとこの手紙の主は、君が幸せになることをただ切実に願っていると思うよ。」


ナームは茶色い封筒についたインクをこぼした跡を指しながら、失敗したんだねと笑う。


優しく微笑んだ彼を見て、シアはこくりと頷くと。


「行きます」


そうはっきりと言った。


「魔法学園、行きたいです。」


シアは手紙をそっと折りたたんで胸に抱きながら、強く告げる。


「そうか。君はいい子だから離れるのは少し寂しいけど、君にとってはそっちの方がより何倍もいいだろうね。いってらっしゃい。」


シアのまっすぐな姿に笑みを溢して、ナームは少し寂しげに言う。


「ありがとう……ございます……」


その笑顔にまた泣き出しながら、シアがつぶやいた。


「泣かないの。綺麗な顔が台無しだよ。」


ナームは笑みを絶やさず、白衣のポケットからこれまた白のハンカチを取り出して渡す。


「うぅ……だって…………」


涙を拭きながら子供のように泣き続けるシアの姿に、ナームは暖かに微笑んで、


「ほら涙拭いて。あっちに行けば、この手紙の主に会えるかもしれないよ。」


そう告げた。


「へ?」


シアはその瞬間、不意を突かれたように顔を上げる。


ぱちぱちと瞬きをする彼女にナームは、


「多分、だけどね。」


パチリとウィンクを飛ばした。


その時、シアはすべてのことが頭の中で繋がった。

手紙の内容と現実が見事にリンクしていく。


そしてそのすべてを悟った彼女は、涙で赤くなった目尻を下げて、


「ありがとう」


そんな美しくも優しい笑みを浮かべた。

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