第114話 勇者ノ没落
「ど、どうしよう咲夜……」
クラスを出て廊下を歩きながら、春奈が不安げにつぶやいた。
それもそうだ。だって、今までずっと一緒にいてきたクラスメイトたちにある意味裏切られて追い出されたんだから。
「ごめんな……」
赤井はそれでもついてきてくれる春奈へ、感謝の言葉を小さくつぶやいた。
「クソ、アイツらクソ野郎が……」
彼の心では色んな思いが渦巻いていた。
クラスメイトへの怒り、追い出されたことへの恐怖、何故という疑問。
そして、自分がしてきたことへの疑念。
赤井が複雑の感情のまま、宛もなく彷徨っていると。
「どうしたんだい?」
そんな、のんきな声とともに一人の男が現れた。
「き、騎士団長!」
春奈が言ったとおり、そこには別れたはずの騎士団長がいた。
学園に行くということで別れてそのままずっと会ってなかったが、こんな奇跡的な再開を果たすなんて。
赤井にとっては、最悪のタイミングだろう。
「………………」
赤井は騎士団長に負けた嫌な記憶からか、目をそらして地面を見つめていた。
「なるほど……」
その様子をひと目見て、そうつぶやいた騎士団長は腰に手を当てて、
「赤井君。久しぶりに私と試合をしないか?」
と、変わらない呑気な声で言った。
「そんな気分じゃない」
一瞬驚いたように体を震わせた赤井だが、その後すぐにその申し出を断った。
「じゃあ剣抜いて、いくよっ!!」
しかし、もうその頃には騎士団長は剣を抜いており、このままだと無防備な赤井に斬りかかろうというところまで来ている。
「ッ!!!クソがっ!!不意打ちだろっ!!」
手加減はされておりゆっくりだが、それでも自分を確かに捉えている剣を見て、赤井はすぐさま自らの剣を抜いて対抗した。
あのまま気づかなければ、彼の右腕は今頃地面に落下中だろう。
「おおっ!ちょっとは強くなってんじゃん。これはどうかな?」
すぐさま反応できた赤井を称えながら、騎士団長は今度は容赦なしの一撃を放った。
「ガハッ!」
赤井は反応しきれず、その一撃を腹にもろに食らう。
「うんうん。いいねいいね。じゃあこれ。」
明らかに反応できていないのに、騎士団長はニコニコと頷いて、まだ立ち上がったばかりの赤井に次の一撃を叩き込む。
「グッ!」
「おうおう。じゃあもういっちょ!」
やはり、攻撃に対応できず剣に飛ばされる赤井へ、騎士団長は絶え間ない剣技を飛ばし続ける。
「グヘホッ!」
剣が下から食い込み赤井の身体が宙を舞ったとき。
「も、もうやめて下さい!!!」
とうとうずっと見ていた春奈が、そんな停止を求める声を上げた。
赤井の負けは傍目から見たら明らかであり、こんなのはただのいじめにしか見えなかった。
「ちょっと黙ってて。ほれっ!」
しかし、騎士団長はとても冷たい声でその停止の声を否定し、さらなる打撃を加える。
「ガホッ!!」
赤井は2.3本骨が折れているのか、変形したお腹を押さえながら、なんとか立っている状態だ。
「ぬんっ!」
でも、騎士団長は止まらない。
………
……
…
「おーい生きてる?」
数分間、もはや意識を失いかけていた赤井へ戦いという名の殺戮を行った張本人である彼は、とても呑気な声で赤井の頬を叩いた。
「あ、あぁ……」
歯も何本か折れた赤井が、虚ろな瞳で返事をする。
「いやぁ随分ぼろぼろだね。」
良かったと胸をなでおろすこともなく、騎士団長は赤井のボロボロになって至るところから血が出ている体をツンツンとつつく。
「誰のせいだと……思ってん……だ」
赤井は自分の脇腹を抑えながら、せめてもの反抗を見せた。
「あははは。で、気分はどう?」
愉快げに笑った騎士団長が、赤井の顔を覗き込んだ。
「最悪だ。クラスメイトにコケにされてその後にはお前に。もう、最低だ。」
赤井は最悪最低とつぶやきながら、その上半身を起こした。
そのとたん、明らかに人体から鳴ってはいけない音がして彼は痛みで顔を歪める。
「そうかい。でも、君はそれ以上のことをしてきただろ?」
肉体がボロボロ満身創痍な赤井に、騎士団長は精神面で追い打ちをかける。
本当に彼は何がしたいのか。
このままだと傍から見たら、ただのサイコパスにしか見えない。
