side Y&T9

俺は山田。

ごくごく普通の男子高校生だったのに、いつの間にか異世界に飛ばされていたただの男だ。


赤井と公国の勇者との勇者対勇者対決。


その内容ははっきり言って、無惨なものだった。


はじめは赤井が勝っているように見えたが、それも全て公国の勇者に踊らせられていて。結局は一方的に負けてしまっていた。


俺は赤井は嫌いだが、あの公国の勇者の事をよく知らないのでどちらも応援していなかったけど、赤井が負けたときは少しだけ胸が痛んだ。


可哀想とかじゃなくて、俺が本気を出しても勝てない赤井が本身を出しても勝てない相手がいるということで、改めてこの世界の残酷さを感じさせられたから。


内心では、ずっと傲慢だった赤井がやられてスカッとしていた。


ーーーーーあの光景を見るまでは


「おい雑魚。間抜け面晒してよく帰ってこれたな。」


武道会の閉会式も終わって、教室に集まっているとき。

赤井が春奈と二人で教室に戻ってくると、赤井の取り巻きの中で最も力を持っていた男子が、あろうことか赤井にそんな言葉を投げたのだ。


「は?なんだと!?」


当然、いきなり暴言を吐かれた赤井はキレる。


俺は田中と二人で、今にも殴り合いそうになる両者を見つめる。


いつもなら、こういう場合は赤井の側に取り巻きを合わせてほぼ半数以上の生徒がついて、相手には2,3人なのだが……。


今回ばかりはその全く逆で、赤井の側には春奈1人で、逆に相手側ーーーー古手川ーーーの方には男子を中心に10人以上の生徒がついていた。


しかも、そのほとんどが元赤井の取り巻き。


「お、お前ら……」


赤井が周りの生徒達が、古手川側に寄っていくのを見てそんな聴いたこともない悲痛な声を漏らした。


今まで力を持っていた赤井が、取り巻きに押されているこの状況。

それはまるで、反乱のようであった。


「だから。よくそんな弱っちい癖して勇者名乗ってイキっていられるよな。マジ笑えるぜ。」


古手川は一度後ろを振り返って生徒たちと顔を見合わせたあと、赤井へ振り向いてそう笑った。


「っめぇ!!!ざえんな!!!!!」


「っ!待って!!」


顔を真赤にして殴りかかろうとする赤井を、隣の春奈が止める。


「なんで止めるんだ!!?お前もあっち側なのか!!?」


春奈へ振り返った赤井は怒りの表情の中に、不安さを隠していた。


「違うっ!!うちは咲夜の味方!!!今行ったら……」


自分は味方だと宣言した春奈が、明らかな人数差を指して赤井を再度止める。


その姿を見て、へへっと人の悪い笑みを浮かべる古手川。


日本にいた頃、彼はそんな顔をする人ではなかったはずだ。

赤井の取り巻きの中でも、一番常識がある方のはずだった。


たまり続けたストレスのせいか。はたまた異世界の空気感のせいか。

どちらにせよ、彼は……彼らはおかしかった。


春奈が本当に自分を心配していっているとわかったのだろうか。

赤井は一度舌打ちをして、古手川の方を見つめた。


その顔はいつもの下品なものではなく、真剣そのものだ。


「俺らはもう限界なんだよ。あっちにいた頃からそうだ。お前芯望君をいじめさせてたよな。俺らはそれに従っていたけど、正直イヤだったんだよ。」


古手川が吐き捨てるように、赤井への不満を吐いた。


ーー違う


「そ、そうだ!こっちに来てからもずっと威張りやがって!!」


古手川の声を皮切りに、クラスメイト達からそんな不満の皮をかぶった罵詈雑言が飛び出す。


ーーーー違う


「ざけんな!!!俺らはお前の奴隷じゃねぇんだ!!!」


そう大声で叫んで、今にも殴り掛かりそうな人も居た。


ーーーーーー違う


「そうだそうだ!!」


ーーーーーーーー違う


「うざぇんだ!!」


「クソ野郎!!」


「この犯罪者!!」


「クソ!」

「カス」「ゴミ」

「最低」「人外」「変態」

「クズ」「人でなし」「死ね」「消えろ」


誰かがもはや赤井と関係ない雑言を叫んだとき。俺の心のなかでは、


『違うっ!!!!』


そんな否定の声が響き渡っていた。


違うだろ。違う違う。全く違う。こんなの、おかしい。


確かに赤井がいじめの中心に居たのは真実だ。

それに、彼の行動はたしかに傲慢で俺らからしたら嫌で不快なものだった。


けど、けど、これは違う。


いじめのことはやられていた芯望くんが言うのなら当たり前だし、異論の余地もないけど、古手川やその取り巻きが言う権利はないはずだろ。


だってお前らも…………加害者なんだから。


そうだ。最初は赤井の暴走だった。

けど、それに古手川や周りの男子が乗っかって、ドンドンと大きくなっていったんだ。


そしてクラス全体に彼ならいじってもいいし、何を言ってもやっても許されるような風潮になった。


そうだ、そうやってエスカレートして彼の敵は増えていって、味方は居なくなったんだ。


いじめ全体は酷さを増していったけど、反対に赤井が直接手を下すことは少なくなっていってただろ。


悪いのは赤井だけじゃない。直接手を下していた奴らじゃない。ただ見ているだけだった俺らを含めてのいじめだ。


俺は赤井が暴言を吐かれ続けているのを見ながら、寒気と鳥肌が止まらなかった。


明らかに赤井に関係のない言葉まで飛び交っている。もはやそれは……いじめそのものじゃないか……。


こんなの、ただ芯望くんから赤井へと、ターゲットを変えただけじゃないか。


「ってことで。俺らの要望は一つ。お前とそこの状況もわかんねぇ女にはでっててほしいんだよ。ただ、それはこの王国が許さねぇだろうから」


あらかたの罵詈雑言を言い尽くした古手川は実に楽しそうな顔をして、最後の追い打ちをかける。


一度言葉を切った彼は、思いっきり脚を振り上げて、


「黙ってろよっ!!!」


履いているシューズを、赤井の腹へと蹴りつけた。


「やめっ…………」


俺はとっさに、そんな止める声をあげようとするが……喉が、体が動かなくなってしまった。


他の奴らは古手川の背中越しに、赤井をみつめてほくそ笑んでいる。


「くそ……」


俺は最低なクラスの奴らと、それを見ているだけでまたしても止めることの出来ない自分に猛烈な怒りを感じて、拳を握りしめた。


俺はやっぱり、弱いやつなのか…………。


「うせろ」


その一言で、赤井と春奈はクラスから追い出された。


完全に赤井は自分がしていたいじめを、受ける側に回ってしまったわけだ。

唯一、芯望くんと違うのは、その隣に寄り添ってくれる人がいることだろうか。


彼は……たった一人で耐えていた彼は、今何しているのだろうか……。

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