「…………そうだな……」
赤井は小さな声で肯定した。
「やられる側の気持ち、少しはわかった?」
騎士団長は相変わらずの呑気な笑顔のまま、赤井と目を合わせる。
「…………まぁな……」
赤井はその瞳を逸らさずに、再び肯定の返答をした。
「そうか。君はこれからどうしたいんだ?私としては別に君がどうしようがどうってことないんだけど。」
その返しに、にっこりと微笑んだ騎士団長は赤井から目を離して背伸びをしながら尋ねる。
「強くなる」
赤井は少しの間もおかず、きっぱりと一言で答えた。
「それは、復讐のため?数に負けない圧倒的な力を手に入れるの?」
騎士団長が空に向かって拳を突き出して、殴るジェスチャーをしながら聞く。
「いや、違う。なんかアンタに言われて目が覚めたんだ。自分がしてきたこととか、他人の痛みとかそういうのが今まで全くわかってなかったのが、ぼんやりとだけど分かってきた。」
赤井は明らかにそれまでと違った、憑き物が落ちたかのような顔でつぶやく。
その晴れた顔の中には、過去の行いに対しての強烈な懺悔と後悔が潜んでいた。
「うんうん」
「よくわかんねぇけど、俺は多分最低の人間だ。」
優しげに微笑んで頷く騎士団長を見ながら、赤井はそんな自虐ネタを披露する。
「そうだね。」
「そこは否定しろよ……。けど、こんな俺にも付き添ってくれる馬鹿が一人いたから。だから、今までの分そいつだけは意地でも守りたい。」
普通なら『そんなことない』と否定するところで、清々しいまでに肯定した騎士団長へ、呆れにも見える表情を見せて赤井が覚悟を告げた。
その覚悟はなんの因果か、彼が最も後ろめたく思っているであろう少年ととても似寄ったものだった。
「そんな上っ面だけの行動で、やられた人たちの傷は癒えるかな?」
どこまでもいじわるに、騎士団長は疑問を投げる。
そんなこと、赤井自身が最もわかっているだろうに。
「んなわけない。多分、俺のしたことは一生胸に残り続けるだろ。」
彼は自らの胸に手を当てて、その心音に耳を傾ける。
「謝らないの?」
「…………それができたら苦労しねぇんだ……」
騎士団長が純粋無垢を偽って言った言葉に、赤井は小さな否定の声をつぶやいた。
「あはははは、言うようになったじゃん。」
俯く赤井を見て、騎士団長が大きく口を開けて呑気な笑い声をあげる。
「っせ。…………あんがとよ」
その姿にうざったいとばかりに吐いた赤井は、少ししてから適当な感謝の言葉を投げた。
「ん?」
小さかったから聞き取れなかったのか。それとも、聞き取れているがわざと聞き返したのか。
「その、目覚まさせてくれてありがとって」
赤井は痛む首を曲げて騎士団長を見上げ、今度はちゃんと聞こえるようにハッキリと感謝を伝えた。
「ふふふ、私も昔はそうだったから」
愉快げに微笑んで、騎士団長はそうつぶやく。
「は?てめぇが?」
「そうよ。子供の頃は色んな人叩いたり蹴ったり殴ったり。迷惑かけて、親は早くして死んでたから可哀想に思われて酷く怒る人もいないから、止まらない。本当に最低のやつだっだよ。」
信じられないといった顔の赤井に、彼はまるで美談を話すように語ってみせた。
「でも、騎士団に入って、自分と向き合って変われたんだ。きっかけは君とおんなじで、ボコされたことだったよ。」
思い出したら痛くなってきたと笑いながら、騎士団長が言う。
「そうか……」
赤井は到底自分と同じようだったとは見えない、騎士団長にもそんな過去があったのかと思った。
「今でも地元には帰れない。私がしたことは彼らの心に深く傷を作って、決して癒えることはない。頭を下げても何をしても。近づくだけで吐き気がすると言われたこともあった。」
騎士団長は、いつになく真面目に己の過去の失敗経験を語る。
その顔には、未だに消えない後悔が染み付いていた。
「でも、それでも甘いほうだ。だって私と君は、そんなことでは償えないほどの罪を犯していたんだから。」
赤井の顔を見つめて、騎士団長がその笑みを絶やして言い切る。
「…………そうだ……な……」
今一度他人から己の犯した罪を突きつけられた赤井が、その胸を抑えながら苦しげに返事を返す。
「じゃあね、勇者くん。君がどうなろうと私は知らないけど、」
しばし赤井の様子見つめていた騎士団長は、不意に元の微笑みを戻して、はじめに告げた言葉と同じようなことを囁く。
「ちょっとだけ期待してるよ。」
その、最後だけを期待へと変えて。
◇ ◇ ◇
「またやってんぜ、あのバカ井」
「今までやってなかったのに、あんなクソ真面目にバカ見てぇだな」
「ちょっとからかってやろうか」
「やめとけ。勇者様だぞ?」
「「アハハハハハ」」
武道会から少しの時間が経過した。
イベントの熱気も冷めやんで、生徒たちが徐々に日常を取り戻し始めたある日。
二人の生徒が、学園の渡り廊下を歩きながらそんなやり取りをしていた。
彼らの顔に浮かんでいるのは、からかいや嘲笑い。見下すような表情だ。
その視線の先には、
「ハッ…………フ……グィ……」
剣を持ち素振りを繰り返す少年が居た。
彼の名前は、
日本の高校生だったが、突然異世界に転移してしまった。
彼は元々の傲慢な性格と、それを助長させるような周囲から日本ではいじめを行い、異世界に来てもその行為は静まるどころかエスカレートしていたーーーー
「ハッ…………グッ……」
素振りの途中で赤井はよろけてしまったが、それでも剣を離さずすぐさま起き上がって鍛錬を再開した。
ーーーーしかし、クラスメイトの反逆や騎士団長に圧倒的敗北を味わわされたことによって、彼は一変。
他人に優しく接するようになり温厚になって、品行方正でとても真面目。
時間があれば剣を持ち鍛錬を欠かさないようになった。
たとえ雨でも風でも、周りからやじが飛ばされようと罵られようと、彼は鍛錬を辞めない。
別に彼の中身が入れ替わったわけでもなければ、性格そのものが変化したわけでもない。
いじめをし他人を見下していた頃の傲慢さは未だに残っている。
それはそうだ。人間の根本の性格なんて、そう安々と変えられないのだから。
では、なぜ彼は変わったのかーーーー
「咲夜、少し休もう。はい、水。」
汗でびしょ濡れになり、泥で服が茶色く染まり始めた赤井に、一人の少女が近寄ってそうつぶやいた。
「ありがと」
赤井は、少女ーーーー春奈ーーのことを暫し見つめると、そうつぶやいて水を受け取る。
「……咲夜、変わったね。」
自らが差し出した水を素直に受け取って、感謝の言葉を述べるなんて、昔からは考えられない彼の姿に、春奈はうつむきながら言う。
「…………前のほうが、良かったか?」
赤井も水を持ったまま下を向いて、不安げな声で尋ねた。
「ううん。今のが良い」
ばっと顔を上げて、輝くような笑みを浮かべる春奈。
そんな彼女を見つめて、赤井が一言、
「お前も、変わったな。」
そうつぶやいた。
少し前までは春奈はこんな優しげで穏やかな笑みを浮かべることなんてなかったのだ。
彼女も赤井と同じように、お世辞にも性格がいいと言えるような人間ではなかった。
髪を染めピアスを開けて、スカートは短く化粧は濃い。
陰口悪口自慢話が大好きで、常に他人を蹴落とすことで自分を上に見せるような女だった。
しかし、そんな彼女も赤井への愛だけは本物らしく。
こうやって、彼が没落してクラスでは完全にのけものにされ、嘲笑われていても。
春奈だけは、その側にいて笑っている。
化粧を落とし髪を戻し服をしっかり着て、とても優しい雰囲気になった彼女だけは。
「昔のほうが、良い?」
赤井のつぶやきに、春奈はさっきの彼の言葉を真似してそう尋ね返した。
「いいや。今のが好きだ。」
赤井は彼女の頭を撫でようとして、自分の手が汚れていることに気づき、行き場を失った手で手拍子を打った。
その様子に笑みをこぼす春奈を見ながら、彼は水を一気に煽って、
「いってくる」
その一言だけを残して、鍛錬へと戻っていった。
なぜ彼は変わったのか。
それはとても単純なことで、覚悟が決まったから。
自らの犯した罪と向き合って生きていく覚悟。
そして、
大切な人と行きていく覚悟。
覚悟を決めて初めて彼はーーーーーーーー勇者になれるーー
しかし、
それを、賢者が認めるとは……限らない。
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